税務調査官もしぶとく疑う…「5億円」の相続税を「ゼロ」に引き下げた、88歳大地主の父による“完ペキな相続対策”【元メガ・大手地銀の銀行員が助言】

(※画像はイメージです/PIXTA)

代々の不動産を守り継ぐ地主の相続。それは、当然ながら資産額が大きければ大きいほど、立ちはだかる壁も高く……。入念な準備を施さなければ、納税資金確保のために代々承継している大切な不動産を、自身の子の代で売却せざるを得ない状況に陥るケースもあり得ります。本記事では、藤村家(仮名)の事例とともに、地主の相続における節税対策について、ティー・コンサル株式会社代表取締役でメガバンク・大手地銀出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が解説します。

大資産家・藤村家の相続対策

今年、米寿を迎える藤村武一(仮名)は、〇〇県内でも著名な地主一族であり、地元金融機関の役員や支店長が定期的に表敬に訪れるような資産家である。80代になってからは相続に詳しい専門家によって相続税の計算を毎年定期的に実施してきた。昨年試算した際には5億円程度とのことであり、いよいよ本腰を入れて対策を進めていこうと決断したばかりだ。

決断した理由のひとつとして、85歳を過ぎたあたりから物忘れが多くなったように感じているためだ。自覚症状はないものの家族から物忘れの指摘を受けることが増えてきており、最近では明らかな衰えを感じ始めている。人生の残された期間も限られているであろうことから意思能力があるうちに最大限の対策を進めたいと思う。

目標「相続税を5億円からゼロまで引き下げる!」

ここに至るまで先代から引き継いだ不動産事業などを苦労の末に発展させ、財産を大きく増やすことができたが、可能であれば相続税をゼロまで引き下げて財産を減らすことなく次世代に継ぎたいと考えている。

所有している地元の不動産はリーマンショック後に価格が大きく下落したが、近時では駅前などを中心に不動産価格も上昇基調を示している。ただし、都心部と異なり〇〇県では人口減少が進んでいることから、資産の維持という観点では都心部への資産の入れ替えも検討している。

幸い、地元金融機関も都心部に支店を構えていることから、原則としてはテリトリー外で融資不可とのことであるが藤村家の場合は特別に不動産購入資金の融資にも応じてくれるとのことである。

都心不動産へのシフト…「ゼ、ゼロが2桁くらい違う」

金融機関や専門家とも打合せを行って導いた結論としては、不動産価格の単価が高い都心部で不動産を購入することであった。

相続税路線価や固定資産税評価額に基づき算出する相続税制度から考えると、対策にあたっては時価と相続税評価額が最も大きい場所を狙うべきである。地元とは異なり土地勘がなく不安ではあるが、対策の最大の目的である「相続税をゼロとする」ことを貫き都心部で不動産を探すことにした。

また、小規模宅地等の特例の適用や賃貸不動産による評価引き下げの効果を勘案しても地元よりも大きく効果がでることがわかった。

早速、信頼のおける専門家へ依頼し都心部に存する販売中の不動産の物件概要書を集めた。FAXで送信されてきた物件資料を見ると地元の不動産と比べると、ものによってはゼロが2つくらい異なり、この大きさでこの金額かと大変驚いた。気になる物件をいくつかピックアップしたうえで、まとめて物件を確認するために内覧の調整を依頼した。

【相続対策】小規模宅地等の特例(土地について)

特定居住用宅地等(自宅/限度330m2)と貸付事業用宅地等(賃貸/限度200m2)については、限度まで目一杯利用するといずれかのみしか適用できない。また、特定居住用宅地等の場合80%減額され、貸付事業用宅地等の場合50%減額される。

一見すると、自宅のほうに小規模宅地等の特例を利用したほうがいいと思われるが、そのとおりであろうか。図表1では単価毎に減額される金額を示した。

[図表1]土地――単価毎に減額される金額 ※出所:筆者作成
(借地権割合70%、賃貸割合100%)

藤村家の場合は〇〇県に不動産を多く所有しており、たとえば自宅前の相続税路線価が5万円/m2であったとする。自宅の規模はかなり大きいであろうから、限度額の330m2まで適用した場合に減額される金額は1,320万円である。

一方、都市部で購入を検討している物件が土地面積200m2であり相続税路線価が100万円であった場合、貸家建付地も考慮して減額される金額は1億2,100万円である。路線価に付与されている借地権割合により異なるが、仮に借地権割合を70%とした場合、「79百万円÷200百万円=39.5%」すなわち6割程度減額されていることになる。

①「利用上限330m2かつ減額80%」、②「利用上限200m2かつ減額50%」と文字だけで比較すると、一見①のほうがよさそうに見えるが、効果で検討すると②のほうが大きくなることもあり得る。

都心不動産を購入することに

観光もかねて後継者の息子家族らと一緒に1週間程度滞在し、都心部の物件を10ほど内覧した。正直、すべて高いなと思ったが、そのうちの3物件について買付証明書を差し入れることにした。

地元に戻ってきてからは、取引金融機関の支店長および担当者と面談し、融資の打診を行った。稟議から承認まで1ヵ月程度かかるとのことであり、急ぎ審査を進めてもらうよう要請した。

そのあいだに、売主からの売渡承諾書が届き、売買契約書を締結することにした。購入を予定している物件の平均価格は1物件約5億円であり総額15億円であるが、相続税評価額は4億円ほどの計算であり約11億円のマイナスが作れそうである。当該購入後の状況を前提とした相続税試算を行ったところ、相続税はゼロとなるとのことであり安堵した。

【相続対策】貸家(賃貸)による減価(建物について)

貸家にかかる相続税評価額については以下の式で表される。

式:貸家の価額=自用の家屋の価額*-自用の家屋の価額×借家権割合×賃貸割合
*固定資産税評価額 [図表2]建物――単価毎に減額される金額 ※出所:筆者作成
(借家権割合30%、賃貸割合100%)

借家権割合は「30%」であることから、すべての部屋を賃貸していれば30%減額される。また、構造や築年数によっても固定資産税評価額の単価は異なることから、たとえば、藤村家が購入する物件が築浅のRCなどであれば、「15万円/m2(仮)×300m2×(1-30%)=3,150万円」となり、建物についても固定資産税評価額から1,350万円ほど減額がなされている。

無事不動産は購入できたが…

審査申し込みから1ヵ月程度経過したとある日。支店長が担当者とともに訪れてきた。

結果としては、すべて融資承認になったとのことであるが、当該金融機関のテリトリー外の物件であり審査部への説明および説得に時間を要したこと、融資金額が高額であることから役員の決裁を仰ぐ必要があり事前の説明や資料作成などに時間がかかったとのことであった。また、共同担保として地元の不動産をいくつか入れて欲しいとの要望があったが、相続税の効果を考えれば些細なことだと思い、応じることとした。

その後、地元金融機関の都心の支店にて3物件の決済について、日をずらしながら行った。今回は不動産の引継ぎなどもあったことから、後継者である息子(藤村武史)のみ同席してもらい2週間ほど滞在して帰路についた。慣れない場所に長期間滞在していたことからか、年齢的な問題なのか自宅に戻ったときには大きな疲れが溜まっていた。

偉大な父の相続が発生して

藤村武史(仮名/60歳)は先週父武一の相続税申告を終えた。小規模宅地等の特例を使ったうえで相続税額は父の目論見どおり「ゼロ」となった。

葬儀では多くの参列者があり、改めて父の偉大さを感じた。また、生前父は公正証書遺言を作成しており、資産の承継については親族内で揉めることもなく順調に調整ができた。承継にあたって父は完璧な準備をしてくれていたと感謝した。

生前の父と慌てて購入した都心部の不動産3件については、自分(武史)が相続したうえで売却をすることとした。あくまでも、相続税を引き下げることが購入目的であったし、また遠方に存しており、定期的に物件を確認に行くことも難しい。幸いなことに、都心部の不動産は購入時よりさらに価格を上げており、いま売却を行ってもかなりの売却益が得られそうである。

代々承継している地元の不動産については老朽化が進んでいることから、売却した利益を大規模修繕に充てることに決めた。早速、売却活動を開始した。

当初想定(1年程度)よりも早く3ヵ月後にはすべての物件の売却が完了した。譲渡税は売却益に対して4割程度かかったが、あくまで儲けに対して課税されるのみであることから相続税引き下げのインパクトから比べれば、大した額ではないなと感じた。

2年後にやってきた税務調査

父の相続から2年ほどしたとある日。申告業務などを依頼している顧問税理士から「税務調査」が入る旨の連絡を受けた。

後日、税務調査官が訪れてきて面談すると、主には父親が相続対策で取得した都心部の物件についての確認をしているようであった。話の印象から税務署側では不動産の鑑定評価なども取得しているようであり、購入目的や相続で取得したあとに売却に至った経緯などについて念入りに確認をしてきている。

仮にこのまま、税務署の思惑どおりの相続税評価額(鑑定評価額相当)へと変更された場合、相続税額は5億円程度となるであろう。その場合には、間違いなく金融資産のみでは不足することから納税資金確保のために代々承継している不動産についても売却せざるを得ないであろう。

まとめ:不動産を活用した相続税の引下げにおける注意点

・不動産を活用した相続税引下げは王道であるが、過度に実施した場合にはリスクを伴う可能性が高い
・都心部の不動産ほど圧縮効果が高いが、一方では縁もゆかりもない場所に購入することでもあり、購入目的が相続税の圧縮として扱われやすい
・資産家の場合には相続税をゼロとすることは実質的には困難であるとの前提に立つほうがいい
・相続対策においては相続直前に焦って実施しても、税制などで否認されることが多く長期間かけて計画的に実施すべきである
・すべての相続不動産の評価を不動産鑑定評価にて実施するとした場合においては、都心部においては相続税額が試算よりも高額になる。相続申告においては鑑定評価額にて実施することを義務付けられてはいないが、一方で、鑑定評価額で実施した場合にはどの程度の納税額になるかも事前に把握しておいたほうがよい

以上のポイントを押さえることが重要である。

小俣 年穂

ティー・コンサル株式会社

代表取締役

<保有資格>

不動産鑑定士

一級ファイナンシャル・プランニング技能士

宅地建物取引士

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