超画力と構成力で“王道”を征く──傑作ファンタジー漫画『圕の大魔術師』のすゝめ

今回は、いま読んでいて一番ワクワクするファンタジーを紹介!

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。第二十九景目は『圕の大魔術師』です。

かつて世界を襲った厄災を退けた魔術師。その後の民族大戦中に起こった書の大量破壊……大戦の反省から、書を守るために設立された独立組織・(としょかん)を舞台にした、王道のファンタジーです。

日本の図書館発展の契機になった、図書館法の公布日である4月30日(1950年)。これを記念して制定された、図書館記念日が迫るいま、読むべき漫画として紹介します。

原作の謎──ソフィ・シュイムとは何者か?

『圕の大魔術師』は、2017年11月から講談社の漫画誌『good!アフタヌーン』で連載中。漫画版『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などを手がけてきた、泉光さんによる漫画作品です。

原作としてソフィ=シュイムによる『風のカフナ』。訳者として濱田泰斗がクレジットされているのですが、どうやらソフィ・シュイム及び濱田泰斗なる人物は架空のもので、『風のカフナ』も存在しないようです。

単行本の表紙等にも記載があるので、てっきり原作があるのかと勘違いしてしまいます。しかし、単行本の奥付を確認すると泉光さんの名前しかありません。

これがどういう意図なのかは記事公開時点の最新7巻でも判然としておらず(ヒントは出ています)、謎に包まれています。こういう仕掛けは想像が捗るので良いですね。

王道を堂々と歩いていける、作品の強烈な魅力

『圕の大魔術師』の主人公は、物語の舞台となる大陸の小さな村に姉と2人で暮らす少年です。

彼がある日、世界中の書物があると言われる図書館で働く司書(カフナと読みます)と出会い、自身の運命を切り開いていくことになります。

貧しい暮らしをしていること。稀な組み合わせの混血で差別を受けていること。見知らぬ広い世界に憧れていることなど、古今東西の冒険活劇に見られる要素を持つ主人公の少年。魔術や精霊が存在しているという世界観も鉄板です。

『圕の大魔術師』を構成する要素を抜き出すと、王道も王道であり、馴染み深くとっつきやすいものになっています。一方で使い古されているとも言えます。

「どこかで見たことあるな……」と読者に思われてしまうリスクがあるのです。王道ゆえのジレンマですね。

しかし、本作には読者をがっちり掴んで離さない強烈な魅力がある。その導入となる1巻の完成度たるや、どの名作にも引けを取りません。

プロローグとして完璧な1巻 卓越したバランス感覚

『圕の大魔術師』の1巻で描かれるのは、主人公の少年が運命を変える出会いを果たし、図書館の司書になると目標を定め、未来に向けて動き出すまでのエピソードです。

多くの創作がそうであるように、主役となる登場人物の現状を明らかにし、世界観を提示する、作品としての自己紹介に当たる部分です。

必然的に絵にしろ登場人物の台詞にしろ、説明的な部分が多くなります。これが行き過ぎると読者にとってのノイズになりますし、無さすぎると読者は話についていけません。バランス感覚が非常に重要です。どんな創作物の作者も腐心するところでしょう。本作はここが卓越しています。

過酷な境遇に打ちのめされて、俯き背筋を丸めてとぼとぼと歩くしかなった主人公が、胸を張って前を向くまでの出来事を実にドラマチックに描写しています。

同時にワクワクする魔術や聖獣の存在を端々でそれとなく示し、現状まだ語られていない物語の外側にある広い世界を想像させてくれる、気持ちの良い情報開示をやってのける。

ここから長い長い冒険がはじまるのだ!

と、みなまで言わずとも分かってしまう、興奮させられる。そんなストーリーテリングが本当に素晴らしいです。

度肝を抜くコンセプトアートのような見開き

作者・泉光さんのそんな類まれなストーリーテリングを最大限に引き出しているのが、精緻な描き込みも大胆な見開きもお手のものな超画力です。

筆者は1話の冒頭からずっと「すげえ……!」と思いながら読んでいます。全ページ細部まで目を凝らしたくなる絵です。

コマ割りはかなり細かく設計されているのですが、見辛さはなく読みやすい。見開きには殴りかかってくるような圧すら感じます。この漫画はこういう作品なのだ!と、強烈に伝えてくる。

不特定多数のチームで作品をつくりあげるゲームやアニメで、関係者全員にイメージを共有するため配られるコンセプトアートが、受ける感覚としては一番近いかもしれません。見るだけでなんとなく世界観が掴める、そんな絵がたびたび現れるのが視覚的に楽しいです。

また、キャラクターの目にも色々な感情が詰まっています。言葉にしなくても喜怒哀楽が伝わってくる。ことわざの“目は口ほどに物を言う”を絵で表現している稀有な漫画なのです。

出会い、別れ、そして彼は主人公に成った

ちなみに、筆者はここまで、主人公の少年の名前をあえて書いていません。これは1巻の構成上、彼の名前が出てくるタイミングに大きな意味があるからです。

この瞬間に彼は本当の意味で主人公に成ったのだと、分かる時が来ます。

これ以上語ると初読の感動が薄れるので、未読の方はぜひとも、1巻だけでも手にとってほしいと思います。そして1巻以降も加速度的に面白くなる物語にどっぷりハマってください。

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