フレンチ・デュオ、ジャスティスが繋ぐエレクトロの過去、現在、未来

ギャスパール・オジェ(Gaspard Augé)とグザヴィエ・ドゥ・ロズネ(Xavier de Rosnay)から成る、フランスを代表するエレクトロニック・ミュージック・デュオのジャスティス(Justice)。

2024年4月26日に発売された約8年振りとなる新作アルバム『Hyperdrama』についてポップ・カルチャー・ジャーナリストのJun Fukunagaさんによる解説を掲載。

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8年振りの帰還

フレンチエレクトロの伝説的デュオ、ジャスティスが待望の新作アルバム『Hyperdrama』を引っ提げ、ついにシーンに帰還した。『Hyperdrama』は、ジャスティスにとって、前作 『Woman』から約8年ぶりとなる4枚目のスタジオアルバムとなる。

ジャスティスが所属するレーベル「Ed Banger」のオーナー、ビジー・Pことペドロ・ウィンターは、本作について、2023年にNMEのインタビューでジャスティスのデビューアルバム『†(Cross)』(2007年)を引き合いに出しながら、興奮気味に同作と同様に聴いていると鳥肌が立つと語っている。

その言葉の正しさを実感したのは、本作の先行曲としてリリースされた「Generator」のティーザーが2024年1月1日に公開された瞬間だった。まるで、最初に『†(Cross)』を聴いたときの衝撃を思い出させるかのような激しく歪むディストーションサウンド。そしてハードテクノを感じさせるダンサブルなエレクトロニックなビート。これらはまさに世界中のファンが待ち望んでいたアイコニックなジャスティスの音像だった。

そんな同曲を自分たちの復帰を告げるティーザー音源に選んだ理由について、メンバーのグザヴィエ・デ・ロスネ(以下グザヴィエ)は「一発ガツンとかます、直球勝負の曲だから」と語る。また、もうひとりのメンバーのギャスパール・オジェ(以下ギャスパール)も「こんなサウンドで戻ってきたよと伝えるのにちょうどいい。いわば注意喚起のための曲だ」と語る。この言葉を受けて、長年のジャスティスファンでもある筆者は、まさに8年もの間、寝ていた身体を強烈な刺激で叩き起こされるかのような感覚を覚えたのだ。

8年かかった理由

続けて、グザヴィエは前作から8年という月日が経過したこのタイミングで新作アルバムリリースを決めた理由を、こう語る。

「確かに8年間と聞くと長く感じるかもしれないけど、そもそも、前作にまつわる一連の活動を締め括った時は既に2019年だった。ライブ・スタジオアルバム『Woman Worldwide』(2018年)のツアーをやって、『Iris』という映像作品も出した。だから今作に取り掛かったのが2020年なんだ。その間コロナ禍もあって、それが収まってから本格的に3年半掛けて取り組んだ結果、自ずとこうして2024年のリリースという形になった。時間がかなり空いてしまったように見えるけど、僕たちにとっては、自然な流れで制作に取り組んだ結果だ」

こうして完成した本作は、多くのアイデアとともに制作されたとのことだが、その主軸となったアイデアはふたつあったとグザヴィエは言う。ひとつ目は、これまでに培った音楽の知識を一旦忘れ、自由に音楽を制作すること。この取り組みにより、彼らはあらゆる要素が常に流動的で変化する、自由度の高い音楽を作ることに成功した。

ふたつ目は、ジャスティスによるサウンドのアイコニックな要素であるハードテクノのサウンドでディスコ・ミュージックを制作すること。これらのアイデアが融合した結果、本作にはディスコ、ガバ、テクノ、ハウス、R&Bなど、ジャスティスの中核を担う音楽性が1曲の中で同居しながら移り変わるような13曲の新曲が収録されることとなった。

新たな制作プロセス

そのようなサウンドに仕上がった理由をグザヴィエに尋ねてみると「アルバムのほとんどの曲にはひとつのループしか存在しないからだ」という答えが返ってきた。また、本作では、これまでのジャスティス作品にはない新たな制作プロセスも採用されている。それがサンプリングアプローチの変化だ。

ジャスティスは、ほかのフレンチエレクトロアーティスト同様、これまで既存の楽曲からのサンプリングを多用しながら、自身の楽曲を作り上げてきた。しかし、本作では、電子楽器で仮ループを作り、それを生楽器と電子楽器で演奏して再現するという手法でサンプリングネタが自作されている。この手法は彼らが長年あたためてきたアイデアであり、本作の特徴でもある”ジャンルが共存しながらも、穏便ではない状態”を作るために考えられたものだという。

加えて、本作ではディスコ風、エレクトロニック風、クラシック風と違うアレンジを別で録音し、実際に曲を構築するときに自在に組み合わせていくという手法が採られている。一見すると非常に手間がかかるこの新たな作曲アプローチだが、ギャスパールはこの方法を「遊び心があるやり方」、グザヴィエは「それぞれの曲を違う形で楽しむことができる」と語る。

参加ヴォーカリストたちとアルバムの内容

そんな本作は、先述したように様々なジャンルをジャスティス独自の感性で融合させた意欲作だ。さらにそのサウンドを大きく拡張させる要因となったのが、テーム・インパラ、ミゲル、サンダーキャットら豪華なヴぉーカリストたちである。

これによりエネルギッシュなビートとグルーヴ、転換するムード、ポップなメロディが共存する、これまでのアルバム以上に多彩なサウンドが実現。2000年代に登場して以来、音楽シーンにロック、ディスコ、エレクトロニックの要素を混ぜ合わせた大胆かつ先駆的な音楽性を提示し続けてきたジェスティスの最新モードを感じさせる作品となっている。

実際に収録曲を見ていくと、その多様性が明らかだ。1曲目の「Neverender」は、テーム・インパラのケヴィン・パーカーをゲストに迎えたメランコリックなポップ・ナンバー。続く2曲目「Generator」では、90年代のガバと70年代ディスコを融合させた多幸感溢れるダンス・チューンを披露。3曲目「Afterimage」は、ペドロ・ウィンターが発掘したオランダ人アーティストのリモンをフィーチャーしたシンセティックでパンチの効いたディスコ調の楽曲だ。

4曲目「One Night/All Night」では再びケヴィン・パーカーとコラボ。コールド・ウェイヴとファンクが同居する異色の1曲に仕上がっている。5曲目「Dear Alan」はフレンチハウスのレジェンド、アラン・ブラックスへのオマージュで、サンプリングを駆使したコラージュ的アプローチが光る。6曲目「Incognito」は、映画的スケール感とイタロ・ディスコの要素が同居するジャスティスらしいトラック。

そして、迎えたアルバム後半開始を告げる7曲目「Mannequin Love」ではギャスパールが発掘した、イギリス人双子の二人組、ザ・フリンツのサイケデリックな歌声を起用し、中毒性の高いポップ・チューンを提示。8曲目「Moonlight Rendez-Vous」はジャジーでSF的な世界観の漂うインストゥルメンタル曲だ。

さらにはコナン・モカシンを迎えた9曲目「Explorer」は大作と呼ぶにふさわしい仕上がり。銀河を旅するかのような壮大なスケール感から始まるこの曲は、途中で現れるコナン・モカシンのスポークン・ワードとその後のシンフォニックなバラードへの転換が強く印象に残る。

10曲目「Muscle Memory」は、不安定なアルペジオ・ラインと実験的サウンドが際立つアヴァンギャルドなトラック。11曲目「Harpy Dream」はアルバムの終盤を告げるインタールード的な位置づけだ。

終盤12曲目「Saturnine」ではアメリカR&B界の大スターであるミゲルを起用。彼の妖艶なファルセットがミッドテンポで進行するファンキーなディスコナンバーに花を添えている。ラストを飾る13曲目「The End」は、サンダーキャットとのコラボ曲。R&Bビートを土台にガバのリズムを何層にも重ねた終末的ナンバー。アルバムを締めくくるのに完璧なフィナーレとなっている。

コーチェラでの新曲

本作のリリースに先立ち、その全貌を予感させたのが、2024年4月12日(日本時間4月13日)にアメリカで行われた音楽フェス「コーチェラ2024」でのジャスティスのライブだ。キャリア初期の名曲のマッシュアップ「Genesis / Phantom」からスタートした約1時間のライブセットでは、序盤から「Generator」や「One Night/All Night」が披露されている。

また、この時点では未発表だった「Mannequin Love」や「Neverender」も披露されるというサプライズもあった。特に「Neverender」に関しては、同曲のお披露目の意味もあったのだろうか。このライブではサンプルネタ、あるいはマッシュアップで使われる形でたびたび「Neverender」が会場内に響き渡っていた(筆者が記憶している中では少なくとも3回は耳にした)。

このようにライブでも『Hyperdrama』の楽曲が先行披露されたことで、本作への期待感は高まっていったが、グザヴィエは本作のリリースとも関連する近年の自分たちを取り巻く状況について次のように語っている。

「1stアルバムをリリースした2007年から17年が経った今、新世代のリスナーがジャスティスの音楽を発見しているんだ。まさに僕たちが20歳の頃に70年代や80年代のバンドを発見して夢中になったようにね。面白いよね。音楽に興味を持った若い人たちが、僕たちの音楽に出会う。そのきっかけは歳上の兄弟だったり、もしかしたら親や叔父さんとかが僕たちの音楽を聴いていたからかもしれない。そうやって新世代のリスナーがジャスティスの音楽を聴いている。この先どうなるのか、凄く楽しみだよ」

グザヴィエの発言からも分かるように、実際に2020年代に入ってからは2000年代のエレクトロにインスパイアされた若手アーティストが多数登場している。これにより新世代のリスナーの間では、再びエレクトロに注目が集まっている。つまり、2000年代の音楽シーンを席巻し、音楽史に残る大きなトレンドとなったエレクトロが約20年の月日を経て、今、完全復活しようとしているのだ。

そのような状況の中でリリースされる、シーンのオリジネーターによる本作は、エレクトロ人気の完全復活の先導役であると同時にシーンの過去と現在、そして未来をつなぐ架け橋となるだろう。

Written by Jun Fukunaga

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