◆これまでのあらすじ
人気女性誌のWeb媒体でコラムの編集をする優斗(34)は、3回連続“そういうとこだよ”と言われて振られている。元カノたちから理由を聞き出すと、今度は自分の“そういうとこ”に敏感になってしまう。ところが、それをひっくり返される出来事が起こり―。
▶前回:「髪切った?」と聞くのはセクハラ?後輩女性と会話中、34歳男が焦った理由
【番外編】「そういうとこ」で振られかけた女:三橋容子(40)
2021年2月。
「お腹空いた、空きすぎた…」
ダイニングテーブルには、3日前から仕込んでおいた寝かせ玄米が白い湯気を立てながら、つやつやと輝いている。
そこから時計まわりに、にんじんのきんぴら、塩麹で味つけをした大豆ミートのから揚げ、野菜たっぷり高野豆腐の南蛮漬け、なめこのみそ汁が2人分。
お気に入りの美濃焼の器を使ったおかげか、自分で言うのもなんだけれどすっごく美味しそうだ。
「それにしても…浩一、遅い。19時には会社を出るって言ってたのに…」
スマホを手に取ると、画面には21時の表示。
『夕飯できてるよ』
1時間前に送った料理の写真付きのLINEは、既読になったまま返事がない。
― もう先に食べよう。今夜、大事な話があるって言ったのに…はぁ。
リビングでぽつりとつぶやくと、みそ汁を飲んでから寝かせ玄米をひと口。もっちりしていて、噛めば噛むほど甘い。
自分史上最高の炊きあがりに、1人で食べていることが余計に悔やまれる。
すると…。
“カチャッ”
玄関のドアが静かに開くと、神妙な顔をした浩一が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、遅かったね。何かあった?」
「あぁ、ごめん。帰ろうと思ったタイミングで、返さなきゃいけないメールがきてさ」
「う~ん、まあそういうことなら…。ご飯食べてきてないよね?今から食べる?」
もう一度“ごめん”と顔の前で手を合わせた浩一は、洗面所から戻ると席についた。
「……」
それから“いただきます”と言ったきり、無言でモソモソと食べている。
「温め直したほうがいい?だから“夕飯できてるよ”ってLINEしたのに」
「いや、大丈夫だよ。この寝かせ玄米、上手に炊けてるね」
優しい言葉はいつもどおりなのに、どこか様子が違う…。そんなことを考えていた矢先だった。
「…あのさ、僕からも容子ちゃんに話があるんだ」
大手出版社で働く浩一と私は、結婚して8年。
彼は1つ年上で、入社してからずっと営業部に所属している。
出会いは、私がまだ小学生向けの雑誌の編集をしていた頃。
企画に携わっていた知育付録がテレビの情報番組で取り上げられることになると、浩一と打ち合わせをする機会が設けられた。
― 営業部の人って、もっと喋るのかなって思ったけど。彼はちょっと寡黙…?
口数は多くないのに、一緒にいると不思議と心地がいい。それが彼の第一印象だった。
ある打ち合わせのあと。知育付録であるお弁当箱を見て、私は言った。
「なんだか…思い出しちゃいました」
「何を…ですか?」
「小学生の頃の遠足の話なんですけど…。私の家って、玄米菜食だったんですよ。だから、友達にお弁当を見られるのが恥ずかしくて」
「“茶色いお弁当”ですね?」
― “茶色い…”って、もしかして?
このとき、私はピンときた。
「そうそう、茶色がメインで野菜がちょっと入っている…、くらいの。“おばあちゃんちのご飯~!”なんてからかわれるのが嫌で、よく1人で隠れて食べてました。あ、でも家のご飯は大好きなんですよ」
「…うん、わかります。実は、僕の家もマクロビと発酵食品が中心の食事だったんですよ」
― さっきの反応、やっぱりそうだったんだ。
こうして浩一と私は、あっという間に打ち解けていった。
子ども時代の話のほかにも、デートのレストラン選びの難しさや、交際が長くなると食の好みが別れの原因になりがちなこと…。できる限り、毎日自炊をすること。
もちろん、食の嗜好だけで相性は測りきれない。だけど、並々ならぬこだわりがあるだけに、そこがドンピシャなのは大きい。玄米菜食は、2人の交際をグッと後押しする重要な要素になった。
結婚が決まったのは、その半年後。ちょっとしたケンカをすることはあっても、彼の穏やかな性格のおかげで丸く収まってきたのだった。
◆
私は、浩一と向かい合って座る。
― これ、言われなかったら間違いなく鶏のから揚げだって思うよね?
大豆ミートのから揚げは大成功だ。
「うん、いい感じ。今度は、ひき肉タイプを使ってベジカレーもよさそう!あ、そうそう、話っていうのは…実は私、女性誌の編集部に異動が決まったのっ」
「そうなんだ?ずっとやりたいって言ってたよね、おめでとう」
「ありがとう!次の異動でまた違う部署だったら、辞めてフリーのエディターになったほうがいいんじゃないかって思ってたから…本当に嬉しい」
「そっか、いろいろ考えてたんだね。…あのさ、いい報告のあとにちょっと言いにくいんだけど、僕からもいいかな?」
彼は、突然こんなことを言いだした。
「僕たち、少し離れて暮らしてみない?」
「え…離れて?」
浩一はソッと箸を下ろすと、口を開きかけた。間違いなく悪い話だと焦った私は、それを遮るように続ける。
「えっと、次の部署はね…私が前にお世話になった先輩が編集長をしていて、それで…来月からはWebコラムの配信にも力を入れて…」
無理やり話を逸らそうとした結果、しどろもどろになった。“うんうん”と頷きながら話を聞いてくれる彼とバチッと目が合うと、途端に虚しい気持ちになる。
しばらく沈黙が続く。
「もしかして、私と離婚…したいの?ねぇ?いきなりそんなこと言い出すなんて、何かあるの?」
「いや、何も…ないよ!容子ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「何もないなら、どうして?落ち着けるわけないじゃないっ!」
気持ちがシュンとなったと思ったら、次の瞬間にはカッとなって激高していた。
「容子ちゃんの“そういうとこ”がでるときって、リフレッシュが必要なサインなんだと思うんだ」
「…何?“そういうとこ”って…」
「容子ちゃん、今自分が疲れてるなって感じる?」
「ううん、全っ然疲れてない」
「それ、“そういうとこ”だよ。頑張りすぎてるときって、なかなか自分じゃわからないんだ」
― だって、仕事も家事も…これくらいみんなやってるし。なかには子育てをしながら働いてる人だっている。頑張ってるのは私だけじゃ…。
声に出そうとしたけれど、言葉がのどの奥に詰まる。
ここ数ヶ月、コロナ感染による体調不良で出勤できない人もいれば、急に出社しなくなってそのまま辞めてしまった人も何人かいた。
慢性的な人手不足と異動のための準備で、いつも以上に忙しかったのは確かだ。
それでも頑張れば何とかなるから、次の頑張りのハードルが一段上がる。その繰り返し。
頑張っても頑張っても、その先のゴールがいつまでも見えないから、自分を労わる目処も立たない。
「容子ちゃんは、人に任せないで全部自分で引き受けちゃうところがあるから。僕が言いたいのは、…つまり次の部署に慣れるまで、いや容子ちゃんが満足できるまで、自分だけの生活を送るのはどうかってこと」
「その提案、よくわからないんだけど」
「だって、僕が家のことやるって言っても先回りしてやっておかないと気が済まないでしょ?結局休めないんだよ。だからしばらくは自分のペースで、ずっとやりたかった仕事に集中する時間が必要なんじゃないかって」
「これは、ありがとう…なのかな?ちょっと…考えさせて」
2024年4月末。
“そういうとこ”で振られた、もとい振られはしなかったものの、浩一と私の別居生活は約半年続いた。
彼はマンスリーマンションで暮らし、その間に、小説のコンクールに応募しようと思い立って原稿を書き上げたそうだ。
一方で私は、徐々に仕事に慣れてくると、通信教育で心理カウンセラーの資格を取り、コラムの編集をしながら“メグ”というペンネームで執筆を開始。
そして女の子を出産し、今は育休真っただ中だ。
『“そういうとこ”って思われちゃうかも?男女共通、好きな相手にやってはいけないこと5選』
1.「だから言ったのに」と、相手の行動にダメ出しをする
2.相手の行動を把握したがる
3.話題泥棒!すぐに自分の話にすり替える
4.何事も白黒はっきりつけたがる
5.相手の前で感情のコントロールができない
出産する前に書いた記事は、配信後すぐにバズったらしい。
“そういうとこ”は自分以外の誰かが思ったり、気づいたりすることであって、本人にはなかなかわからない。
みんな自分に“そういうとこ”があるのか、もしあるとしたらどういうところなのか、知りたいのだろう。
そんな気持ちが、記事のヒットの背景にあるのではないかと思う。
“そういうとこ”で3回振られた過去を持ち、自身のそういうとこを回収しようとしている後任の副編集長・林くんが「70万PV超えの記事が出ました!」とLINEをくれた。
― ちなみに彼は、私がメグだということを知らない。
育休が明けるまでに、無事“そういうとこ”を回収できていたら、正体を明かしてもいいと思っている。
Fin.
▶前回:「髪切った?」と聞くのはセクハラ?仕事仲間の女性と会話中、34歳・編集者が焦った理由
▶1話目はこちら:早大卒34歳、編集者。歴代彼女に同じセリフで振られ…