全国の都会人よ、『悪は存在しない』のラストに震えろ 濱口竜介イズムの詰まった寓話

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は地元から出たことがない東京っ子・花沢が『悪は存在しない』をプッシュします。

『悪は存在しない』

『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督の待望の最新作『悪は存在しない』が公開されました。本作は、長野県を舞台に、自然豊かな町の便利屋として暮らす男と、グランピング場の建設を推し進めるために東京の会社から派遣された男女を中心に話が展開していきます。

村上春樹の小説を原作に据え、西島秀俊ら豪華キャストを迎えた『ドライブ・マイ・カー』から約3年。今作では『ハッピーアワー』を手がけた北川喜雄さんが撮影として復帰し、キャストも濱口監督の過去作に参加していたメンバーからの抜擢が多く、どちらかといえば『ハッピーアワー』や『偶然と想像』に近いトーンの作品になっています。

さらに、本作は少しコンパクトな106分という尺。主人公が山にこもって薪を割ったり、川の水を汲んだりして暮らしているところに、よそものがやってくる、というあらすじはどこか寓話のような雰囲気もはらんでいます。

冒頭の場面。『ドライブ・マイ・カー』でも音楽を担当した石橋英子さんによる美しい劇伴と、雪に覆われた山間の景色をロングショットで見せる撮影、贅沢な間の使い方に心地よく浸っていたその瞬間、パァンと一つの銃声が鳴り響きます。「近いですか?」「いや、栗原のほうでやるって聞いたからそれかな」「じゃあ全然遠いですね」。地元民らしき男2人のセリフは落ち着いていて、どうやらその銃声が鹿狩りのものであることがわかります。

彼らにとってそれは日常の一コマに過ぎないようですが、東京の人間からすると、昼下がりに銃声が聞こえることは強烈な“違和感”です。ここから終わりまで、本作にはじんわりと不穏な空気がまとわりつきます。

東京育ちの筆者にとって、本作はどこまでも美しく、そして最初から最後まで居心地の悪さのある映画でした。都会の人間が「自然と共存」と言うときの白々しさ。渋谷や銀座の街路樹に感じるカギカッコつきの「自然」。週末に1泊2日で旅行に行って、「リフレッシュできた」と帰りしなに背を向ける山々。そういう漠然とした“後ろめたさ”に、本作のラストはグッとナイフを突きつけてきます。

また、本作はヒューマンドラマとしても面白く、言葉少なな便利屋の男にも、東京から来た会社員の男女にも、それぞれに共感する余白を持たせています。濱口監督らしいリアリティを追求した会話劇で、「あー、こんな人自分の周りにもいるなぁ」と身近に感じさせる描写が素晴らしい。だからこそ、突き放したラストが余計に怖くなります。自然に“共感”や“共存”は存在せず、ただお互いの動きをそっと伺うことしかできないのだと言われているような感覚がしました。

全国の都会人の皆さん、ぜひ本作を観て美しい風景に見とれながら、ちりちりと違和感に炙られる稀有な体験をしましょう。そして、本作の舞台・水挽町に似た地域に住んでいる皆さん。どうか本作を観て、私に感じたことを教えてください。
(文=花沢香里奈)

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