なぜJリーグクラブは欧州クラブと提携するのか 4月プレミアリーグ・ウルブスと提携した湘南会長に聞いた#1

湘南から浦和、そして欧州へ 現在はプレミアリーグ・リバプールで活躍する遠藤航  撮影/中地拓也

■複数のJクラブが相次いで欧州クラブと提携

小さなトピックの裏側で、大きなプロジェクトが進行している。

4月初旬、J1リーグの湘南ベルマーレがウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCとパートナーシップを締結した。ウルブスの愛称で親しまれるクラブは、イングランド・プレミアリーグの古豪である。

Jリーグのクラブが海外のクラブと提携するのは、珍しいことではない。3月初旬にガンバ大阪が、エールディビジのアヤックスとフットボール戦略パートナーシップで合意した。同下旬にはジュビロ磐田が、ドイツ・ブンデスリーガのボーフムとのパートナーシップ締結を発表した。4月にはサンフレッチェ広島が、21年に結んだブンデスリーガのケルンとの育成業務提携を延長している。昨季のJ1王者のヴィッセル神戸も、昨年10月にプレミアリーグのアストン・ヴィラと戦略的パートナーシップを結んでいる。

Jリーグのクラブは、なぜヨーロッパのクラブと提携するのか。ヨーロッパ各国のクラブは、なぜJクラブに着目するのか。

湘南の眞壁潔会長は、ふたつの理由をあげた。

「ヨーロッパのクラブとの提携は、以前からそれなりの数の相談があります。我々のアカデミーで育った遠藤航が在籍したシュツットガルトからも、そのような話がありました。いろいろなクラブの話を聞いてみると、プレーシーズンのアジアツアーを成功させたいとの意図を感じます。それから、若い日本人選手の情報ですね」

ウルブスには韓国代表FWファン・ヒチャンが在籍している。また、オランダ生まれでインドネシア代表DFのジャスティン・ハブナーが、アカデミーからトップチームへ昇格している。ハブナーは3月にセレッソ大阪へ期限付き移籍で加入した。

「ウルブスはアジア市場に注目していて、日本人選手の獲得にも前向きです。代理人経由ではなくクラブ側から直接情報を取りたい、という希望を持っているクラブは、ウルブスだけではないですね」(眞壁会長、以下同)

■活発なやり取りを連想される言葉の裏側で…

ウルブスとの提携は、2年前から話し合いを重ねてきた。「お互いのシナジーが本当に合うのかを、時間をかけて検証していきました」と眞壁会長は話す。提携にあたっては、イギリスへ飛んでウルブスのクラブハウスを訪問した。オーナー会社の中国企業のトップとも、上海で会談している。

「ウルブスもオーナー企業も、提携先のやり方や歴史をとても尊重してくれる。彼らとはいい関係を築ける、と考えました」

今回の提携は、4つの項目を柱とする。

1:両クラブ間のトップチームやアカデミーに所属する選手及びコーチなどの人的交流

2:両クラブの発展のため、両クラブのトップチームやアカデミーに所属する選手の情報の共有

3:ヨーロッパのトップリーグで活躍する可能性のあるアジアの選手の育成への協力

4:ビジネス上の経験や知識を相互の発展のために共有する

G大阪や磐田、広島や神戸のニュースリリースにも、同じような内容が並んでいる。「交流」、「共有」、「招待」、「交換」といった単語の行列は、活発なやり取りが行なわれていくことを期待させる。しかし、過去には尻すぼみの印象を与えた提携もあった。たとえば育成年代の取り組みは時間がかかるとしても、成果として可視化できるものがもっと出てきていいだろう。

■湘南が求めたのは「情報のネットワーク」

眞壁会長も「概略としてあげた4つを、どこまで深く掘り下げてできるか、が大事になる」と言う。

「こういう提携をすると、ウルブスで出場機会の少ない選手をリーズナブルな金額で借りられるのでは、と思われるかもしれません。移籍金がかからない選手だとしても、プレミアリーグでプレーしている選手です。簡単には手が出せないし、そもそも、それはあまり期待していません」

湘南が求めたのは、「情報のネットワークの確保」と「情報のキャッチボール」だ。眞壁会長が続ける。

「外国人の補強については、代理人のみなさんに大変お世話になっていますし、これからも協働でやっていきたいと考えています。

それと同時に、Jリーグ開幕から30年以上が過ぎて、自分たちから情報を集めていく時代ではないだろうか、と。来年に向けて今年の夏から準備をするのではなく、その選手は我々のサッカーに合うのか、そもそも日本に合うのかといった情報を、ふだんから持っていないといけない。

自分たちのクラブ規模でいまそれを実現するのはなかなか難しいので、ウルブスの協力を得てやりたい、と。彼らは12人のスカウトを持っていて、広くヨーロッパのリーグを見ている。

ウルブスは大物代理人のジョルジュ・メンデス氏と関係があって、メンデス氏のところには100人以上のスカウトがいる。彼らはその規模で情報を共有している。そのネットワークのごく一部でいいので、我々に使わせてもらえないか、と」

■ウルブスは湘南の若手選手を継続的に追跡

今回のパートナーシップ締結の発表に合わせて、ウルブスのアカデミー責任者が来日した。J1リーグのヴィッセル神戸戦(4月20日)を視察した彼は、興味深い選手として数人の名前をあげたという。

「その3人は自分たちの補強リストに入れて、ずっとウォッチングしていくと。そういう関係が大事だと思うんです。

ヨーロッパのクラブと提携をして、選手を安く買われるだけではもったいない。提携によって移籍のルートを自分たちで確保できれば、クラブにも選手にもメリットが生まれます。

たとえば、選手がどうしても海外へ行きたいとなると、代理人さん側から『TCを取らないでくれませんか』と、お願いされることがあります。あるいは、5大リーグ以外の2部のクラブあたりだと、『TCが発生しないなら獲る』と言ってきたりする。我々のようなクラブからすると、TCを諦めることはできない。大切な選手を送り出して1円も入ってこないというのは、クラブ経営として健全ではないでしょう」

眞壁会長が言う「TC」とは、移籍補償金(training compensation)を指す。FIFA(国際サッカー連盟)が定めた国際的なルールで、選手が初めてプロ契約を結んだタイミングと、23歳の誕生日を迎えるシーズンまでの国際移籍で発生する。

ウルブスとの提携発表前の3月下旬に、湘南U-18所属のDF小杉啓太の海外移籍が発表された。昨年11月のU―17W杯で日本代表のキャプテンを務めた彼は、シュツットガルトの練習に参加した。ウルブスもU-21のカテゴリーでの獲得に興味を示し、ZOOMでの意見交換も行なわれた。いくつかの選択肢のなかから、小杉はスウェーデン1部のユールゴーデンIFに加入したのだった。

「ユールゴーデンからはTCをきちんと支払ってもらいます。そういうクラブとのパイプを、増やしていきたいんです。遠藤航は世界へ出ていくために、その前段階として浦和レッズへ行った。これまで同様に代理人さんと協働しながら、ウチからも直接行けるようにしたい。今回のパートナーシップ締結によって、そういう道を作っていきたいのです」

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