若者の性にどう向き合うか? 東大の女性診療科と性教育の在り方を考える

インターネットへのアクセスが容易になった現代において性の悩みに関する情報は増え、性教育の重要性が認識されるようになってきた。しかし日本では、生理、避妊、ジェンダー・アイデンティティー(性自認)などの悩みを抱えていても、適切な情報とケアにアクセスできないことがある。世界標準と比べて性教育が遅れていると言われる日本で、大学や東大の保健センターが若者に対してできることは何だろうか。(取材・石川結衣)

東大に女性診療科開設受診の選択肢と来診のしやすさを

東大の保健センターで女性診療科が昨年10月から本郷に開設され、駒場・柏でも12月から診療を開始している。月経の異常や性感染症、ピルなどの専門的な婦人科の相談ができる(写真1)。東京大学新聞社の1月の取材によると、10月〜1月の新規受診者約110人のうち約8割が大学院生を含む学生だという。受診内容は月経前症候群(PMS)や月経困難症、月経不順が多く、約4割の相談が月経に関するものだったという。他にも子宮頸がん検診やおりもの(血液以外の膣からの分泌物の異常)・かゆみ、ピルを用いた月経予定日の移動などの相談があった。診療に当たる中西恵美医師によると、月経は「我慢するもの」といった意識を持っていることが多く、「月経困難症のために就活イベントを休んでしまった」「月経不順のためにいつ月経が来るかわからなくてストレス」といった具体的な訴えがあった。

女性診療科の方向性として、診療だけでなく啓発・教育も大切に活動したいと中西医師は話す。診療科開設以降の課題として、東大構成員が女性診療科を受診するという選択肢を持っていなかったり、受診しづらいという気持ちを抱えていたりすることも見えてきた。症状や悩みがあれば相談するよう促すポスターの掲示(写真2)や、ウェブページのお知らせを通し、受診の一歩を踏み出せるよう促している。受診者数の増加だけが成功ではなく、保健センターによる啓発活動により、構成員に悩みができた時、女性診療科を受診する選択肢を持ち、自分らしい生き方ができることを目標にしている。また日本は他の先進国と比べ性教育の遅れが指摘されているが、今後社会を担い、親になるかもしれない大学生に正しい知識を伝えていくことで「人権教育」としての性教育が保証される未来への一歩になることを目指す。

(写真1)本郷保健センター女性診療科の様子(写真は中西恵美医師の提供)
(写真2)月経困難症・PMS のポスター(左)と子宮頸がんワクチンのポスター(右)

「ユースフレンドリー」な場で性に関しても適切なケアを

東大保健センターの女性診療科では、学生は相談無料、予約不要という体制をとり、学生の悩みに寄り添えるクリニックを目指している。女性診療科内で対処できない場合でも保健センター内にある内科や精神科など他の診療科と連携して対応することが可能となっている。

一方で欧州諸国には「ユースクリニック」と呼ばれる場の整備が進んでいる。各自治体が運営する医療機関で、若者が無料で訪れることができる。家庭や学校での悩み相談、そして避妊具の提供や性感染症に関する相談、妊娠に関するケアなどが行われ、医師、助産師、看護師、カウンセラーなどが連携して対応する。

ユースクリニックが普及している国の一つであるスウェーデンに留学した経験から、包括的性教育や避妊法のアクセス改善を目指す運動を行う福田和子さんは、自主ゼミ「東大で性教育を学ぶゼミ」の講師も務めている。ユースクリニックの役割や、東大保健センターの女性診療科の今後について話を聞いた。

━━ユースクリニックの意義は

WHOもユースフレンドリー(青少年に優しいあり方)を提唱しているように、若者は多くの場合、経済的にも社会的にも親に頼るしかない脆弱(ぜいじゃく)性を抱え、知識も学びの途中です。若者が健康、特に性と生殖に関する必要なケアを確実に受けるには、プラスアルファの取り組みが必要です。

スウェーデンでは、若者専用の医療機関「ユースクリニック」があります(写真3)。匿名かつ無料で、体、心、性に関する悩みを専門家に相談したり、生理用品やコンドーム、潤滑剤を貰ったり、避妊法の処方や性感染症検査をしてもらうこともできます。中学校でのユースクリニック見学も多く、みんなが知っている身近な場所です。

日本にも自治体の性感染症の検査や都道府県警の性暴力のホットラインなど、無料で利用できる公的サービスはあります。しかし場を区切られることにより、偏見やイメージから特に若者はケアへのアクセスを妨げられてきました。一方、ユースクリニックは、初めて恋人ができて避妊をしたい人や、セクシュアリティや家族との関係に悩む人など来訪理由は多種多様。だから他者に勝手なジャッジをされずニーズを満たせます。そんな場所が自分の体や人生を守るための権利として存在しているのが素敵だと感じます。

━━スウェーデンと日本における若者が置かれている状況の違いは

若い頃はさまざまなことにチャレンジする中で、リスキーな場面や、結果としてケアが必要なこともあるでしょう。その時にスウェーデンでは社会から非難され切り捨てられるのではなく、どんな状況にあってもサポートを受けられる権利が保障されている印象があります。

一方で日本では、性や人間関係に関する悩みを相談できる機会や場所は限られています。例えば21年に就職活動中の女子大生が、トイレで出産した乳児を殺害、遺体を公園に埋めた悲しい事件がありましたが、非難され責任を負うのはいつも女性ばかり。でも本当は、適切なケアと情報へのアクセスを担保しない社会の責任が問われるべきではないでしょうか。

━━性教育や性に対する考え方における日本とスウェーデンの違いは

これまで日本では性と生殖に関する健康と権利(SRHR)について語るとき、病気や望まない妊娠などリスクの話が中心で、より良いパートナーシップの構築といったポジティブな面が欠けていました。スウェーデンでは自分の体はどんな状況にあっても大事にされていい、自分で決めていいんだよと教えられており、性教育において、心・体・社会的なウェルビーイング(幸福)が目指されています。自分のからだは自分で決める権利(SRHR)は世界でも30年前に確立していますが、日本では、性に関する話は社会のタブーとする見方が根強く、権利として見なされていません。ピルなどの避妊や中絶、さらには出産までもが、女性にとって必要な医療であっても病気や怪我ではないという理由で自己負担が原則です。中絶も、スウェーデンでは無料の経口中絶薬が主流ですが、日本では高額で負担の大きい手術が主流のまま。いまだに知識も選択肢も、十分に保証されていないのが現状です。

━━東大の保健センターに女性診療科が開設されました。医師だけでなく助産師やカウンセラーなどとの協力体制の中、無料でケアにアクセスできるユースクリニックのように拡大していくことは可能でしょうか

アクセスを向上させるという意味で、女性診療科の開設はとても大きな一歩だったと思います。ただ、健康はフィジカル面だけで実現されるものではありません。メンタルとフィジカル両方の専門家が他職種連携で対応するからこそ、必要な人にケアを届けられる面も大きいと思うので、少しずつでもスウェーデンのユースクリニックのように対応幅が広がったら嬉しいです。

また女性診療科は対象を婦人科の悩みを持つ「女性」に限定していますが、「男性」にとっても相談やケアを受けることのできる場は必要だと思います。これは国際的にも課題になっていますが、女性は月経などをきっかけに体と向き合う機会が比較的多い一方で、男性の場合は、一人で悩みを抱えがちと言われています。さらに「女性」と区切ることで、婦人科系のケアを必要とするトランスジェンダー男性やノンバイナリーの方などが行きにくい場所になりかねない点も重要です。

ただ、学部学生女性比率が2割の東大で女性診療科を開設することは、女性が安心して行ける場作りの観点でも評価できると思います。その点では、対象を全ての方に拡大することが必ずしも望ましいわけではないとも思うので、実装を進める中での今後の進化に期待しています。

福田和子(ふくだ・かずこ)さん 21年スウェーデン・ヨーテボリ大学修士課程修了。修士(公衆衛生学)。性と生殖に関する健康と権利の実現を目指す「#なんでないのプロジェクト」代表。21年より「東大で性教育を学ぶゼミ」の講師を務める。

自分の体をよく知ることは健康に生きること

スウェーデンでは性に関する権利を守る機会として、あらゆる教科の先生が性教育に対応できる。また自分の体を自分で決めていいという人権に関することからポルノ批判など日常に関することまでディスカッションで学べる性教育が行われているという。性に関する悩みを打ち明けたり、情報発信することがタブー視されたりしている現状で、若者の性に関する権利を保障するためには、ケアの場に加えて性教育の在り方を考える必要がある。学校教育の面から、大学はどのように取り組んでいけば良いのだろうか。現代日本におけるトランスジェンダーやノンバイナリーを研究する武内今日子助教(関西学院大学)に話を聞いた。

(表1)性の多様性に関係する東大内の主な動き(東京大学新聞社が作成)

━━東大は約2年、D&I;宣言に基づく取り組みを複数行ってきました(表1)

今まで女性の数を増やすといった形での多様性推進はよくありましたが、それに限らずにダイバーシティを尊重する環境を作る旨をD&I宣言で明文化したことは重要だと思います。

宣言に基づく一連の取り組みで、学生や教員の女性比率が低い中で女性の構成員を増やす視点を持つことが重視されるようになったと感じます。これは、男性がジェンダーの特権性に気付いたりジェンダー規範を考えたりするという意味で大事なことです。

一方で、女性比率を高めるだけでは解決しない問題もあると思います。例えば性の多様性をめぐるマイクロアグレッション (無意識的な偏見によって相手に否定的な言動をとること)やアウティング (他人の性的指向や性自認を当事者の許可なく暴露すること)の問題は、女性比率を増やすだけでは自動的に解消することはないですよね。これについては、今年2月に策定された「東京大学における性的指向と性自認の多様性に関する学生のための行動ガイドライン」が役立つと思います。原則だけでなくキャンパス生活において生じやすい問題のある行動の例やどう気をつけたらいいかが具体的に書いてあるため、それに当てはまってしまった人が行動を振り返って見直すということが容易になったと思います。ただハラスメントの解決の仕方や、教職員が授業や窓口対応において具体的に注意すべきことについては、今後さらに記述を拡充させていくことが必要だと思います。

━━大学での性教育の現状と望ましい在り方は

現状として東大では性教育を学べる授業があまりにも少ないと思っています。東大ではD&I科目が設置され、クィア・スタディーズ (社会における性の「普通」を批判的に問いなおす学問)に関するさまざまな講義が開講されるようになりました。これは非常に重要なことだと思います。しかし、これは前期教養課程の枠組みなので全体を包括しているわけではないことには注意が必要です。他の学部も含め、大学で性教育を専門とする常勤のポストを確保し、安定して教育ができるようにしていく必要があると思います。授業に限らなくても、大学側で性教育に関するパンフレットを作ったり、構成員全員が知識を得られるようにオンラインで研修やテストを実施したりと他にもいろいろな方法があります。

また、性に関する何らかの科目を教えている教員が、広い意味で性教育を行っている意識を持つことも大事だと思います。例えば性的マイノリティの社会運動に関する授業内容にも性教育は関わっており、性教育が位置する性をめぐる社会構造が含まれています。性に関するさまざまな科目の教員が性教育者である自覚を持って、性をめぐる構造から社会的背景まで教えることはまさに包括的な性教育と言えると思います。

━━学校教育における性教育の重要性は

まず、自分の体をよく知ることは健康に生きることにつながります。また、パートナーがいる場合はその関係性や将来の家族の在り方、あるいは家族を持たないことについて主体的に自分で選択できるようになると思っています。

現代ではメディア上に情報があふれていて、嘘を含んだ性に関する情報に子供のうちからさらされ続けています。その情報の真偽の判断や避妊の方法など、性の健康に関して正しい知識を得る上で、性教育はより一層重要になっていると思います。

もちろん大学は全員が行く場所ではないので、義務教育機関や高校での性教育の在り方を改善するのが理想的です。しかし性的な行動が活発化しやすく、誰かと付き合うことや子を持つことを考える人が増えるなど対人関係も急激に変化する大学で、性感染症や避妊、妊娠、出産、また家族をどう形成していくかについての知識を改めて身に付けることも大事だと思います。

━━具体的にどのような性教育が必要なのでしょうか

性教育で扱われる事例は、男女の性交渉など異性愛者でシスジェンダー(性自認と生まれ持った性別が一致している人)の女性・男性に限定されやすい状況があります。そのため、性的魅力を覚えないアセクシュアルや男女に当てはまらないノンバイナリーを含め、非規範的な性的指向や性自認、個人によって異なる性の在り方があることをまず伝えなければならないでしょう。

また、大学教育では性教育の社会的側面など、深いところまで理解を深められるような授業ができると思います。小中学校では自分の体のことや性交渉がどんな結果を生むか、避妊の方法といった最低限の体の仕組みのところまでしか教えられなくても、大学では性教育の社会的な意味や、ジェンダー・バックラッシュ(性差別をなくしたり性教育を発展させようとする動きに対する反対圧力)の動きなどの歴史的背景、国際的な性教育の状況との関係などに関する授業もできます。

武内今日子(たけうち・きょうこ)助教(関西学院大学) 23年東大博士課程修了。博士(社会学)。東大情報学環特任助教を経て24年より現職。

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