歌舞伎役者で俳優の尾上右近。役者として連日舞台に立つ彼にとっての支えは“カレー”だという。毎日食べていた時期があるほどカレーを愛する右近は、カレーにどんな可能性を感じているのか。ニュースクランチ編集部が迫るとともに、4月26日(金)に発売されたカレー愛や歌舞伎とカレーの共通点を語る書籍『華麗なる花道』(主婦の友社)についても話を聞いた。
▲尾上右近【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】
「ナイルレストラン」のムルギーランチ
――『華麗なる花道』では、カレーに対する愛をたっぷりと綴られていますが、カレーにハマるきっかけでもある銀座の「ナイルレストラン」のオーナーとは対談もされていましたね。改めて、この店のカレーの魅力を教えてください。
尾上右近(以下、右近):毎日カレーを食べていた時期もあるんですけど、ここのカレーはとにかく飽きないんですよ。それに、ほかのお店だと同じメニューばかり頼むんですけど、ナイルではいろいろ試したくなります。
――なるほど。でも、このお店の定番は「ムルギーランチ」なんですよね?
右近:以前、働いていた店員さんは、僕にメニューを渡す前に「ムルギーランチ?」って聞いてましたからね(笑)。最初はムルギーランチばかり頼んでたんですけど、あるときから抵抗してチキンマサラを頼むようになりました(笑)。
チキンマサラのほうが味が濃いので、これを知ったらムルギーランチには戻れないだろうと思ってたんですけど、不思議なことにムルギーランチも食べたくなるんですよ。ベーシックなものの強みっていうか。だから、最近はエビカレーとかキーマカレーを頼んでも掛け合わせたりしてます。それでもムルギーランチは負けないんですよ。
――右近さんの好きなカレーの根幹は、ナイルレストランのムルギーランチなんですね。
右近:ナイルレストランは僕にとっての祖国ですから。僕のカレーが好きな気持ちを、ずっと捉え続けるカレーです。
――公演で地方に滞在することも多いと思いますが、そういったときもナイルが恋しくなりますか?
右近:恋しくはなるんですけど、全国どこの劇場に行っても、その土地でしか食べられないカレーがあるので困りはしないです。劇場の近くには必ずカレー屋さんがあるんですよ。それがカレーを好きになった理由でもあるので。先日、大阪の松竹座で公演をしたときには、近くの「インデアンカレー」をよく利用していました。
――そこのお店はどんな部分が魅力なんですか?
右近:インデアンカレーは大手町と丸の内にも店舗があるんです。でも、僕が思うに難波店はご飯の炊き方が違う。ルーは変わってないんですけど、僕の中で難波店のご飯はルーとの相性は一番いいんです。
――そんな細かい部分にまで気づけるなんて……かなり通われてるんですね。では、まだ行ったことはないけど気になってるお店はありますか?
右近:めっちゃあります! 最近だと、番組で荻窪のトマトというお店のカレーを食べたんですけど、それがものすごくおいしかったので、実際に店に行って食べたいなと思っています。ほかにも行きたいところはたくさんあるんですけど、結局、銀座界隈というか、仕事で行くところじゃないとなかなか行けないんですよ。
「時間を作れないなかでも食べられる」というのがカレーを好きな理由でもあるので、カレーのために時間を作るっていうのが、僕の中では本末転倒っていうか……。
――なるほど、右近さんにとってのカレーに対するこだわりなんですね。
右近:そうなんですよ。好きだけど、君のために時間は作れないよっていう、すごく独りよがりな考え方なんですけど(笑)。
カレーと歌舞伎の共通点は幅広さ
――ほかにもカレーに対するこだわりとして、必ず「お米と食べる」と書かれていましたね。
右近:ナンも美味しいですけど、やっぱりお米を食べないと元気にならない気がするんですよ。だから、ナンを食べることもあるんですけど、そういうときは一緒にご飯も食べます。
――カレーのとき、ベストなお米は白米ですか?
右近:もちろん、そのお店ごとにこだわりがあるので、ほかのお米をおすすめしていたら食べますが、僕はやっぱり日本のお米が世界一だと思います。バンドの打首獄門同好会さんもそう言ってますから(笑)。
――『日本の米は世界一』ですね(笑)。右近さんにとって、カレーと歌舞伎に何か共通点はありますか?
右近:幅広さですかね。カレーもどんどん新しいものが生まれているんですけど、歌舞伎もアニメなどを題材にするなど、いろいろやってるじゃないですか。古典的な要素のなかに新しい要素を取り入れても、歌舞伎やカレーであり続けているということは共通点だと思います。
――カレーの進化で印象的だったものはありますか?
右近:以前に『なるみ・岡村の過ぎるTV』という番組に出させてもらったときにいただいた「大衆中遊華食堂 八戒」のカレーは驚きでした。まず、中華屋さんがカレーを作るっていうことに驚いたんですけど、中華にちゃんと馴染んでいたんですよ。どちらの魅力も失わないバランスにはすごく驚きました。
大事な話をするときはカレー屋に行かない
――右近さんはカレーを食べるとき、目の前のお皿にかなり集中されるそうですね。
右近:同時にいろんなことをできるタイプじゃなくて、一つひとつ集中しないとできないタイプなんですよ。だから、大事な話をするときにカレー屋には行かないです。話に集中できないので。
食べるのを中断するのはすごくイヤなので、楽屋でカレーを食べてるときに「ちょっといいですか?」と呼ばれると、少しガッカリしちゃうんです(笑)。だから「すぐ行きます」って返事だけして、ちゃんと食べ終わってから行きます。
――歌舞伎に取り組んでいるときも、ほかのことには手を付けないですか?
右近:確実にそうですね。映像を見てるときや何か読んでるときに話しかけられても、生返事しかできないので、何を言われたか覚えてないんですよ。だから、あのとき言ったじゃん! みたいなになることがよくあります(笑)。
――ものすごい集中力ですね。
右近:だけど、伝統芸能の世界では「離見の見」という、“舞台で自分が一生懸命やってる姿を、客席から見ているもうひとりの自分がいる”という意味の言葉があって、これを大事にしないと良い表現はできない、そう子どもの頃から教えられてきました。だから、どんなに夢中になっていても、客席からどう見えてるか? というのは冷静に考えるようにしています。
それでも公演が始まって3日間ぐらいは、そんなことを考える余裕がなかったりするんですけど。千穐楽の頃には、自分に何が足りてないのかを客観的に見られる状態になります。
――カレーに対しての熱量から、右近さんは何かにハマったら、とことん極めていく性格なのかなと感じました。
右近:そうですね。歌舞伎に対しては、“あえて飽きよう”と思ったりします。恋愛でも振り向いてもらうためにずっと何かをするより、もう興味ないよっていう素振り見せたほうがいいときってあるじゃないですか。それと一緒です。
――なるほど、恋愛に例えられるとわかりやすい。それでは、右近さんは歌舞伎に対しての思いがブレたことは今まで一度もない、と。
右近:ありますよ。高校1年生のときにザ・彼女ができて(笑)。本当に好きだったので、ひたすら彼女のことを考えて生活してたんですよ。毎日一緒に過ごしていたから、そのときは少し歌舞伎から離れてしまったんです。
――どのように気持ちを取り戻したんですか?
右近:ある日、ふと、“このままだとやばいかも”と思って『浅草歌舞伎』を見に行ったんです。当時は、中村獅童さんなど、諸先輩方がお出になってるときだったんですけど、もう夢中で見てしまいました。そこで、“あー危ない! 忘れちゃうところだった!”って思い出したんです。
▲カレーと歌舞伎の共通点について語ってもらった
自主公演をやって気づいたこと
――カレーを好きになったきっかけは、歌舞伎役者にとって都合の良い食事だったからだそうですが、右近さんにとって歌舞伎は人生の軸となっているのでしょうか。
右近:自分がなんで生きてるんだろうって考えると、それは歌舞伎があるからだと思ったんです。歌舞伎がなかったらなんにもこだわりはないし、自分を止めるものもないんです。だから、生きるうえでの軸は歌舞伎です。そういうものがあることは、自分にとってすごく幸せなんですけど、徐々にこの気持ちを自分だけで大事にするんじゃなくて、人のワクワクにもつなげたいと思うようになりました。
――そう思うきっかけは?
右近:23歳の頃に初めて自主公演をやったんですけど、それが大きかったです。自主公演はみんなに協力してもらうけど、結局は自分がやりたいこと追求する公演なんです。だからこそ、ちゃんと関わってくれた人に感謝しなきゃダメだと思いました。まわりの人にも矢印を向けることで、歌舞伎にもお返しできると思うので。
――ちなみに、自主公演を開催しようと思ったのは?
右近:いろいろ理由はあるんですけど、一番は『春興鏡獅子』がどうしてもやりたかったからです。曾祖父がこの演目をやっている映像を見て歌舞伎を始めたくらい、僕には思い入れのある役なんです。
だけど、若手のうちにできる役ではないし、かといって体で習得するものでもあるから、早くやりたいっていう気持ちがあって。これをやりたいんだとアピールするためにも、自主公演を始めました。
――それによって、さまざまなものを得ることができたんですね。
右近:僕は拍手を浴びることで、開催までのいろいろな苦労が浄化されるけど、スタッフさんや関わってくれた人たちは、直でお客さんの拍手を浴びることはないんです。じゃあ、何によって報われるんだろうと思ったとき、僕がちゃんと感謝をすること、みんなの思いをちゃんと受け止めて走り抜くことだと思ったんです。自主公演をやっていなかったら、きっと今と全然違う自分だったと思うし、歌舞伎だけじゃなく人生にも関わってきてると思います。
――では、読者の方へメッセージをお願いします。
右近:カレーも歌舞伎も好きになってもらえて、自分にも興味持ってもらえるきっかけになる本になったと思います。正直、自分の好きなことしか話してないんですけど、ぜひ皆さんに読んでいただきたいです。
(取材:梅山 織愛)