建設DXで業態転換を目指す創業425年の老舗建設会社

会社の生き残りをかけ建設DX推進事業に進出

社会インフラの整備や雇用の受け皿としてこれまで社会に大きく貢献してきた建設業界。
しかし慢性的な人手不足と就業人口の高齢化が進み、低い生産性、過酷な労働環境だといわれ続けてきた。

しかも2024 年 4 月からは時間外労働の上限規制が適用されることになり、①働き方改⾰②担い手確保③生産性向上 ④産業構造の変⾰――は建設業界にとっての喫緊の課題となっている。

そのような中で動き出したのが創業425年の中堅建材商社、野原グループだ。

同社は1598年(慶長3年)、長野県飯田で綿問屋として創業、1947年には株式会社に転換し、内装建材を取り扱う商社として事業を拡大してきたが、中間流通を担う建材商社の利益率は低く、同じことの繰り返しでは飛躍的な事業成長は見込めないと判断、ICTを活用した大幅な業態転換を進め、建設DX推進事業へと強力に舵を切っている。

野原グループはどのようにして業態転換を図っているのか。

野原グループが建設DXの推進に舵を切るきっかけとなったのは現社長の野原弘輔氏だ。

野原氏は慶応義塾大学経済学部を卒業後、シカゴ大学の経営大学院を修了、シティバンク、エヌ・エイや日興シティグループ証券を経て、2006年、野原グループに入社した。このとき野原グループの収益性の低さに驚かされたという。

「70年代、80年代には電話で『この材料の使い方がわからない』『図面にこういう情報がはいっているんだけど、わからない』という問い合わせがうちによく来ていたんです。しかしインターネットが普及した今、当社にいちいち聞かなくてもすぐに調べることができる。存在意義が薄れてしまっている」(野原氏)

さらにリーマンショックで大打撃を受け野原氏は「いずれ専門商社はなくなってしまうかもしれない」という懸念をもったが、これを社員や役員たちに理解してもらうのは簡単なことではなかった。

「新しい取り組みに社員はなかなか理解してくれなかったし、トライしてもうまくいかず、すぐにあきらめムードになってしまった。役員たちは『このままではダメになってしまう』という危機感は持ち合わせていましたが、『総論賛成、各論反対』。変化の方向性やスピードについていけず、掛け声だけで新しい施策には結びつきませんでした」(野原氏)

思案を繰り返す野原氏は海外の建設業界では建設プロセスにICTを活用し、高収益を上げていることを知る。

そして2015年上期にはICTを活用することで事業強化できると考え、発注者と設計者のやり取りのデジタル化を手掛けるシンガポールのスタートアップ企業と資本提携し、人材を派遣。2015年9月には日本でECの事業で建材の通販「アウンワークス」を開始した。

そのような中で野原氏が注目したのがBIM( Building Information Modelling)関連事業だった。

大手ゼネコンがBIMに注目する理由と大きな落とし穴

ここでまずBIMとはどのようなものであるのか、理解する必要があるだろう。

BIMはコンピュータ上で作成した3次元の形状情報に加え、部屋の名称、材料、部材の仕様・性能、仕上げ等、建築物の属性情報を併せ持つ建物情報モデルを構築することだ。

BIMソフトはポーランドのグラフィソフトの「Archicad」や米国のオートデスクの「Revit」、福井コンピュータアーキテクトの「GLOOBE」、Vectorworksなどがよく知られている。

大手ゼネコンや設計事務所などでもBIMソフトを使った建設プロセスの見直しを始めている。なぜ大手ゼネコンや設計事務所はBIMに注目しているのか。

建設産業の構造は工事を発注する施主がおり、それを引き受けるディベロッパー、その下に工事受注者としてゼネコンや設計事務所がいて、さらに協力会社など専門受注者が27種類いる。

その工程を見ても、設計(外注会社担当)、積算・見積、仕入れ・販売、配送、施工とあまりにも携わる人が多く、サプライチェーンも複雑なので、全体の工事を監督する立場にはいるゼネコンはなかなか全体を見ることはできない。

野原グループ

「ゼネコンは全体の工事を監督する立場にいるのですが、詳細までは見えない。石膏ボードを何枚使っただとか、それがいくらなのか、といったことが今の建設産業の構造ではわからないのです」(野原氏)

そのため協力会社各社がそれぞれ自分たちが請け負った工事が最適であればいいという形で工事が行われてきたため、工期が遅れたり、後工程にしわ寄せがきたりするといった問題を抱えていた。

BIMを使えば、3次元モデルで実際にどのような建物ができるのか、その内装がどうなっているのか、一目見てわかる。さらにどのような資材を使うのか、コストはどのくらいかかるのかも紐づけできるので、工期や建設費用なども予測することできる。空調設備、照明の個数、品番、消費電力などの情報を組み込めるので、解析ソフトを使えば環境シミュレーションも可能だ。

BIMプラットフォームを作った狙い

しかしBIMにも落とし穴がある。BIMは設計から施工、維持、修繕、解体に至るまであらゆる分野で活用できるが、建設サプライチェーンの中のすべての企業がBIMソフトを導入していなければBIMを活用したコミュニケーションが取れなくなり、効率が悪化する。

しかもBIMソフトはかなり高額で、活用の仕方を習得するにも時間がかかる。「ひとり親方」や小規模事業会社が、購入・活用することは現実的には難しい。

そこでBIMソフトを持っているゼネコンや設計事務所だけでなく、建設サプライチェーン全体でBIMを活用できる仕組みを考え出したのが野原グループだ。

「わたしたちがやっているのはBIMのサブシステムのようなものです。BIMのソフトは世界で大きな会社は『Archicad』のグラフィソフトと『Revit』のオートデスクの2つで、大きなシェアを握っています。ただソフトは非常に重く、値段も高いので大手のゼネコンや設計事務所などは活用できますが、中小零細企業ではなかなか活用できない。しかし建設のプロジェクトというのはゼネコンや設計事務所だけでなりたっているわけではないのです。中小零細企業や職人がいます。そうした人までも巻き込んだ仕組みを作っていきたいと思ったのです」(野原氏)

ビルドアップは「Revit」で構築されたクラウド上のBIMモデルを、BIMソフトを持っていない建設サプライチェーンの中の中小零細企業や職人でもスマホやタブレッドで見ることができ、情報をやり取りすることができる仕組みとなっている。施工現場でさまざまな変更などが起こっても、迅速に対応することができる。

動き出した野原グループの新規事業

野原グループがBIM関連事業に乗り出したのは2017年12月。スウェーデンのBIMオブジェクトABと提携。合弁企業BIMオブジェクト・ジャパン(BOJ)を立ち上げた。

BIMオブジェクトABは建材や設備を3次元画像などで設計できるBIMオブジェクトのライブラリー(材料のデータを集めたオンラインサービス)としては世界最大の企業。欧米を中心とした2300以上のブランドのドアや便器、壁材照明などが22の大きな分類で整理され、サイトの利用は無料。収益は掲載されているメーカーなどの広告費などでまかなわれている。

日本でこうしたサービスを提供するのは初めての試みだった。野原グループはBOJ設立を通して海外の最新事情や環境負荷への考え方など日本では得られなかった情報などを学んでいった。

「BIMの事業を進めていくための入り口だと考えていました。どのようにビジネスが作られ、どのように使われているのか、ということを学ぶにはいい機会でした。ただ我々は建材の流通に携わる企業ですから、そうした事業とどう紐づけるのかということが課題でした」(野原氏)

野原氏は2018年7月、社長に就任するとBIMを中心とした建設DX推進事業を本格的に進めていくことになった。

「それまで必要だと思っていた、仕事の見える化や標準化、システム化を進めるとともに、社内の人事制度を変えたり、経営体制を専門性と経験のある経営陣に一新したりしました」(野原氏)

当初はIT技術に詳しい社員もほとんどいなかった。そこでITに詳しい人材を社外からリクールトした。

その口火を切ったのが、ファクトリーオートメーション(工場の自動化)向け部品大手のミスミ出身で、現CDOの山﨑芳治氏の採用だった。2018年のことだ。

「私どもとしては構想はありましたがどこから手をつけていいのかわからなかった。社内には、情報システム部はあるものの、DXの専門家がいない中で、私たちがやりたいと思っていたサプライチェーンのデジタル化の経験のある山﨑さんには入ってもらいました」(野原氏)

山﨑氏もまたIT部隊を構築するのに苦労したという。

「従来から社内にはBIMの事業でシステム開発を担えるIT人材がほぼいなかったため一からの採用活動になりましたが、『建設業界』や『建材商社』には目を向けてくれない。そのために広報活動にも力を入れましたが、それでも厳しかった」(山﨑氏)

そうした壁を乗り越え、社員やフリーランス15人と外部のITベンダーを集め、2020年8月に独自でビルドアップ事業を始めることを社内で明らかにし、2021年12月には正式に発表する。

こうした取り組みは世界でもはじめての取り組みだ。

実証実験では50%のコストダウンを実現

実証試験は2021年1月からスタートし、2022年12月時点で、東亜建設工業、東急建設など複数のゼネコンが参加し、結果を発表している。

東亜建設工業はスチールドアなどの生産サプライチェーンでBIMを活用し、「見積・作図承認・スチールドア生産」の各工程で最大50%を削減。研究施設の内装工事でもBIMを活用し専門工場でカットした木材を現場に持ち込み組み立てるプレカット工法を導入し、現場施工時間を最大で20%を削減した。

東急建設は増築工事で、従来工法とBIMデータから選んだ精密プレカット施工を比較検証し、現場施工の生産性(工数)や廃材・CO2の排出量などを実数実測のうえ数値化。LGS(軽量鉄骨)や石膏ボードの貼り作業時間が30~50%減少、発注数量に対する現場廃材量が4.6%削減した。さらにLGSや石膏ボードのプレカット施工により、現場での高速カッター使用回数が4割減った。その結果、騒音の未発生や高速カッター・工作用カッターの誤作動による労災防止の効果が確認された。

野原グループはこうした成果が評価され、2022年度の国土交通省のBIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業にも採択された。

さらに竹中工務店、大成建設、大和ハウス工業、清水建設など20社が加わり、実証試験が続けられている。

「日本のBIMの課題は、発注者が建物の情報を、竣工後の運用や改修に生かすのかという発想がまだ薄いことです」(野原氏)

ビルドアップは2024年夏から内装(壁床天井)向けのサービスを皮切りに本格的に開始される。

「今思い描いているサービス群の網羅完了は2029年、30年までかかる見込み。ビルドアップの対応可能な建設プロジェクトは公共案件も民間も区別なく、ゼネコンが使いたいといえば建物用途に限定はない」(野原氏)

さらに将来は41万点以上の建材を当日・翌日出荷という短納期で対応できるサービスとなっているEC事業「アウンワークス」との連動も検討されている。

「ゼネコンを中心に時間を追うごとに状況が変化しているので大きな目標を掲げるまでに至っていないが、まずは建設DX推進のプラットフォームであるビルドアップでやり取りされる建設プロジェクトの総額1兆円を一つのマイルストンにしたい」

山﨑氏は将来の目標についてこう語る。

こうした野原グループの取り組みについてBIMプロセスイノベーションの代表でBIM Evangelistの 伊藤久晴氏は次のように語っている。

「野原グループは先導的な動きをされていますが、日本では、未だに2次元での業務を主体とし、後追いでBIMモデルを作っている企業もあります。また、BIM標準が異なるために、同じソフトウェアであっても、企業ごとにBIMモデルが違うという状態になっています。これらの事情から、上流の設計・施工のBIMモデルの品質にバラツキが出ています。これを解決し、連携における情報の流れを最適化することが、このプロセスの一つの課題です。この取り組みにより、この建材情報を含めた建物全体の情報をマネジメントすることができれば、施設の運用にも使える高い価値を持った情報に変えてゆくことも可能となるでしょう。BIMモデルは、そのデジタル化された情報の連携によって、価値を高めることができます。野原グループのように、ゼネコンからのBIMモデルを元に、建材商社として、独自の技術で建材のデジタル情報に変え、それをサプライチェーンの中で活用する取り組みは、あるべきビジネスモデルの姿と言えるものです。今後の日本のBIMの展開の中でも、重要な取り組みと考えられます」

© Foundry