これからの大学再編について考える ―韓国の事例に基づいて

大学の「生物学的多様性」とは

研究者は、自分の専門分野を説明する際に例えを用いることが多々あります。私が大学を説明する際によく用いる例えは、「生物学的多様性」です。

この概念は一見難しそうですが、実に簡単です。要するに、世の中の生物がそれぞれの生息する環境において生き残るために適応と進化を続けた結果、私たちの周りには多様な生物が暮らすようになっていることを意味します。基本的に大学とは、人類の知的好奇心を満たし、得られた結果の保存と継承のために作られたものだと言えます。しかし各大学が生物と同じく、社会、文化、政治という環境において、適応と進化を繰り返してきた結果、それぞれが個性を競い、大学の世界にも一種の「生物学的多様性」というものが存在するようになったと私は見るのです。

少子化が招いた大学の「氷河期」

大学を生物に例えるならば、大学にも氷河期といった絶望的危機が訪れてもおかしくありません。 特に18歳人口が大学入学者の多くを占めている東アジア各国では、国によって度合いは異なるものの18歳人口の減少が進み、大学の「氷河期」が現在進行中で、大学全体の縮小は不可避であると予想されています。

中でも隣国である韓国は、非常に大きな変化を経験しています。日本において、2040年に向けて18歳人口の減少に備える様々な対策が打ち出されているのと同様、韓国においても2040年に向けて様々な対策が講じられています。

また18歳人口の減少と同時に、地方消滅の問題も浮上しています。人口が減少すればするほど、比較的仕事が見つかりやすく、社会インフラがよく整備されている首都圏に人が集中する現象が起きています。このことは大学にも無関係ではありません。首都圏の大学への異動を望む教員が増え、地方からの頭脳が流出しているのです。2023年現在、韓国政府による研究費の約60%は首都圏に所在する大学に支給されています。頭脳流出により、こうした傾向は今後一層強まると予想されています。

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(出典:ヨン(2021)をもとにハン(2022)が作成した図を筆者が翻訳,修正)ヨン・ドクウォン. (2021). 大学の構造調整の現在と未来(定員政策を中心に).ハン・ユヨン. (2022). 大学定員不充足加速化… 2年後、入学定員8万人不足. 忠清トゥデイ.

http://ws/articleView.html?idxno=2159357

韓国政府による取組

①財政支援の変化

韓国政府はこうした人口減少を予想し、2000年代以降、大学に対する財政支援制度を変化させてきました。その一つの現れが、定員充足率、就職率、教育や研究における成果などに応じた傾斜配分式財政支援です。これによって、大学によっては支援が中止されたり、閉鎖を誘導されたりするところが出てきています。一方、地方の国立大学に対しては支援を拡大しています。代表的な取組は2023年にスタートした「グローカル大学30」です。2023年から2025年までに30大学を選抜し、集中的に財政支援を行うというものです。選考基準には、大学統廃合など、積極的に大学の再編を行っていくことなどが含まれています。

②地域性の強化

地域性の強化もあげられます。例えば、韓国政府が提案しているのが「共有大学」という新しい大学モデルです。これは各地域の自治体、複数の大学、複数の企業が仮想の大学を共同で設立し、地域に特化した学位課程を編成・運営するというものです。マイクロクレデンシャル(注:学習者の学習成果を証明する単位として、従来の学位よりも細かいものを意味します。集めて基準を満たすと学位が授与される方式になっています)による教育課程を設け、最終的に学生には学位が授与されます。また、「地域革新中心大学支援体系」の構築にも取り組んでいます。目的は、従来政府が持っていた各大学に対する財政支援に関する権限を、各自治体に移譲すること。すでに2023年にいくつかの地域において施行されており、2025年にはすべての地域に導入される予定です。

研究開発費の「効率化」

最後にもう一つの変化として、政府による研究費の効率化があげられます。これは人口減少と直接関係があるとは言えませんが、大学の再編に影響を及ぼすことから、結果的には大学の再編を加速するという側面があります。従来、韓国はGDP(国内総生産)に比べて研究開発費に積極的な投資を行う国としてよく知られています。2021年には、GDPの約4.93%を研究開発費として策定し、世界1位を記録しました。しかし2024 年に政府は研究開発費の「効率化」を図り、従来の研究費を約14%程度も削減しました。2023年、韓国の大学における研究開発費の75.7%は政府によるものと言われていますから、各大学は内部の再編が不可避な状況に追い込まれています。これには学界から猛烈な反対が起き、これを受けた政府は2025年の予算を従来通りに戻すという方針を発表しました。しかし、研究者の間ではまだ不安は消えていません。

大学を「ノアの方舟」に乗せるとしたら

現在の韓国政府の政策的変化を一言で表すならば、それは「選択と集中」です。これに対して、教職員・学生、地域住民など、大学に直接的・間接的に関わる利害関係者を中心に、反対の声が上がることもけっして少なくありません。しかし一方で、人口や産業構造に比べて大学の数が多いこと、大学教育が就職に役立っていないことなどに、全国民的な共感が集まっているのも確かです。冒頭で私は、大学を生物に例えました。生物学的多様性が豊かな生態系を支えているのと同じように、大学の多様性もまた、社会をより豊かにするうえで非常に大事だと思っています。しかし、私たちに、「ノアの方舟」に乗せる大学を必ず選ばなければならない瞬間が来るとすれば、一体どうすれば良いでしょうか。だからこそ私たちには、こうした最悪の状況に備えるための研究も求められているとも言えるのではないでしょうか。課題は山積みですが、私は各大学固有の価値を守るためにも、大学の役割およびその再編に関する研究を続けていくつもりです。

北海道大学 高等教育推進機構高等教育研究部 助教

鄭(じょん) 漢模(はんも)

京都大学博士(教育学)。専門は高等教育学。関心分野は大学の再編と役割。所属学会は、大学教育学会、日本高等教育学会など。1987年韓国全羅北道出身。九州大学特任助教、三重大学講師を経て現在に至る。韓国忠南大学校師範大学教育学科を卒業した後、2014年に日本国費留学生として渡日し、大阪大学人間科学研究科研究生を経て、京都大学教育学研究科で修士学位及び博士学位を取得。

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