愛車に痛々しい傷やへこみ、洗車もままならない断水…被災したマツダ車オーナーが「笑うことにした」理由

埼玉県内のショッピングセンター・HEY WORLD!!で行われたカーイベントに輪島で被災したファミリアが参加した【写真:ENCOUNT編集部】

石川・輪島で被災 自宅の土台が10センチずれて傾き、未だに断水の状態

「申し訳ありません 被災車です。ご理解ください。ヘコミは修理できませんでした」――。28日に埼玉で行われたカーイベントで、フロントガラスに貼り紙がしてある1台のマツダ車の前で、多くの来場者が足を止めた。オーナーの64歳の男性は石川・輪島市在住で、今年1月に発生した能登半島地震の被災者だ。自宅カーポートに駐車していたマツダ・ファミリアは損傷を受け、ボディー横にいくつものへこみや傷跡が。奇跡的にも、乗れる状態で残った。未だに水道が復旧しておらず、洗車はままならない。雨水で洗い流す日々だ。「こうして命があるだけでラッキーだと思っています。落ち込んでいてもしょうがないので、笑っているんです」。男性は切なる思いを胸に、愛車を走らせてきたという。(取材・文=吉原知也)

元日に起きた大地震。輪島市は最大震度7を記録した。激しい揺れの後、外に出てみると、自宅カーポートに止めてあったファミリアが前の道路の中央まで飛び出ていた。ボディー横には痛々しい傷がいくつも残った。カーポートの屋根のおかげで、落ちてきた瓦などがぶつかることはなく、車体上部や窓ガラスにほとんどダメージはなかった。一方で、車庫に入れていたもう1台のマイカーのマツダAZ-1は倒れてきた棚や自転車の下敷きになり、相当程度の損傷を受けた。

自宅の倒壊は免れたが、すさまじい揺れの力によって、土台が10センチずれ、傾いた。実家は全壊。知人には亡くなった人もいた。

真冬の被災直後は苦労の連続だった。屋根が破壊され、雨漏りが止まらない。直そうと屋根に上って落下し、大けがを負った人もいる。修理しようにも、素人はなかなか手が出せない。天井裏にビニールシートを敷き、いくつもバケツを置いて、たまった水を捨てることを繰り返した。2週間は眠ることができなかった。

水道は本管は復旧したが、自宅まで通すのは個人で行う必要があるといい、水道業者がなかなかつかまらず、断水のまま。トイレも使えない状況だ。「夏までに復旧すればいいかな」。

地方の車社会では、ガソリンも死活問題だ。給油については最初の3週間は1日5リットルの制限が付いたが、タンクローリーが稼働できる状態になり、約1か月で通常に戻った。一方で、輪島市内の道路は、主要道路以外は「林道のような状況です」という。車が汚れても洗えない。これまで洗車したのは、ためた雨水を使って2回しかないという。

「幸い、私の家族は全員無事でした。本当に命にかえられるものはないです。車のへこみはいつか直せます。つらいつらいと思うことに意味はないのかなと。だから、笑うことにしたんです」。壮絶な被災体験だが、男性は努めて優しい表情を浮かべていた。

ファミリアの外装修理は見通しが立たない状況だ【写真:ENCOUNT編集部】

車庫で破損したAZ-1は復活へ向けて修理「来月中にも」

マツダ車の愛好家で、1993年式の赤のファミリアを手に入れたのは、2016年のこと。「当時はRX-7に乗っていたこともあって、ファミリアは買えなかったんです。でも気にはなっていて、ずっと中古を探していました。それでもなかなか出てこなくて。ネット検索でよし出てきたぞ、と東京や静岡の中古車店に行ったら、売れちゃいましたの連続でした。5年ぐらい探して、出てきたのは3台だけですよ。ようやく手に入れることができたんです」。いざ乗ってみると、ファミリーカーとして優れていて燃費もよく、一発でお気に入り。「リトラクタブル・ヘッドライトがいいでしょう。見た目はスポーツカーで、中身はファミリーカー。荷物もたくさん積めて、リッターは18キロ。本当に乗りやすいんですよ」。自慢の愛車だ。

愛車の傷を早く直してあげたいが、輪島市内の自動車修理業者は「ほぼ壊滅状態」で、板金業者も金沢市内まで修理依頼でいっぱいだという。「どんなに早くてもゴールデンウイークの連休明け以降で、まずはまた電話してください、そこから相談しましょうといった状況です」。現状はどうしようもない。

それでも、「今回の地震ではぺちゃんこになって廃車になった車もたくさんあります。このファミリアは傷だけで済んだので、本当にラッキーだったんです。まだ形が残っているから、それだけでいいんです」と言葉を紡ぐ。

トイレに並び、毎日給水をしに行く困難の日々が続いている。こうした中で、昨年もエントリーしたカーイベントに今年も参加することができた。埼玉・北本市の会場まで、地図上は約500キロ。「ここはトイレも水もあるし、天国ですよ。こうして来るができて、本当に楽しいです。1つの気分転換にもなります」と実感を込める。

「個人の力ではどうにもならないところがあるので、復興も楽しむしかないと思っています」と男性オーナーは話す。クルマ愛好家としては、ある前向きな取り組みを進めている。車庫で被災したAZ-1だ。現在修理を進めており、部品を買い集めている最中。「去年のカーイベントにはAZ-1で参加したんです。ガルウイングドアが子どもたちに人気で、地元のカーイベントでは子どもたちに自由に座ってもらい、楽しんでもらっているんですよ。うまくいけば、来月中にも復活できると思います」と前を見据えている。吉原知也

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