保育士1人が生む価値は年間1,450万円相当だが…収入と社会価値が連動しない理不尽な現実と〈新たな稼ぎ方〉の出現【山口揚平】

(※写真はイメージです/PIXTA)

収入は社会への価値創出度では決まらない。もっと言えば、それは理不尽にも、トラック(階級・自分が走っているレーン)によって決まっているのだ。本稿では、思想家で投資家の山口揚平氏の著書『3つの世界 キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略』(プレジデント社)より一部抜粋して、世の中で貧乏人、金持ちを分けている理不尽な社会構造の現実について詳しく解説します。

「収入は階級によって決まる」理不尽な現実

職業の社会的価値と年収は乖離している

前項では金融経済と実体経済の乖離について述べたが、よりミクロな職業レベルにも、理不尽だと思える反直観的な事実がある。

[図表1]年収と社会的価値には相関がない 出所: 「リサイクル業者、病院の清掃員、保育士、税理士、広告会社役員、銀行家」はNew Economic Foundation 「A Bit Rich: Calculating the real value to society of different professions」
「研究者、教師、エンジニア、コンサルタント、弁護士、マーケター、マネージャー、金融関係者」はJournal of Political Economy 「Taxation and the Allocation of Talent」よりブルー・マーリン・パートナーズが作成

上の図1は、世界中で話題となった『ブルシット・ジョブ』(岩波書店)でも取り上げられた、社会的価値と年収の乖離を示したチャートだ。

社会的価値には2つある。一つは、GDP/税貢献などの経済的価値、もう一つは社会を支えているもの(教育、健康、子ども、可能性)を創造している。

この社会的価値の算出方法だが、病院の清掃員の社会的価値は院内感染の防止等に、保育士は、保育園に子を預ける親が就労で収入を得ることによる価値及び雇用創出による価値の合算によって算出される。

保育士の場合、1人あたり平均5人の子を担当し、1名の保育により親1人分の平均年収を稼げると仮定している。兄弟がいる場合の影響や保育設備による価値貢献の影響を差し引くと、保育士1人が生み出す価値は日本円で年間約1,450万円相当とされ、雇用創造による価値貢献として彼らの受け取る平均給与230万円相当を計算に加えると総価値は1,700万円相当になる。

つまり賃金1円に対し、保育士は7.2円以上の価値を生み出していると考えられる。

※金額は2024年1月12日現在の為替1ポンド=185円で計算。

収入はトラック(階級・自分が走っているレーン)によって決まっている。社会への価値創出では決まらない。金銭収入と社会価値が連動しないという前提は、やがて貨幣経済の根幹を揺るがすことになる。

図1の横軸が年収を、縦軸が社会的価値を表す。たとえば、保育士は1円稼ぐごとに、本当はその7倍の価値を社会に創出している。一目でわかるように、年収の高さは社会的価値に比例していない。

チャートで示される職業の幅がやや偏ってはいるが、注目したいのは、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる職種に従事している人のほとんどが、高い社会的価値に見合った報酬を得られていないことだ。

一方、グラフの右側に位置する職業に就いている人は高い報酬を得ているものの、彼らが働けば働くほど、社会的価値は毀損されてしまっている。

年収の高い仕事が本当に社会的価値を生み出しているのか、むしろ搾取しているのではないかと批判的に考える理由がここにある。

金持ちには嫌われるべき理由がある

このような状況から、「金持ちを毛嫌いすることは間違いだ」と主張する金持ちがいるが、間違っている。

金持ちになった人は、「自分が金持ちになった本当の理由は、必死に努力し、他の人以上に社会貢献した結果ではなく、金持ちになるルートと土俵で仕事をしたからだ」と心の底では思っているはずである。

この世界、誰もがそれぞれの場所で努力しているものだ。金持ちと貧乏人は走っているトラックが違う。もっと言えば、そもそも行っている競技が違うのだ。

社会貢献度合いなんて大差ない。だから金持ちが偉いなんてちっとも思わなくてよい。にもかかわらず、金持ちは貧乏人に比べて、消費の機会と自由度に圧倒的な違いがある。その点に問題が出てくる。

金持ちが毛嫌いされるのはその稼ぎではなく、消費の不公平によるものである。人は金持ちが嫌いなのではなく、金持ちの「金の使い方」を嫌うのである。

「労働奴隷」から抜け出す人たちの出現

残念ながら、キャピタリズムにおける労働者の奴隷化は今後も止まる見込みがない。

たとえば現代における資源のほとんどは人件費である。人件費比率が圧倒的な割合を占めている。

やがて、その労働者の時間を預かって販売する時間卸売り業者が現れるだろう。企業は労働者を直接雇わずその時間を、業者を通じて買う。それは現在では派遣会社が行っているが、今後、より大規模に行われるだろう。人々の時間を集めて販売する「時間長者」が現れる日はそう遠くない。

現在の人口の半分は会社に属する労働奴隷であるが、わずかながらそこから抜け出そうとする人たちが出てきている。インディペンデントコントラクター(IC)の存在である。

彼らは自分たちで会社を創り、株を発行し、上場させるほど規模を追うことはないだろう。しかし、企業から案件を受託し、それを納品して収入を得るというやり方にとどまることもない。近い将来、まず自分の時間を株式のような形で発行し、あらかじめ収益を確保し、その株(のようなもの)を買った人に対して労働時間を提供する形になるだろう。

前払いかつオークション形式で、これまでの実績と信用に基づく労働収益を確保するようになるのである。このようにしてAIやロボティクスを作る側の人間や、一部のアーティストやアスリートなどの「特Aランク」に値する人材は、資本主義世界においてもある程度の頭角を現すことになるだろう。

山口 揚平

ブルー・マーリン・パートナーズ株式会社

代表取締役

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