夢を抱くには平和でなければ 世界パラ陸上神戸大会で国歌独唱、盲目の声楽家が歌声に乗せる願い

平和の尊さを歌声に乗せたいと練習に励む時田直也さん=神戸市中央区宮本通5

 東アジアで初開催となる「神戸2024世界パラ陸上競技選手権」(5月17~25日)。ユニバー記念競技場(神戸市須磨区)では、9日間にわたりパラアスリートが躍動する。世界の舞台をそばで見守り、支える人たちに聞いた。あなたにとって、世界パラ陸上とは-。

    ◇声楽家、時田直也さん(63)

 心地よく重厚感のあるバリトンボイスで、多くの人の心をつかんできた。171種目が予定されている世界パラ陸上の開会式で国歌独唱を務める。世界規模のステージでスポットライトを浴びるのは、自身にとっても初めて。「歌える時間はわずかだけど、競技場に詰めかけた一人一人に語りかけるように歌いたい」と意気込む。

 神戸市灘区出身。生後まもなく目が見えないことが分かった。生まれつき光を感じられないからこそ、「音の世界」に触れて、楽しんでほしい-。そんな両親の思いを受け、6歳でピアノを習い始めた。

 点字の楽譜と、黒鍵と白鍵の並びを指先で覚えて、ハーモニーを生み出す。一曲をマスターするのに時間がかかったが、教室の先生に褒められることがうれしかった。だが16歳で挫折。同じ教室に通うもう1人の全盲の男性が、めきめきと腕を上げ、比べられることに嫌気が差した。「もっと努力させたかったんだろうなという気持ちは、今になって分かる」と振り返る。

 再び音楽に導かれたのは3年後。はり・きゅうマッサージの資格を取ろうと漠然と考えていた。「きれいな声だから、歌ってみたら?」。通っていた教会のオルガニストに勧められ、声楽を学び始めた。体を楽器にして声を響かせるたびに、生きていることを実感した。盲学生の全国コンクールで優勝をつかんだことで新たな気持ちが芽生えた。「ずっと歌い続けたい」

 大阪府立盲学校の音楽科で声楽を学び、大阪音楽大でも打ち込んだ。卒業後は各地でステージに立った。東日本大震災の被害を受けた福島県でも追悼コンサートを開き、近年は聖書をテーマに歌い続ける。

 昨年5月、大会組織委員会から打診を受けた。神戸を舞台に、多くのパラアスリートが輝く大会に彩りを添えたいと練習に励んでいる。「みんなが夢を抱くには、平和な世の中でなければならない。そんな思いも歌声に乗せたい」。平和を尊ぶ気持ちが、神戸から世界に広がることを願っている。(門田晋一)

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