Vol.9 空飛ぶクルマの開発状況と耐空証明事情

by 千田泰弘

2025年春に開幕が迫った大阪・関西万博では、空飛ぶクルマ(Urban Air Mobility:UAM)の飛行が大きな関心事となっていますが、世界的にも2025年はUAM元年と言われ、開発や飛行環境整備などの準備が進んでいます。

開発において最も重要なポイントの一つは、耐空証明の取得にあります。航空機は耐空証明がなければ「航空の用に供することができない」という世界の規則があります(国際民間航空条約:シカゴ条約)。まずは開発国の政府が耐空証明を発行しますが、輸入国でも政府が耐空証明を発行して初めて運用に供することができるという規則です。

耐空証明とは、耐空性が証明された設計と製造方法によって造られたUAMを、一機ごとに現物を確認して発行されます。耐空性の審査は型式審査とも呼ばれ、データや実績などをもとに膨大な検査項目を確認する作業で、言わば、メーカーと政府審査官による共同作業のようなものです。これは、航空機開発プロセスの中で大きな比重を占める重要な工程となっています。耐空性審査が終了すれば設計データや製造データなどはまとめて型式証明書として発行されます。現在は日本をはじめ、欧米と中国では多くのUAMが耐空性審査の最中にあります。

中国では、ドローン及びUAMの産業政策「低空経済」として、政府が開発を強力に推し進め、企業のバックアップに注力しています。この政策によって、UAM開発を主とする企業が数十社あると言われており、中国は製造や実用化において最も先行している国と言えるでしょう。

EHang社のEH216(出典:EHang)

中国製のUAMとして、EHang社のEH216シリーズが代表的ですが、日本ではすでにAirX社が輸入しており、各地でデモ飛行を行っています。また、茨城県つくば市にUAMの試験センターを開設しました。遠隔操縦で自律飛行を行い、2人乗りで航続距離約35kmを飛行するEH216に対し、本年1月に中国政府は、中国民用航空局(CAAC)による耐空証明を発行しました。これは、世界で最初に耐空証明を取得したUAMとなり、なおかつ遠隔操縦に対する耐空証明は世界初のことです。そして、3月には中国政府からの量産許可を受け、年間600機の量産に入ると発表しています。なお海外では一機6200万円で販売し、すでに1000機を超える予約を受注したとされています。

耐空性審査は審査開始から3年で終了しており、欧米では、まだ現在進行中で5年以上かかると言われていますが、EHang社はこの面でも最速記録です。日本での飛行には日本政府による耐空証明が必要ですが、遠隔操縦をまだ認めていない欧米政府の動向などもあり、時間がかかると思われます。

次に、中国上海のAutoFlight社は世界的な視野でUAMの開発を進めている企業です。2024年4月に日本のサンワエアロスペースインダストリーは、世界で初めてAutoFlight社の機体を購入すると発表しました。開発しているUAMは、5人乗り機で航続距離は約250kmを実現しています。

同社は中国だけではなく欧州の耐空証明を取得するため、2018年に不採算で振るわなかった南ドイツのアウクスブルク空港に開発拠点を設け、エアバスからの人材などを集めて開発を開始しています。アウクスブルクはミュンヘンにも近くドイツ工業地帯の一環として知られ、製造業の集積も多く人材確保も比較的容易とされています。

2025年には、欧州航空安全機関(EASA)から耐空証明を取得すると発表しており、欧州で開発を進めている5人乗りのUAMとしては、英国のVertical Aerospaceに先行することになります。現在、中国政府の耐空証明は欧米政府が受け入れを表明していないため、迅速な世界展開には欧州の耐空証明が有効となります。これを狙った経営戦略だと考えられます。

同社の起源は古く、2010年以前はYuneec社としてホビー用のラジコン機の製造を主とする企業でしたが、DJI社のマルチコプターに席巻され、2014年に飛行制御ソフトの元祖と言えるLinuxベースのDrone Codeを開発するメンバーとなり、インテルからの出資などを受けて研究開発拠点をスイスに設立しました。2022年までの間、ここで大型マルチコプター型のドローンを開発していました。AutoFlight社は、このYuneec創業者が第二創業で設立した会社となります。同社が開発する大型貨物ドローン(ペイロード400kg、航続距離250km)は、2024年3月に中国政府の認証を取得しており、UAM同様に欧州での認証をまもなく取得すると発表しています。

このほかにも上海では、2025年に中国政府による耐空証明取得を目指すエアタクシーメーカーがあります。4人乗りのUAMであり、航続距離は約200km、販売予定価格は約100万ドルとしています。すでに、中東などから200機の予約注文があると発表されています。

中国に次いで開発が盛んになっている米国では、先行するJoby Aviation社が2025年の第2四半期までに耐空証明を取得予定であることを発表しました。米国の耐空性審査は民間の専門家ボランティア(Designated Engineering Representative:DER)が実施します。これは、膨大で時間のかかる耐空性審査を効率的に実施するための米国独特の制度で、米国大手航空機メーカーなどにはDERが多数職員として働いています。

最初に審査開始から終了までの期間を決め、その間の規則変更は凍結して審査スピードを速めます。Joby Aviation社は2018年にDERによる審査を開始し、期間を3年間と設定しましたが、期間内に終了しませんでした。その後、2022年に再スタートとなりましたが、このとき審査基準が新しいものに変更されました。同時に日本政府に対しても審査開始の請求を行っています。

同社は2023年に、米国オハイオ州のデイトン国際空港に年間最大500機の製造能力を保持する量産工場を建設しました。日本は米国、欧州、カナダ、ブラジルとの間に「航空の安全に関する相互承認協定」BASA協定(Bilateral Aviation Safety Agreement)を締結しているため、これらの国が発行する耐空証明において、日本の審査は迅速に行われます。なお、前述したメーカー以外のUAMの耐空証明取得予定は表のとおりです。大阪・関西万博で飛行を計画している4社のUAMは、耐空証明が間に合わないため、試験飛行かデモ飛行にとどまることになりそうです。

今後の見通しに関し、2017年に既存の大手航空機メーカーでは最も早く、UAMの中枢技術であるアビオニクス、地上管制ステーション、ハイブリッドエンジンなどの開発を行う研究部門を作り、表で示す先行開発メーカー12社中8社と技術協力関係を結んでいる米国のHoneywell社はUAM開発で最も重要な役割を果たしている企業です。しかし、その幹部が本年3月に記者会見を行い、今後の見通しについて以下のように述べました。

2026年からエアタクシーサービスが始まり、2028年頃には普及段階に入る可能性が高い。
今後2年間で激しい開発競争から脱落していくメーカーが増えるだろう。
米国と欧州の耐空証明審査基準の完備には、この先1年は必要とする。
パイロットが搭乗しない飛行は願望であるが、早急な導入は危険であり、逆効果になりかねない。米国政府のプロジェクト(MOSAIC)において、慎重に検討している。

耐空証明取得予定を公表しているUAMとメーカー一覧

(2024年4月現在、筆者調べ)

【千田泰弘のエアモビリティ新市場のすべて】

Vol.1 新たなモビリティ「空飛ぶクルマ」の定義と将来像
Vol.2 耐空証明の仕組みから紐解く、ドローンと空飛ぶクルマの違い
Vol.3 Japan Drone 2022から見るエアモビリティの駆動源開発と世界の機体
Vol.4 新産業誕生なるか、エアモビリティのサプライチェーン
Vol.5 エアモビリティ開発に勝機を見出せるか
Vol.6 世界のエアモビリティ開発企業から考察する数年後の動向
Vol.7 CONOPSから見る、空飛ぶクルマの社会実装に向けた各国の現状と課題
Vol.8 米国のデータから紐解くエアタクシー市場、日本での社会実装条件を考察

千田 泰弘

一般社団法人 日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長
一般社団法人 JAC新鋭の匠 理事

1964年東京大学工学部電気工学科を卒業、同年国際電信電話株式会社(KDD)に入社。国際電話交換システム、データ交換システム等の研究開発に携わった後、ロンドン事務所長、テレハウスヨーロッパ社長、取締役を歴任、1996年株式会社オーネット代表取締役に就任。その後、2000年にNASDA(現JAXA)宇宙用部品技術委員会委員、2012年一般社団法人国家ビジョン研究会理事、2013年一般社団法人JAC新鋭の匠理事、2014年一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)副理事長に就任、現在に至る。

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