尼崎JR脱線19年、亡き娘のため「組織罰」問い続け 神戸の男性、活動続け10年「誰も責任を取らない社会を変えなければ」

「組織罰」の法整備を訴え、署名を呼びかける大森重美さん=25日午後、尼崎市潮江1、JR尼崎駅前(撮影・斎藤雅志)

 「本当に安全な社会を実現するには、重大事故を起こした企業・団体の刑事責任を問う『組織罰』が必要だ」。尼崎JR脱線事故で長女早織さん=当時(23)=を失った大森重美さん(75)=神戸市北区=は、強い思いでJR西日本や法制度と向き合う活動を約10年前から続ける。事故から19年となった25日は追悼慰霊式に参列後、例年通りJR尼崎駅前で署名集めに立った。「娘の死を無駄にしたくない。というか、価値をつけてやりたい」。信念を胸に、声を上げた。

 早織さんは当時大学生で、オペラ歌手を夢見ていた。大森さんは今月20日、代表を務める「組織罰を実現する会」が西宮市内で開いたシンポジウムで、当時の記憶を語った。

 事故直後から早織さんに電話が通じず、現場に直行したこと。遺体安置場所になった体育館に連日泊まり込んだこと。早織さんの遺体が発見され、手足のある姿にせめてもの救いを感じたこと-。

 「最近になってようやく細かい記憶を語れるようになった」という。JR西に対する提言や同会の活動に奔走してきたが、個人的な体験を話すのを控える部分もあった。19年がたち「風化している。同じ思いをする人が出ないよう、安全に気をつけなあかんと言い続けないといけない」と考えている。

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 一方で、妻は今も電車に乗れないほど心の傷は深い。それぞれの遺族が一様ではない歩みを重ねる中、大森さんが「私のできる範囲のことをやっている」と言い表すのが、組織罰制定を目指す取り組みだ。

 脱線事故を巡り、JR西元役員らの刑事裁判を頻繁に傍聴したが、無罪判決が確定した。「経営トップや組織の罪が問われなくて本当にいいのか」。2014年に他の遺族らと勉強会を立ち上げた。

 16年に現在の会に発展させ、署名活動や公開フォーラムなどを実施。18年に署名約1万人分を国に提出し、21年に組織罰の必要性を訴える冊子を発行した。中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故の遺族や弁護士、研究者らも加わっている。

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 日本の刑法は個人の行為を対象としているが、個人として経営者らの刑事責任を立証するのは難しいとされる。組織罰を実現する会は、不正競争防止法や労働基準法といった特別法に違反した場合、個人と会社に罰金を科す「両罰規定」を、業務上過失致死罪に拡大するよう提唱している。

 ただ、国内で議論は進んでおらず、大森さんらは署名や啓発で法整備を促す運動の広がりを目指す。

 同会メンバーの高齢化などが気がかりというが、今年も25日午後、JR尼崎駅前で署名を集めながら「絶対に後戻りしない覚悟でやってきた。遺族になって人生が変えられてしまう人を二度と出さないよう、誰も責任を取らない社会を変えなければ」と訴えた。

 「娘は空の上から見ていると思う。気持ちは折れない」と大森さん。思いを形にするまで、諦めるわけにはいかない。(岩崎昂志、広畑千春)

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