やり直しの機会を与えることが使命と「訳ありを積極採用」したが…トラブル続きで疲労困憊、三代目社長が下した決断とは?

事例をもとに、会社組織を崩壊させるリスクと、その回避策を解説する本連載。今回の舞台は、“訳アリ”の人を積極的に採用する建設会社。やり直しの機会を与えることが会社としての使命だという先代からの想いを踏襲する三代目。しかしトラブルは続き、疲れ果てた社長は……みていきましょう。

企業に求められる「人材確保」と「慎重な採用」の両立

日本は「やり直すことが困難な社会」だと言われることがあります。受験、新卒就職、転職に失敗したら、一度仕事で大失敗したら、あるいは罪を犯し前科が付いたら、取り返しがつかない。このような一度レールから外れたら、二度と元の立ち位置には立てないという恐れを誰しもが少なからず感じているのではないでしょうか。

とはいえ、実際には多くの人が、上記に挙げた挫折や失敗に加え、借金、破産、アルコールやギャンブル依存症、精神疾患などを乗り越え、社会人として生活しているので。彼らがやり直すことができる「仕事」が存在するということになります。それは社会貢献として、企業や組織が担う役割です。

同時に、昨今のネット社会では炎上が起こりやすく、従業員の違法行為や不適切行為が多大な損害を企業に与えたり、企業自体が採用・雇用責任を理由に従業員の尻拭いをさせられるケースすらあり、企業は人手不足な中での人材確保と同時に慎重な採用という非常に難しいタスクを課せられている状態です。そんなジレンマに立たされた、ある建築業経営者の話をしましょう。

訳ありな人だって居場所が必要…親から子に受け継がれる信念

Y建設会社のスタートは、現社長S氏の祖父の代。ちょうど高度経済成長期で、急速に成長を遂げたY社は、多くの作業員を雇用しています。建設作業はご存知のとおり3Kと呼ばれる肉体労働で、人の出入りが激しい業界です。日雇い、期間労働など一般的ですし、仕事さえできれば前歴を追及しない傾向です。

特にY社では先代社長が口癖のように次の発言をしており、求職者に広く門戸を開いてきたことが誇りでした。

「いいか。人は誰だって失敗する。他人の不幸を自分には関係ないなんて思っていたら、ある日突然全て失うことだってあるんだ。例え罪や過ちを過去にやったからって、社会的に殺してはいけない。悔いて人生やり直そうとしているなら居場所を用意してあげるべきなんだ」

事情のある求職者にはあれこれ言わず、即日入寮、入浴と食事と寝具を与え、作業着や工具を貸し出し翌日から現場に出す。そして給料は日払い可。長年働き、半分家族のような従業員さえいたそうです。同時に、借金取りから逃げてきた人、妻子を捨ててきた人、過去暴力団に所属していたそうで全身に和彫りが入っている人など、本当に多種多様な人生を送ってきた人の集合体でした。

傷んだりんごをりんご箱に入れたらどうなるか

実際にS氏が小学生の頃、ある同級生が親御さんから「S君と遊ぶのはいいけれど、外かうちで遊びなさい。S君のお家に行ったり、あそこの会社のおじさんたちと関わらないように」と言われていたとお話され、世間で受け入れられない人々を雇用している父の姿に尊敬の念を抱いたそうです。

亡くなった先代の教えを大切にしたい。そう考えていたS氏ですが、近年、状況が変化し、限界を感じるようになりました。

――時代は変わった

嘆息しながらそう呟いたS氏は非常に疲れているようでした。ここしばらく、社内や寮で問題が相次いでいるのです。盗難、金銭トラブル、パワハラといったトラブルが相次ぎ、そういった特定少数の従業員のせいで、良質な他の従業員が退職していくのは、なんとか阻止したいところ。少子高齢化が原因で、高齢者や外国人労働者を受け入れざるを得ない業界にとって、優秀で将来的には監督候補者である人材は宝です。

社内で指導するなど対策を練ったのですが、なかなか効果が出ない上に会社の採用や雇用が甘すぎると従業員から批判が出るように……。さらに、悪い例に倣って、全体の士気や勤怠が悪化。傷んだりんごを一個、りんご箱の中に入れると他のりんごは次々と傷んで、すべて腐る。こんな話があるのですが、まさにそのような危機が訪れたY社。

先代の教えと人材管理の間で苦悩するS氏でしたが、同業他社で、指名手配犯が長年潜伏していたことが判明、逮捕となったことをきっかけに、採用時バックグランド調査を導入する決心をしたのです。具体的には、犯罪歴、破産歴、金融信用調査を主に、必要に応じ前職場での素行やSNSのチェックが調査内容です。

調査のゴールは排斥ではない

バックグラウンド調査やSNS調査を行えば、従業員の過去や現在のリスクを把握が可能になります。勘違いされやすいですが、これらの調査のゴールは、粗探しと排除ではないということです。決して差別を助長するのではなく、より適切な人的管理を可能にする第一歩なのです。

明らかに、虚偽が多く、現在進行形で職場やクライアント、あるいは会社に損害を与える可能性が高ければ、採用しないという選択肢は当然あるでしょう。しかしながら、きちんと従業員の状態や特性を把握すれば、適切な教育や配属を行えるのです。人材管理というと何か仰々しい感じがするでしょうか。しかしながら、どのような組織であれ、この人材の管理には力を注いでいらっしゃるでしょうし、今後は最優先課題になるはずです。

Y社では、犯罪歴、破産歴、金融信用調査で懸念ありという調査結果になった人物と、リーダーから日頃の職場および寮での態度について報告があった人物に対して、寮の部屋割り、配属グループ、当番を配慮し、かつ上司との面談を行うことを決定。必要であれば専門家へ繋ぎ、素行が悪い従業員の問題行動については、ポイント制度で管理し、改善しなければ処分を辞さない態度を明らかにしたところ、2名の退職者が出たが、社内環境に著しい変化が見られたということです。

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