濱口竜介監督の最新作で主演に抜てき 「本業は映画スタッフ」34歳の元ドライバーは何者か

インタビューに応じた大美賀均【写真:ENCOUNT編集部】

大美賀均インタビュー「何でもやります。映画の便利屋といった感じでしょうか」

『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督の最新作は『悪は存在しない』(4月26日から公開中)。主演に抜てきされたのは、俳優ではなく、映画スタッフの大美賀均(おおみか・ひとし=34)。大美賀の素顔とは?(取材・文=平辻哲也)

アカデミー賞、世界三大映画祭のすべてで受賞という“グランドスラム”を達成した濱口監督に見初められた大美賀は、栃木県足利市出身の34歳。大森立嗣監督の『日日是好日』(2018年)では助監督、濱口竜介監督の『偶然と想像』(12年)では制作を担当。その縁で本作のシナリオハンティングでドライバーを務めていた。

「本業は映画スタッフです。ドライバー、制作部、演出部もやりましたし、何でもやります。映画の便利屋といった感じでしょうか」

本作は自然豊かな架空の町、水挽町が舞台。グランピング場施設の計画が進む中、杜撰な計画が明らかになり、地元民に動揺が広がっていく……というストーリー。大美賀は先祖代々の土地に一人娘の花と住む、町の便利屋的な存在、巧役を演じた。冒頭の薪割りのシーンから手際の良さに見入ってしまう。言葉少なで行動で示す所作はさながら山男といった印象だ。

「足利の生まれで、実家の裏は山だったので、巧のような生活は分からなくもなかったんです。薪割りの経験はありませんでしたが、現地の方から教えていただきました」

プロダクションノートによれば、ロケハンでは、大美賀はキャストに代わって、動線を確認するスタンドインを務めたそうで、濱口監督は「何を考えているのか、分からない、よい顔だ」と思って、オファーしたのだという。

「今の脚本の形になって、2回くらい現地を回った時に、濱口さんからオファーされました。『ビックリしないでください』と言われましたが、ビックリしましたし、大丈夫かなと思いました。ただ、経験のある監督がいうなら、大丈夫じゃないか、と(笑)」。

「内トラ」(業界用語で身内のエキストラの略)としての出演経験はあるが、セリフのある役も初めて。直前には自身の初監督中編『義父養父』(23年公開)を編集中だった。

「そこでいろいろ課題が出てきたんです。自分が出る側になれば、得られるものがきっとあるだろうという思いもありました」

実際、その演出術には学ぶべきところが多かったという。

「濱口さんは本読みを大事にしますが、今回も例に漏れず、何時間もありました。実際の撮影では、濱口さんは『今のも良かったです』と言って、かなり具体的になぜOKかを説明してくださったり、励ましてくれたので、『なら、大丈夫か』と思えてきました。だから、どう演じるかは何も考えずに無責任に臨んでいました。撮影はほぼ順撮りだったのもありがたかった。これはスタッフにとってもやりやすい面があると思います」と振り返る。

映画は第80回ベネチア国際映画祭に出品され、濱口監督、音楽の石橋英子氏とともに主演俳優として招待された。

「改めて濱口さん、石橋さんに対する注目度を感じました。お二人の取材の席にも同席させていただきましたが、堂々としてすごいなと思いました。ホテルの隣の部屋は『プリシラ』(エルヴィス・プレスリーの妻の自伝をソフィア・コッポラが映画化、公開中)の主演ケイリー・スピーニーだったと思います。10日間ぐらい夢見心地で過ごしました」

受賞者は前日夜に内示が来るのが、具体的な賞には聞かされないままセレモニーに参加した。

「順番に名前が発表されていくのですが、なかなか呼ばれなくて。あと2つしかない時に(銀獅子賞=審査員グランプリで)名前が呼ばれました。こんなことが起きるんだと不思議な気持ちでした。自分も壇上に上がるとは思っていなかったのですが、呼んでいただけたので、ホイホイついていきました(笑)。濱口さんは、こういう景色を見ているんだと思いました。もう『すごい』の一言です」

大美賀の紆余曲折の半生もすごくユニークだ。広告の世界に憧れ、専門学校の桑沢デザイン研究所へ。学ぶうちにスペースインテリアに興味を持ち、建築家を夢見たが、一級建築士資格取得まで10年かかることを知り、断念。卒業後は就職せず、フリーターをしていた。

「基本的にはドライバーをやっていました。お寿司や郵便物を運んでいました。一つのところに長く勤めることはありませんでした。そんな暮らしが3、4年続きました」

映画界に足を踏み入れたきっかけは?

映画界に足を踏み入れたきっかけは2012年、渋谷の焼肉店での出来事だった。

「友達と飲みながら、みんなで映画の人物のモノマネをしたり、『付き合うなら、映画の誰?』と学生みたいな話をしていたら、たまたま隣にいた大森立嗣監督から声をかけられたんです。公開中の『ぼっちゃん』(2012年)を見に行って、ビラ配りを手伝いました。その3年後に大森さんにドライバーとして現場に呼ばれたんです」

その後は知り合いも増え、映画の制作部、演出部のスタッフが本業になり、自身の初監督作品『義父養父』のメガホンも取った。

「スタッフをやっているうちに、自分の映画が撮りたいと思ったんです。一番大きなきっかけとなったのは、濱口監督の『偶然と想像』の現場スタッフとしての経験かも知れません。少人数のスタッフで、無理なく現場が成り立っている。それで出来た映画も面白い。映画は非日常的なモノだと思っていましたが、スタッフは電車移動で現地解散。日常の中に映画があるという印象を受けて、面白いと思いました」

『悪は存在しない』の主演で人生が一変したのではないか。

「どうでしょう、これから実感して行くかも知れません。今後も、制作する側で続けられたらと思っていますし、機会があれば、次は長編も撮ってみたいと思っています」。濱口監督作品の演出を受けた大美賀が、今後、どんな作品を作り出すのかも期待したい。

■大美賀均(おおみか・ひとし)1988年10月14日、栃木県足利市出身。桑沢デザイン研究所卒。助監督として大森立嗣監督『日日是好日』、エドモンド・ヨウ監督『ムーンライト・シャドウ』等に参加、濱口竜介監督『偶然と想像』では制作を担当。2023年、自身の初監督中編『義父養父』が公開された。平辻哲也

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