テイラー・スウィフト最新アルバムの歌詞世界を解説する11のキーポイント

2024年4月19日に発売となったテイラー・スウィフトのニュー・アルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』、そして配信2時間後に15曲が追加された全31曲入りの『THE TORTURED POETS DEPARTMENT: THE ANTHOLOGY』が配信初日だけで既に様々な記録を打ち立てている。

この11作目のアルバムについて、国内盤CDの対訳を担当した池城美菜子さんによる11のキーポイントを掲載します。

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“愛と詩においてはすべてが正当化されるのです”

真夜中過ぎのさまざまな思いを曲にしたためた10作目『Midnights』から2年。明け方3時ヴァージョンまで出したのだから、そろそろ夜明けは近いはず。NFLのスーパースター、新恋人・トラヴィス・ケルシーとの交際は順調で、2月にはスーパーボウルで優勝した際、抱き合う姿が世界中に伝えられて映画のクライマックスさながらのシーンもあった。

それなのに、新作のタイトルは『拷問された詩人たち部門』。どうにも不穏なタイトルである。4月19日、予定通りに16曲のオリジナル・ヴァージョンをリリース。さらにその2時間後に15曲を足したアンソロジーも発表して、ダブルアルバムとなった。

11作目にちなみ、11のキーポイントからボリューミーな『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』を解説する。

1. 生命を維持するための歌詞

タイトルに「詩人」が入っているように、本作は自分の作詞能力を発揮すべく歌詞に力を入れた作品だ。もともと、優れたソングライターとして評価されてきたテイラー・スウィフトではある。本作は言葉がよりきわ立つようにしたかのように、シンプルなトラックが目立つ。

プロデュースはテイラー本人と、もはや盟友のジャック・アントノフとアーロン・デスナー。彼女は、このアルバムの歌詞を作る過程を「ライフライン」と呼んだ。この場合、ライフラインは水道や電気などの生活に必要なインフラではなく、救命ロープの意味に近いだろう。長年の恋愛に破れ、辛かった時期にしがみつくように綴った言葉なのだ。

2. 3人の男、ジョー・アルウィンとトラヴィス・ケルシー、そしてマシュー・ヒーリー

パンデミックに制作した双子のような『folklore』と『evermore』で顕著になった架空の人物が出てくる設定と、比喩が多いもののテイラー本人に起きた出来事を歌っている曲、その中間が出てくるのが本作の特徴である。

中間とは、設定を変えたりぼかしたりしているものの、相手が誰か特定できそうなパターン。たとえば、人気が高い6曲目の「But Daddy I Love Him」はリリースされてから数日間、さまざまな考察が飛び交っている。

箱入り娘らしい主人公は、反対する父親と周りの大人(この場合、世間とファン)を押し切ってまで「でも、パパ、彼を愛してるの!」と叫ぶ。この相手が、6年交際したジョー・アルウィンか、デートの噂が出たときに問題発言のせいで多くが眉を顰めたThe 1975のマシュー・ヒーリーのどちらかで意見が割れているのだ。

「でも、パパ、彼を愛してるの!(but, Daddy, I love him!)」がディズニー映画の『リトル・マーメイド』の台詞と同じ。愛する男性のために声を差し出したアリエルの引用だろう。 

3. タイトルの由来とジョー、そしてパティ・スミス

2曲目に配されたタイトル曲はあきらかにジョー・アルウィンに当てている。「The Tortured Poets Department」と不思議な言葉の組み合わせは、彼が友人と作っていたチャット・グループの名前「ザ・トーチャード・マン・クラブ」に由来する。

メンバーは俳優仲間のアンドリュー・スコットとポール・メスカル。このふたりは、山田太一が原作のイギリス映画『異人たち』の主人公と重要な役をそれぞれ演じている。ペット・ショップ・ボーイズとフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの曲の使い方もすばらしい映画だ。メスカルはフィービー・ブリジャーズの元カレで、フィービーとテイラーは共演している。

このタイトル曲では言葉にこだわる恋愛をつなぐためのタイプライターを出したうえで、ニューヨークのアート・シーンの象徴、チェルシー・ホテルが出てくる。

“You’re not Dylan Thomas, I’m not Patti Smith
This ain’t the Chelsea Hotel, we’re modern idiots”
And who’s gonna hold you like me?
Nobody.
「あなたはディラン・トマスではない 私はパティ・スミスではない
ここはチェルシー・ホテルでもない 私たちは今どきのお馬鹿さんたち」
私みたいに誰が抱き止められるの?
誰もいないよ。

パティ・スミスは70年代にニューヨーク・パンクの女王と崇められ、優れた詩人としても知られる。そのパティは、リリースされてすぐテイラーが自分を英国詩人、トマスと並べたことについてインスタでお礼を述べた。蛇足だが、筆者は前世紀、初めてニューヨークに行った際、意気込んでチェルシー・ホテルに泊まったが、ただのボロホテルでひどい目に遭った。

ジョーにたいする歌詞だと思われる曲は、ほかにも数曲ある。アルバム中、曲の構成を含め評価が高い5曲目「So Long, London」はまず確定。お気に入りのおもちゃを壊してしまう男の子が出てくる「My Boy Only Breaks His Favorite Toys」もジョーだろうし、刑務所からの出所を意味する「Fresh Out the Slammer」と「Guilty as Sin?」も長い恋愛関係の終わりかけを表現している。

4. 更生不可能なマシュー・ヒーリー

11作目の最大の驚きは、マシューとの短い恋愛をテーマにした曲が多かったこと。ポスト・マローンの美声が効果的な「Fortnight」は、2週間で燃え尽きた恋愛がテーマ。ほかに本命の女性がいそうな気配を含めて、マシューを指していると取られている。

11曲目の「I Can Fix Him (No Really I Can)」では「私が彼をまともにするから」と宣言するのに、オチは「うわぁ 無理かも」である。次の「Loml」は、「love of my life (人生で最愛の人)」のアクロニム。マシューがテイラーにこれを囁いたのなら、なかなか罪深い。その結果、14曲目で「The Smallest Man Who Ever Lived(史上最小の男)」とディスられる。

Was any of it true?
Gazing at me starry-eyed
In your Jehovah’s Witness suit
Who the fuck was that guy?
本当のことなんてあった?
キラキラした瞳で私を見つめて
エホバの証人みたいなスーツを着込んで
一体全体 あの男は誰?

If rusting my sparkling summer was the goal
And I don’t miss what we had, but could someone give
A message to the smallest man who ever lived?
私の輝く夏を錆びつかせるのが目的だったの
私たちのことは恋しくないけど
でも誰か あの史上最小の男に伝言を届けてくれないかな

28曲目の「Peter」はピーター・パンとの冒険のあとで置いて行かれ、帰りを待っているウェンディの目線で語られる。過去のほかの恋愛や幼なじみの曲と取っている人と、2014年に出会っているマシューを指すという考察が行き交っている。いずれにしても、マシューとの短い交際への戸惑いと怒りが、本作の創造力に直結していそう。

5.トラヴィス・ケルシーは2曲に登場

「アルバムでほかの男性のことを歌っていても、僕は構わない」と寛容なところを見せているのが、いまの恋人、トラヴィス・ケルシーだ。2曲だけだが、彼についての曲もきちんとある。15曲目の「The Alchemy」は、退院した主人公が恋人に会いに行って到着するところ(=タッチダウン)から始まる。

Shirts off and your friends
Lift you up over their heads
Beer stickin’ to the floor,
Cheers chanted ‘cause they said
There was no chance, trying to be
The greatest in the league
Where’s the trophy?
He just comes running over to me
シャツを脱いだあなたを
仲間たちが頭上に担ぎあげる
ビールでベタベタの床
口々に乾杯を言い合うの
だってあの人たちは 勝ち目はないって言っていたから
ひたすらリーグで最強になろうとしただけ
トロフィーはどこ?
私へと駆け寄ってくる彼

スーパーボウルでの優勝の様子以外は考えられない歌詞だ。22曲目の「So Highschool」も「あなたを見つめるたびに高校に戻ったみたい」とストレート。健全な恋愛は、詩心をあまり刺激しないらしい。

6. 元カニエよりキム・カーダシアンに怒っている模様

ダブルアルバムの後半、アンソロジーでもっとも話題になっているのが「thanK you aIMee」。大文字は「KIM」。わかりやすく、2010年後半に確執をくり広げたキム・カーダシアンに当てている。元夫の元カニエ・ウエストがテイラーを敵視、電話口の会話を改ざんしてまでテイラーを偽善者とそのモチーフである蛇の絵文字で攻撃した。

When I picture my hometown
There’s a bronze, spray-tanned statue of you
And a plaque underneath it
That threatens to push me down the stairs at our school
故郷を思い浮かべると
ブロンズ色の日焼けスプレーをしたあなたの銅像があって
台座の額には
学校の階段で私を押し倒すって脅しが書いてある

All that time you were throwing punches,
I was buildin’ something
And I can’t forgive the way you made me feel
Screamed, “Fuck you, Aimee”
to the night sky as the blood was gushin’
あなたが私を攻撃している間ずっと
私は何かを作り続けて
あのときの感情は忘れられない
「ファック・ユー エイミー」って
血を噴き出す空に叫んだの

後半では娘のノースがテイラーの「Shake It Off」をTikTokで楽しそうに踊った事実にも触れる。子どもを引き合いに出さなくても、と私は思うが、テイラーはまだ傷ついているのだろう。「But Daddy I Love Him」にも「ウエスト夫妻」が出てくる。

7. オリヴィア・ロドリゴにもやんわり釘刺し?

18曲目の「imgonnagetyouback」はすべてを小文字にしてつなげている。これが、The 1975の「fallingforyou」に寄せたのでは? と囁かれている。また、オリヴィア・ロドリゴの「get him back!」をはっきり思い出す曲でもある。

Whether I’m gonna be your wife or
Gonna smash up your bike, I haven’t decided yet
But I’m gonna get you back
Whether I’m gonna curse you out or
Take you back to my house, I haven’t decided yet
But I’m gonna get you back
あなたの妻になるのか
自転車を壊すのか まだ決めてないけど
あなたを取り返すんだ
あなたを罵り倒すか
うちに連れて帰るか まだ決めてないけど
あなたを取り返すんだ

オリヴィアは相手の車に傷をつけたが、テイラーは自転車を壊そうとしている。実際に元カレを取り戻したいのではなく、傷つけたいという感情が横たわっている点は同じ。オリヴィアの「deja vu」がテイラーの「Cruel Summer」に似ていたことから、ソングライターのクレジットに入れる結果になったのは記憶に新しい。オリヴィアは「私ならやらないけど」と明言している。

8. クララ・ボウとは?

『folklore』収録の「the last great american dynasty」で実在した大富豪、レベッカ・ハークネスを登場させたテイラーは、今回も歴史上の有名女性を蘇らせている。一人は、16曲目のタイトル「Clara Bow」になっているクララ・ボウ。もうひとりは29曲目の「The Bolter」がニックネームだったイディナ・サックヴィルだ。

イギリスの上流階級に属したサックヴィルは、5回の結婚と離婚をくり返した。その点を恋多き女として知られる自分を重ねている。クララ・ボウは1920年代にハリウッドで活躍した女優で、「イット・ガール」の語源となった女優。こちらも素行が悪いと糾弾されて俳優業を辞めている。

「Clare Bow」ではフォトグラファーに、「クララ・ボウに似てるね」、「スティーヴィー・ニックスに似ているね」、最後のヴァースでは「テイラー・スウィフトに似てるね」と言われる新人が出てくる。移ろいやすい人気の儚さをテーマに自分を含めていて、ハッとする。カントリー・ロックの先輩、スティーヴィ―・ニックスは昨年、テイラーに詩を贈っている。その詩では1ヶ所だけ効果的にピリオドが打たれている。今回、歌詞には珍しく、ピリオドが多用されているのはそこからのインスピレーションだろう。

9. 拷問された詩人部門の公聴会

フィジカルのアルバムは、アンソロジー分の曲は収録されていない。その代わり、「Summary Poem By Taylor Swift (テイラー・スウィフトによるまとめの詩)」がアートワークに含まれている。冒頭の「愛と詩においてはすべてが正当化されるのです」は、拷問された詩人たち部門の公聴会で嘆願するテイラー本人の叫びだ。この詩が見事なので、彼女の歌詞が好きな人はぜひ、フィジカルを手に取ってほしい。少し抜粋してみよう。

Because it’s the worst men that I write best
なぜなら 私が一番上手に書けるのは最悪の男たちだから

自分の恋愛の話でも、より辛い思いをした相手のほうがいい歌詞になる、と吐露している。また、フローレンス・アンド・ザ・マシーンが参加した「Florida!!!」はどうやら故郷のテキサスで罪を犯したらしき女性がフロリダに逃げる話だ。そこにショッキングな歌詞が出てくる。

So I did my best to lay to rest
All of the bodies that have ever been on my body
And in my mind, they sink into the swamp
Is that a bad thing to say in a song?
それで私も安らかに眠るために最善を尽くして
私と寝たことがある全員の体が
私の頭の中で 沼に沈んでいく
これ 曲で歌うのもまずいかな?

10. テイラーVS 世間

頂点に立った現在の立場を俯瞰して見ている曲も数曲ある。10曲目の「Who’s Afraid of Little Old Me?(ちっぽけな私を怖がっているのは誰?)」は、メディアに散々叩かれたせいで素直だった自分を失った、とこれまでも何回か書いているテーマに立ち戻っている。

後半のアンソロジーにはこの手の曲が多く、「I Look in People’s Windows」は世間から取り残されている疎外感を歌い、「The Prophecy」は自分に与えられた運命を呪う歌詞だ。続く「Cassandra」は、ギリシャ神話で予知能力と呪いの両方を受け取り、正しい預言をしても信じてもらえなかったカサンドラに自分を重ねる。

11. 失恋してもできてしまうのは向いているってこと

2023年に超人的な活躍を見せたテイラー。エンタメの話題をすべてさらったワールド・ツアー『The Eras Tour』をこなしながら、新しい恋をし、さらに本作を作り上げたのだから。一体、どうやって? と私たちの疑問に答えているのが、13曲目の「I Can Do It With A Broken Heart (失恋しながらできちゃうんだよね)」だ。

I’m so depressed, I act like it’s my birthday
Every day
I’m so obsessed with him, but he avoids me
like the plague
I cry a lot, but I am so productive, it’s an art
You know you’re good when you can even do it with a broken heart
すごく落ち込んでいても誕生日みたいに振る舞って
毎日ね
彼に夢中なのに 避けられている
感染症みたいに
大泣きしていても 私は生産性が高くて これはアートだから
わかるよね 失恋してもできてしまうのは向いているってこと

本作では珍しいシンセ・ポップのこの曲は、『Midnights』からの大ヒット「Anti-Hero」の続編にあたるような内容だ。さらに自虐が激しくなって、最終的には開き直る。とんでもない経済効果を起こしている最中に、ひとりの女性として泣いたり、半ギレしたりしながら書いた「命綱」の31曲である。

誰しもがネット経由で世界に言葉を届ける手段をもち、その分「真実」や「本物」の見分けが難しくなっている昨今。文学の域に入った歌詞が詰まった『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』が、これからどう響くのか楽しみだ。

Written By 池城美菜子

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テイラー・スウィフト『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』
2024年4月19日発売

© ユニバーサル ミュージック合同会社