話題作『涙の女王』第9話で、主人公ペク・ヒョヌ(キム・スヒョン)の父ペク・ドゥグァン(チョン・ベス)とクイーンズ財閥副会長ホン・ボムジュン(チョン・ジニョン)が、どういうわけか龍頭里の田園風景をバックにあずまやでマッコリを飲むシーンがあった。
つまみはザルに乗ったパジョン(ネギのチヂミ)、魚の干物、ピーナッツだ。
■『涙の女王』のセリフに出てくる「セチャム」とは?
「午前中の野良仕事を終えて、ここでセチャムとしてマッコリを飲むのが最高なんですよ」
『涙の女王』劇中で、ヒョヌの父が言う「セチャム」とは、農作業の合間にマッコリ飲んで昼寝し、体力を回復させることだ。
ソウルの有力者と地方の農民のマッコリ酒宴というと、朴正煕大統領(朴槿恵大統領の父)が1960~1970年代によくやっていたパフォーマンスを思い出す。今で言うと大統領選の候補者が市場を歩いて商人たちと握手して歩くのに近い。狙いはもちろん好感度アップだ。
朴正煕大統領がマッコリ好きとしてよく知られていたので、農民と楽しげにマッコリを酌み交わす顔がはつらつとしていたのをよく覚えている。
ヒョヌの父は副会長にあれこれ気をつかい、マッコリをすすめるが、副会長の表情はさえない。汗水流して働いている者とモノやカネを右から左に動かして稼いでいる者の残酷な対比である。『私たちのブルース』で済州に左遷された銀行マン(チャ・スンウォン)と鮮魚店を切り盛りする社長(イ・ジョンウン)の再会シーンを思い出す。
それでも、乾杯のあと副会長がマッコリを一気に飲み干し、「あ~っ」と声を上げ笑顔を見せたことで場は和む。「農酒」とか「労働酒」とも呼ばれるマッコリに似つかわしい酒宴だ。
財閥のリゾート開発を巡る丁々発止の戦いにハラハラさせられた視聴者も、このシーンにはホッとしたのではないだろうか。
2009年に韓国でマッコリブームが起きて以来、マッコリは「古き良き時代に思いを馳せる酒」「美容のために飲む酒」など、そのイメージは多様化。プレミアムマッコリを名乗る高額商品も登場した。
美人女優たちの楽屋風景を捉えたセミドキュメンタリー映画『女優たち』(2009年)では、『涙の女王』でクイーンズ財閥会長の愛人モ・スリを演じているイ・ミスクが、コ・ヒョンジョンやキム・ミニら後輩女優たちに「マッコリは肌にいいのよ」と言うシーンがあった。
しかし、マッコリは本来、土と緑と風が似合う酒である。『涙の女王』9話では久しぶりにそれを確認できて、うれしかった。
■韓国映画のなかのマッコリ酒宴名シーン
映画にもマッコリ本来の魅力である野趣を伝える作品がいくつかある。
古くは、ロードムービー『鯨とり コレサニャン』(1984年韓国公開、2011年日本公開)だ。『涙の女王』で財閥を恐怖支配せんとするモ・スリと同一人物とは思えない初々しいイ・ミスク(当時24歳)がヒロインを演じている映画である。
旅の途中でケンカ別れした主人公ビョンテ(キム・スチョル)と兄貴分ミヌ(アン・ソンギ)が田舎の市場で再会する。手持ちの生活用品を売り払ったミヌが「何が食いたい?」と聞くと、ビョンテは満面の笑みで「マッコリ~」と答える。彼は屋台でお椀におおいかぶさるように白濁した液体を飲み干す。口と椀のあいだからマッコリがしたたり落ちる。思わず、「あぁ~っ」という声が出る。右手の袖で口の周りのマッコリをぬぐう。ビョンテが荒々しく飲む様子は、これぞマッコリ情緒というべき名場面だ。
チョン・ジェヨン主演映画『ウェディング・キャンペーン』(2005年)の終盤のシーンも忘れられない。
畑仕事を終えた純情青年マンテク(チョン・ジェヨン)が、桜の木の下に腰を下ろし、大きな椀でマッコリをひと口飲む。「はあ~~っ」と思わず声が出る。左手で口元のマッコリを拭う。草の上で横になる。そして、マッコリをもうひと口。春の日差しの中でうつらうつらする
また、チョン・ドヨン主演映画『初恋のアルバム 人魚姫のいた島』(2006年)では、パク・ヘイル演じる島の郵便配達夫が、農作業をしていたおばさんたちに誘われ、やかんに入ったマッコリを注がれるシーンがあった。
手っ取り早く酔うための酒だったソジュ(韓国焼酎)と違い、マッコリにはゆったりとした時間と場所が似合う。韓国を訪れたら、ソウルや釜山の郊外のシュポでマッコリを買い、田んぼや畑の近くでゆっくり飲んでみてもらいたい。