安・近・短の大型連休

 江戸風俗を楽しく紹介した文筆家で漫画家、杉浦日向子(ひなこ)さんに「一日江戸人」(新潮文庫)という解説本がある。江戸人の食や長屋生活を書き、旅についてはこう記した。〈ほとんどが「お参り」を目的とするものでした〉▲信心深いというよりも〈人々の興味は、神社仏閣の門前に広がる歓楽街にあり、そこでの大騒ぎが何よりの楽しみ〉だったという▲1830(文政13)年には「伊勢参り」が大ブームになり、当時の日本人の6人に1人、実に500万人が伊勢神宮を目指した。大金がなくても、道中の旅籠(はたご)でしばらく配膳や水くみをして旅費を工面できたらしい▲出島オランダ商館医のシーボルトは〈旅行が日本ほど一般化している国はない〉と書き残している。古今、日本人の旅好きは変わらないようだが、近頃は困った事情がある▲国内では物価高などでホテル代が高い、円安で海外旅行にはなかなか手が出ない…。きょうから大型連休だが、旅に胸躍らせる人は例年ほどではないらしい。費用は安く、距離は近く、日程は短く-の「安・近・短」が主流という▲〈おもしろや今年の春も旅の空〉芭蕉。ここでいう「春」は新年のことで、弾む旅心を詠んだのだろう。江戸の伊勢参りのように、手軽でお気楽な旅にも〈おもしろや〉の妙味を見つけたい。(徹)

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