「カスハラが怖い」だけではない、現役バス運転士に聞いた「若手が運転士を回避する」理由

路線バスは地域住民にとって不可欠な移動手段だが、運転士不足を理由に減便するケースもあるという。また、カスハラ(=カスタマーハラスメント)が怖いといって辞める人も。現役のバス運転士に話を聞いた。

路線バスが運転士不足で減便、しかも若手運転士が「乗客のクレームが怖くて」辞めていくと言われている。 路線バスは、地域住民たちにとって欠かせない。特に車を運転しない高齢者には生活の軸であり、命綱でもある。 実際、バス運転士たちの境遇はどんなものなのか、客からはどんなクレームが来るのだろうか。そしてバス会社側はどんな対応をしているのだろうか。

キツいわりに収入が低いバス運転士

全国の路線バス運転士の平均収入は賞与も含めて398万7100円(令和4年賃金構造基本統計調査)、一般的なサラリーマンの平均年収は458万円(令和4年分民間給与実態統計調査)。 「昨今の昇給のあおりを受けて、バス会社も新入社員の固定給はかなり上がってるんです。でもその代わり、私たちのような中間層(勤務12年)は昇給が鈍い。結果的に、新入社員と私たちの収入は月額で2万円程度しか変わらない」 地方のバス会社で運転士をしているコウイチさん(46歳)はそう言う。乗客の命を預かる運転士としては確かに低いと言わざるを得ない。 しかも勤務時間は、世間で言われているように不規則だ。 「たとえば今日は早朝の6時16分出勤で18時3分退勤、明日は7時31分出勤~19時46分退勤です。しかも長時間勤務する日と短時間の日の差が激しい。短い時は7時間弱、長い時は14時間というのもありますね。ある程度の年齢になってくると、結構堪える人もいると思います」

次の勤務までのインターバルが最短9時間!

次の勤務時間までのインターバルが最短9時間というのも、「若手がバス運転士を回避する」理由になっているのではないかと彼は言う。 厚労省としてはドライバーのインターバルとして11時間を推奨しているが、ギリギリOKなのが9時間。それでも以前は8時間だったから、まだマシになったんですがとコウイチさんは苦笑した。 「ただ、職場から家まで1時間かかる場合、実際には7時間しかない。帰宅して食事して入浴して睡眠。次の日の仕事を考えると睡眠時間をたっぷりとりたいところですが、せいぜい5時間がいいところ。これでは危険ですよね。 会社は健康診断などは積極的にやってくれるし、今は週休2日にもなっているけど、不規則な勤務体系と睡眠不足で、健康を保つのはなかなか難しいところです」 子どもがいる若い既婚者であれば、平日はまったく家庭にコミットできない。若い運転士が居着かないのもうなずける。

カスハラで心折れ、休職から退職へ

運転士は、日々、イラつくことが多いとコウイチさんは言う。 「高齢者だけが動作が遅いと思われがちだけど、若い人でも多いんですよ。うちのバスは後ろ乗り前降りなんだけど、降りるときになってやっと財布を出してコインを1枚1枚つまみ出す人、 カードにチャージするなら乗車中の停止している時にと言っているのに降りる段になってチャージしようとしてお札をなかなか入れられないとか。 後ろに並んでいる人たちがイライラしているのを感じるから、こっちもイラつく。こういうのが積もり積もって、メンタルがやられていく運転士もいるんだろうと思いますよ」 実際、メンタルがもたなくなって休職から退職に追い込まれたのは、サヤさん(38歳)の弟のヒロシさん(36歳)だ。 「弟はトラックの運転をしていたんですが、生活を安定させたいと32歳でバスの運転士に転職しました。最初はバスは楽しいと言っていましたが、だんだん『お客さんが怖い』と言うようになって……。 特にバスが停止する前に立ち上がって転んでしまったお客さんがいて、ほんのかすり傷だったんですが『運転手さんのせいだからね』と言われたことでショックを受けたようです」 些細なクレームをつけてくる客は、どの業界でも問題になっている。前述のコウイチさんも、 「停留所から離れたところにいるからバス待ちの客じゃないと思っていたら、乗りたかったのに行ってしまったと会社に通報されたり。後ろ乗りに合わせて停止するんですが、前で待っていたから歩かされたと文句を言われたり。 いちいち気にしていたらメンタルやられますから、その場で流すしかないんですが、それができないとつらいですね」と言う。

「お客様は神様」と会社は言うけれど

ヒロシさんの場合、会社にささやかながらもクレームが入ると、会社から「お客様は神様なんだから」と注意を受けた。それが積み重なったところにお客さんが転んでしまったので、怖くなって会社に行けなくなった。 「弟はもともと繊細なところがあるから、気にしすぎたんでしょう。結局、会社は後ろ盾になってくれない。だったら独立したドライバーだったトラックのほうがよかったと、バスは2年で辞めたようです。子どもができたから安定した生活をと思っていたのに」 会社としてはケガ人を出した以上、注意をするのは当然なのだが、注意の仕方が問題だったのか、あるいはヒロシさんが過剰に反応しすぎたのか。責任感が強い人ほどメンタルは削られていくのかもしれない。 どんな客商売もカスハラに遭う可能性がある。どう対処するかを完全にマニュアル化できないところもあるだろう。今の時代、みんなイライラしているし、何かあればすぐSNSで晒されて叩かれる。 だが、他人の命を乗せて走るドライバーのメンタルを守らない限り、客は安心して乗り物に乗れない。

亀山 早苗プロフィール

明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。 (文:亀山 早苗(フリーライター))

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