巨人退団時の決意「もう、後はない」 陽岱鋼が語る“2軍球団”入りの理由「自分にできるのは…」

通訳なしで海外の野球に飛び込み、目じりにちょっぴりしわの増えた陽【写真・羽鳥慶太】

オイシックスの陽岱鋼、一時は日本に「戻ってくるのは難しい」と覚悟

今季からプロ野球の2軍イースタン・リーグに参加したオイシックスで、一番の注目を集めるのが陽岱鋼外野手だろう。かつて日本ハムと巨人でプレーし、NPB通算1164安打。高い身体能力を生かした外野守備でもファンを沸かせた。日本だけでなく、母国・台湾でも衰えぬ人気のスーパースターは、なぜ“2軍球団”を新たな舞台に選んだのだろうか。日本球界を離れていた2年間の経験まで、じっくりと語ってくれた。(取材・文=THE ANSWER編集部 羽鳥慶太)

4月のある日、球場で練習を終えた陽に声をかけてインタビューの場所を探していると「アメリカン・スタイルでいきましょう」とロッカールームに招き入れてくれた。ド派手な金髪姿こそ、巨人時代とは大きく変わったものの、人懐こさは若き日のままだ。失礼を承知の上で「どうして日本に戻ろうと思ったの?」と質問をぶつけた。

「どうして戻って来た、ですか……。いい質問ですね」。しばらく考えた陽は、こう続けた。

「自分のために戻って来ました。日本での最後は巨人を自分から退団したので、正直戻ってくるのは難しいかなと思っていました。もう、後はないなと思っての行動でしたから。違う視野を得るために、アメリカで勝負しようと思ったんです」

2021年のオフ、FA移籍した際の5年契約が終わる際に、巨人からは再契約を提示されていた。それを蹴って退団し、翌2022年は米国の独立リーグに身を投じた。さらに冬も豪州のウインターリーグでプレーし、昨春からは米国の独立リーグで最もレベルが高いとされるアトランティック・リーグのハイポイント・ロッカーズに加入。打率.271、10本塁打という成績を残した。

陽は橋上監督(右)とも話し合いながら、少しずつ調子を上げている【写真・羽鳥慶太】

米国で確信したこと「いい選手には共通するものがある」

「アメリカに行ったのは良かったですよ。向こうと日本にはやっぱり、違う部分があります。それがプラスになったのも確かですし、もし指導者になった時は生かせると思います」。そしてシーズンを終え、次の道を探していた時にLINEに連絡をくれたのが、現役時代ともにプレーした稲葉篤紀氏(現・日本ハム2軍監督)だった。オイシックスの橋上秀樹監督が、連絡を取りたいと言っているというメッセージ。陽はここで初めて、2軍のチームが増えることを知った。

「日本には長くいて、いろんな感情もありますし、今まで長く生活してきたところでもある。育ててくれた球団が2つもある国ですから。そこで自分ができることは何かなと考えました」。直後に橋上監督からの連絡を受けた時には、もうここでプレーすることを決めていた。

中学を卒業するときに、母国・台湾から日本へ渡った。そして今度は日本を飛び出し、野球の本場・米国へ。世界を股にかけてプレーし続けたこの2年間で得た経験とは、どんなものだったのか。

「みんなよく、アメリカの選手は練習しないっていうじゃないですか。僕も勝手にそんなイメージを持っていました。でも実際に行ってみたら、全然違う。独立リーグでも、早めに球場に来てみんなトレーニングしている。その後に全体のバッティング練習をするんです。リラックスして練習するために、追い込むことは前もって済ませている」

見ると聞くとでは全然違った。そして感じたのは「いい選手には、共通するものがある」ということだった。プレーする場を得るために、やるべきことは世界どこでも変わらなかったのだという。自分を知ってもらうため、通訳なしで新天地での勝負に挑んだ。

米球界に通訳なしで飛び込んだ理由…得られた最高評価

「試合に出るには、チームでの勝負に勝たないといけない。そのためにはまず、飛び込むしかないと思ったんですよね。通訳がついていたらなかなか認めてもらえない。だから1人で行って、みんなと一緒に生活して、英語を覚えようとするのを見て『何だこいつ、クレイジーだな』と思ってくれるようになった。あと、全力プレーがチームに伝わったのもあると思います。見ていてくれる人はいるんですよ。やっぱり」

昨季の陽は、日本ハム時代以来となる三遊間の守備にも就いた。求められれば何にでもチャレンジした。自分のためでも、チームのためでもあった。

「三塁も言われてやりましたし、ショートも。昔みたいに動けないかもしれないけれど、チャンスが増えるのならとね。試合に出てナンボですから」

陽はオイシックスに、決して何かを教えに来たのではないという。それでも後ろ姿から、伝わるものがある。言葉も通じないチームで自分の居場所をつかんだ経験は、ここからNPBを目指す若い選手にも大きなヒントとなる

「自分にできるのは、当たり前にやること。経験を誰かに教えるというより、自分がしっかり、当たり前のことをやれば、ここの子にも影響すると思う。それが基本だし、一番難しいことだから。楽なことしか考えないのが人間ですからね」。グラウンドで仲間と笑顔を見せる裏で、ストイックに野球を突き詰めるのも陽岱鋼。久しぶりの日本プロ野球で、何を残してくれるか。

THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori

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