小説家・原田ひ香「考え方次第で過去は変えられる」人生の低迷期を振り返り当時の経験に感謝も

原田ひ香 撮影/三浦龍司

『一橋桐子(76)の犯罪日記』(NHK総合)や『三千円の使いかた』(フジテレビ系)など、近年、作品のドラマ化が著しい小説家の原田ひ香さん。秘書勤務や専業主婦を経て、文章を書き始めたのは、30代半ばのことだった。そんな原田さんのTHE CHENGEとは。【第4回/全5回】

人生が下向きの時期でも楽しく感じていた

30歳で夫の転勤にともない北海道・帯広に移り、専業主婦をしながら書いたシナリオがフジテレビヤングシナリオ大賞の最終選考に残ったことで、文章を書く世界に足を踏み入れた原田ひ香さん。

その後、無理難題を軽薄に突き付けられることが日常茶飯事な、テレビ局でのドラマシナリオの仕事に取り組む最中、疲弊が心身に表れた。ケアをするべく旅をした先で、小説『カンバセイション・ピース』(新潮社)を読み、初めて「小説が書きたい」という願望が湧き上がったことで、小説家を志すこととなった。そして現在、ベストセラー作家として精力的に執筆する。

ーー人生バロメーターのアップダウンを描くとしたら、やっぱりテレビ局で働いていた時期がダウンでしょうか。

「人生のバロメーターというと、ちょうどこの間『日経WOMAN』(日経BP社)さんで頼まれて書いたんですよ! その時期は確かに下の方でしたが、でも全体的に上の方をうろうろしているバロメーターを書いたんです。
そうして、編集部に伺ったときに他の方のバロメーターを見たら、マイナス100とかすごいアップダウンがあるの。私はいちばん下で0なのに。それも最初は30くらいだったんですけど、“これだとちょっとアップダウンがなさすぎるから、0にします”ってあとで書き換えたんです(笑)」

ーー理想と現実のギャップが大きすぎると、アップダウンが激しいこともあると思いますが、原田さんはいつでもとても前向きなんですね。

「なかなか芽が出ないこともあったけど、いつも楽しくはありましたからね」

作品がヒットし次々と仕事が舞い込むように

はっきりと”芽”を意識した出来事もあった。

「’12年に『母親ウエスタン』(光文社)という、母性を軸に転々と子どもを求める女性の話を書いたあと、北上次郎さんが読んでくださり、いろいろなメディアで評論を書いてくださったんです。それから、コンスタントに仕事がいただけるようになって。そのあと、’17年に『ランチ酒』(祥伝社)という小説を書いたんです。
当時はまあまあ忙しくて“ごはんを食べて書けるような、ちょっと楽しくできる仕事があったらいいな”くらいの感覚で書き始めたら、それが結構話題になって『王様のブランチ』(TBS系)にも出してもらえて。agoeraさんの装画もすごく素晴らしくて、手に取っていただきやすかったんだと思います」

それは、40代後半のこと。仕事は途切れ知らずでどんどん舞い込むようになり、50歳を迎えたときには「気が楽になった」という。仕事がなくなったとしても、「あと5年くらい書ければ、その後仕事がなくなってもいい」と思うようになった。

「そのときに数年先まで仕事をいただいていたので、それが書き終わるまでは一応小説家でいられるし、文庫化もあれば55歳くらいまでは小説家でいられるんだな、と思うと、もう考えるのは晩年のことだけかな、と思っていたんです」

“過去は変えられる”と思う理由とは

だが、まだ運命は原田さんを休ませてくれなかった。51歳で『三千円の使いかた』(中央公論新社)が大ヒットし、原田さん自身も「本当にいろいろなことがガラッと変わった」と実感する。

「ありがたいことに、それまで出していた過去の本も発掘されるような感じで、うわーっと全体的に売れ始めたんです。仕事も8~10社くらい増えていて、この先はちょっと増やせないと思ったほどで。
さらにドラマ化の話をいただいたり、翻訳本が海外で出たり、新しい世界が広がりました。どちらも、自分が働いているわけじゃないのに、自分が働いている、みたいな感じで。二次創作、三次創作みたいな感覚ですよね」

バロメーターで表すなら、その波を頂点まで描きたい衝動に駆られるが、きっと原田さんは30や50を上限にうろうろするのだろう。目の前の仕事に真摯(しんし)に、ただただ素直に向き合い続けているからこそ、驕(おご)りが波に現れないのかもしれない。

「よく、”未来は変えられる”と言いますが、私はむしろ、過去の方が変えられるなあと思うんですよね。過去にイヤなことがあっても。それはいまの自分の考え方次第で、”あれはつらかったけど、あのときがあったからこそ小説が書けているんだ”とか、“あの経験があったからいまの仕事があるんだ”という風に思えるようになれば、過去を変えられると思うんです」

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。’05年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

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