【コラム・天風録】二つのパリ五輪

 心には希望、かかとには翼―。昔の英国映画、「炎のランナー」のせりふを思い返す。1924年のパリ五輪で躍動した英陸上選手団を回想する言葉だ。合宿練習で海辺を駆ける若者たちのバックに、美しい旋律のテーマ曲が流れる場面は映画史に残る▲五輪イヤーのたびDVDで見る。実在の金メダリスト2人が主人公。ユダヤ系のハロルドは差別と闘うために100メートルに挑み、宣教師ランナーのエリックは信仰のために400メートルを走る▲何のためにスポーツで競うのか、この名作から考えさせられる。その年の五輪は第1次世界大戦で敗れたドイツや社会主義国のソ連を排した一方、国の威信を争う空気が強まったらしい▲100年ぶりのパリ五輪まで3カ月。代表争いは過熱する。ただ夢の舞台は課題山積のようだ。ウクライナの戦争を巡ってロシアなどの選手の扱いが定まらず、呼び物のセーヌ川の開会式もテロのリスクにさらされる▲東京であれこれ汚名も残した五輪。花の都ではせめて五輪停戦を成し遂げて、希望と平和の翼を取り戻してほしい。あのハロルドやエリックが栄光をつかんだ往時のメイン競技場は今なお現役で、ホッケー会場に使われると聞く。

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