【社説】国の指示権拡充 地方分権に逆行、見過ごせぬ

 地方分権を逆行させる危うさをはらんだ法案だ。

 政府が今国会に提出した地方自治法改正案は、災害や未知の感染症など非常時に、国が自治体に対して対応を指示できる規定を新設する。

 現行は感染症法や災害対策基本法など個別の法律に規定があれば指示できる。違法な事務処理をした場合にも地方自治法に基づき可能だ。だが、これらの法の想定を超える事態に対応するためとして指示権を拡充する内容である。

 国の指示が行使されるのはまれだ。なぜなら2000年の地方分権改革で、国と地方の関係は「上下・主従」から転換し、「対等」と位置付けたからだ。具体的には、国が指揮監督する機関委任事務を廃止し、国が本来は担うべき事務を地方に任せる「法定受託事務」と、自治体が責任を持つ「自治事務」を定めた。

 とりわけ疑問なのが、自治事務を含めて個別法で定めなくても指示ができるようになる点だ。国に白紙のまま強権を与えるようなもので、地方自治体の自主・自律への配慮を求めた地方自治法の趣旨に反するのではないか。

 きっかけは新型コロナウイルス対策で国と地方の意見が一部で食い違い、連携に問題があったためと説明する。緊急事態宣言を出すタイミングや飲食店への休業要請などで確かに混乱したが、初の事態で想定や準備が不足していたのが主な原因だろう。国に指示権限がなかったからではない。対応を検証し、緊急時の広域連携を模索する方がよほど効果がある。

 そもそも非常時ほど、現場を熟知し、情報も多い地方自治体がより適切な判断を下せるはずだ。国が誤った指示を出すこともある。コロナ禍では学校の一斉休校をはじめ実態とずれた要請があり、国民に大きな混乱を生んだ。

 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故を思い返しても、非常時に国の一元的な指示が必要な場面が出てくるのは理解できる。しかし、個別法で対応するのが本筋だろう。想定される危機を事前に国会で議論し尽くせば、国民の安全を守る実効性の高い備えができよう。

 改正案で指示は「重大な影響を及ぼす事態」に出すとしたが、曖昧に過ぎる。自治体や日弁連から、乱用や国の不当な介入を危ぶむ指摘があるのは当然だろう。

 しかも「事態」の具体例を示すのが困難と説明するが、なぜなのか。災害や感染症を超える緊急事態というなら、日本周辺での有事が容易に想像できる。インフラや公共施設の使用や人員の動員の指示を想定しているのではと、疑念が拭えない。沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡り、安全保障を盾に強権を振りかざしてきた国の対応を見れば、なおさらである。

 歯止めを求める声を受け、改正案は指示に閣議決定が必要としたが、機能するとは思えない。全国知事会が求めた国と自治体との事前協議も、努力義務のままで不十分だ。危うさを十分に議論したとはいえず、このまま改正案を成立させては禍根が残る。

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