映画『カラオケ行こ!』が原作ファンにも超好評なワケとは? “映画オリジナル”なシーンを深掘り

『カラオケ行こ!』(C)2024『カラオケ行こ!』製作委員会

和山やまによる同名原作を綾野剛主演で実写化した映画『カラオケ行こ!』。ただでさえ人気のある原作を、キャスト・スタッフともに盤石の布陣で実写化するとあり、公開前から大きな話題となった本作。封切後はそのクオリティに多くの人が魅了され、パンフレットが劇場から消えた。原作のストーリーや空気感をそのまま劇場に持ち込んだといっていい本作だが、注目したいのは映画化にあたり追加された部分の秀逸さ。今回は、『カラオケ行こ!』の映画オリジナルな部分について掘り下げてみたい。

合唱部部長の中学3年生・岡聡実(齋藤潤)が突然ヤクザの成田狂児(綾野)にカラオケに誘われ、歌の指導を頼まれるという奇抜な設定を映画化したのは、『リンダ リンダ リンダ』『味園ユニバース』などで知られる山下敦弘監督。脚本は、『アンナチュラル』『MIU404』(どちらもTBS系)の野木亜紀子が務めた。2020年放送のドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)以来のタッグだ。原作は1巻のみであるため、映画にするには少々尺が足りないのでは…という視聴前の不安がウソのように、“和山ワールド”の延長線上として完璧と言ってもいい余白の埋め方をしてくれた。

■あまりにも“中学”な合唱部が素晴らしすぎる

まず映画で強く感じたのは、中学生としての聡実くんの日常が非常に丁寧に描写されていたこと。特に、聡実くんが部長を務めている合唱部は、一言でいえば“中学生らしさ”みたいなものが詰まりまくっていてもう苦しい。

映画では原作と異なり、顧問が産休・育休中。副顧問の“ももちゃん先生”(芳根京子)がメインで指導を担当している。物語は、合唱部が全国への切符を逃すシーンから始まる。ももちゃん先生的には「みんな頑張ったからヨシ!」みたいな感じなのだが、全国目指して練習してきた部員たちはどうにもモヤモヤ。そういう“青春至上主義”な先生、いるいる。

その後も、3年生最後の舞台に向けた大切な時期だというのにももちゃん先生のフワフワした(「愛が大事やで!」的な)指導は続く。同僚に「粗忽」と評されるようにイマイチ学生たちへの気遣いも足りない。そこでキレ始めるのが、2年生の和田くん(後聖人)。彼は原作にも登場するが、映画では部活熱と自分本位度マシマシの、いわば「ザ・中学生」なキャラに。部長の聡実くんを尊敬しまくっていたあまり、大切な時期に部活をサボりがちになった先輩を許せない(聡実くんのサボりには理由があるのだが)。分かる、尊敬していた人のダメな部分を見るのは誰しもつらい。とはいえ和田くんには、部長の苦悩が理解できない。自分がこんなに頑張っているというのに部長は! と怒りをぶつけるしかないのだ。

壁にぶつかる部長、不安しかない指導者、キレる14歳…そんなカオスな合唱部を実質的に支えているのは、副部長の中川さん(八木美樹)だろう。この時期、まだまだ子どもな男子に比べて女子の“大人度”はすさまじい。この男女の精神的な成熟具合の差、中学生だったことのある人なら必ず「あったわ~~~」となることだろう。

■聡実くんにはちゃんと“居場所”があった

映画『カラオケ行こ!』で嬉しかったのは、聡実くんに合唱部と狂児以外の“居場所”がしっかりとあったことだ。

特に、聡実くんが幽霊部員として合唱部と掛け持ちしている「映画を見る部」。VHSで白黒映画を淡々と見ているだけの部活で、部員は栗山くん(井澤徹)という3年生のみ(幽霊部員は他に5人ほどいるらしい)。聡実くんはときどき「映画を見る部」に顔を出しては、映画を見ながら栗山くんと他愛ない話をしているようだ。

「映画を見る部」の要ともいえるビデオデッキは、まさかの“巻き戻し不可”。映画館で映画を見るように、一度見始めたら戻すことはできない(前述の和田くんが無理やり巻き戻して壊してしまい、めちゃくちゃ落ち込むシーンも非常にかわいい)。もう巻き戻せない青春の合間に、巻き戻せない映画を見る“モラトリアム”な時間が、いろんな感情に溺れそうな中3の聡実くんにとっては非常に大切なものだったのではないかと思う。狂児のことも栗山くんには打ち明けているようだが、栗山くんは“友人の友人のヤクザ”のことはどこか映画の中の話のようなとらえ方をしていて、否定も肯定もしない。その空気感が心地良い。基本的にスクリーンを2人で見ているシーンがほとんどなので、2人の目が合うことはあまりないのだが、それでも分かり合っていることが伝わる。

■「紅」の“大阪弁訳”が2人の関係をエモくする

本作のキーとなる曲、「紅」(X JAPAN)。原作でももちろん大切な曲ではあるが、映画ではこの曲の解釈をより深掘りしており、結果的にこの映画の軸となっているといっても過言ではない。

「紅」は、狂児が組のカラオケ大会で披露しようと練習している曲なのだが、高音ボイスを出すための裏声を聡実くんに「気持ち悪い」と一蹴されてしまう。聡実くんは狂児の音域に合う曲をたくさん見つけてくる(健気すぎる)も、狂児はなぜか「紅」にこだわる。

「紅だーーー!!!」というシャウトが有名だが(作中では綾野剛のシャウトも何度も堪能できる)、ポイントとなるのはその前のなんだかメロウな英語の歌詞。映画では、この部分を聡実くんが日本語、いや大阪弁に翻訳。“紅”の意味が狂児と聡実くんに刻まれるのだ。

この“大阪弁訳”が狂児と聡実くんの関係にここまで嵌まるとは。クライマックスでは、狂児に起きた事件によって聡実の心が“紅”に染まる。そして、ヤクザカラオケ大会に乱入した聡実くんのこん身の歌唱につながっていく。筆者は特にX JAPAN世代とかではないのだが、正直「紅」に泣かされるとは思わなかった。原作でも聡実くんの「紅」歌唱シーンはあるが、聡実くんこと撮影時自身も中学生だった齋藤の歌声がよりグッとくる。北村一輝演じる組長の涙も、原作以上にアツいものがあった。

今回の映画化では、“巻き戻せない青春”が描き出されていた。“実写化”の在り方について議論が尽きない昨今だが、本映画が原作ファンからも好評を得ているのはそのバランス感覚の秀逸さによるのだと思う。青春度こそ高まってはいたが、和山やまが作り出す“低体温な笑い”はしっかりと表現され、鑑賞後には原作の読後感と同じ感覚すら覚えた。『カラオケ行こ!』続編である『ファミレス行こ。』がもしもいつか実写化されることがあれば、また同じ布陣での製作を期待せずにはいられない。(文:小島萌寧)

映画『カラオケ行こ!』はレンタル配信中。

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