時代劇などでクレジットされている「かつら」の仕事とは? 『光る君へ』担当者に聞く

毎週続々と新キャラクターが登場しているNHK大河ドラマ『光る君へ』。きらびやかな衣装、平安を再現した美術セットとともに、作品の世界観を作る上で重要な役割を担っているのが「かつら」だ。

ドラマや映画などのエンドロールで、ひらがなの「かつら」の文字に注目したことがある人はきっと多いはず。一体この「かつら」はどんな仕事なのか。

約30年のキャリアを誇る『光る君へ』かつら担当の宇津木恵氏にその真髄を聞いた。

●シンプルだからこそ難しい平安時代の「かつら」

――宇津木さんは「かつら」の仕事を初めてからどれくらいになるのでしょうか?

宇津木恵(以下、宇津木):30年ちょっとぐらいですかね。NHKの大河ドラマを中心とした時代劇、たまに連続テレビ小説(以下、“朝ドラ”)で描かれる明治時代なども担当してきました。

――最初に携わった作品は?

宇津木:NHKでは、“朝ドラ”の『君の名は』(1991年)だったと思います。

――漠然とですが、かつらを担当する方は理容師の資格に近いものが必要なのかと想像していました。宇津木さんは一体どんな経緯でかつら担当に?

宇津木:もともとは美容学校に行って美容免許を取ったんです。ヘアメイクに付きたかったんですが、たまたま入った会社が、かつらの結髪をやっているところで。それまでは時代劇もほとんど観たことがないし、興味もなかったんですが……(笑)。

――もともと志していたものではなかったんですね。

宇津木:当時は作品のクレジットでも「かつら」はなかったので、そんな職業があることも知りませんでした。ヘアメイクもかつらも髪を扱うという点では同じなのですが、人間の髪の毛とかつらの毛は明確に違うんです。その点に最初はかなり戸惑いがありました。

――ヘアメイクは一人ひとりにあわせてのものになりますが、かつらもその点では同じなのでしょうか?

宇津木:みなさんそれぞれ頭の形が違うので、役者さんに合った形のかつらを作ります。これは一条天皇役の塩野(瑛久)さんのですね。

――こう見ると頭が本当に小さいですね。

宇津木:塩野さんは本当に頭が小さくて合うかつらがなかったんです。かつらの土台を作るのは、かつら屋(かつら師)さんで、正確には私の担当は「結髪」になります。かつら屋さんは、アルミをご本人の頭の形に合わせて叩いて、丸みを作っていくんですよ。そこに長い毛が植えてあって、それを結い上げていくのが私たちの仕事なんです。

――どれくらいの時間がかかるものなのでしょうか?

宇津木:形によっていろいろですけど、だいたい1時間程度ですね。平安時代はまっすぐ上に結い上げるだけなんでそんなにはかからないですけど、江戸になると髷を折るようになるのでもっと時間がかかります。

――それは一度作ったら終わりではなく、撮影の度に調整もされると。

宇津木:そうですね。崩れてきたらまた結い直す作業をします。今回は冠や烏帽子という被り物があるので、そんなに崩れはしないんですけど、女性はただ長く下ろしてるだけなので、ちょっと動いただけで毛が乱れて出てきちゃうんです。

――男性キャストに比べると気づきにくいですが、もちろん女性キャスト陣もかつらを被っているわけですもんね。

宇津木:女性もかつらを被らないとその時代の雰囲気が出ないですから。元々長い方もいらっしゃいますけど、地毛だけだとどうしても豪華な着物に合わないので、衣装とマッチするためにもかつらは必要です。女性陣は想像以上にかつらが重いので、ただ歩いているだけのシーンも実は大変なんですよ。

――平安時代は比較的取り組みやすいのかと想像するのですが、反対にかつらを扱うのが難しい時代も?

宇津木:江戸時代は髪型の種類が豊富になって、髷を見れば既婚者なのか、そうではないのか、どんな仕事をしているかなどが分かるぐらい分類されているんです。その分、難しさはあるのですが、いろんな種類を作っていく楽しさはありますね。平安時代の髪型はかなりシンプルなので、作業量だけで言えば短いのですが、個性を作るのに悩みます。絵巻物などを参考にどうにか違いを作ろうとするんですが、真ん中分けかそうじゃないか、サイドに髪を散らすとか、癖っ毛だったり、顔周りでなんとか遊ぶようにしています。

●「かつら」を伝統として継承していくために

――今回のインタビューのきっかけの一つになったのが、柄本佑さんが『光る君へ』のインタビューで「地毛じゃないとできないことがある」というようなニュアンスのことをおっしゃっていて。それはどんな点でしょうか?

宇津木:襟足ですね。今はかつらの毛と地毛を組み合わせるような形で境目がわからなくなるような技術もできたのですが、やっぱり地毛だけの方とは違います。かつらの場合だと、後頭部から襟足にかけて多少の厚みがあるのですが、地毛だと厚みもなく、綺麗なはえぎわが出来ます。かつらを触ったりしても崩れるようなことはないですが、地毛のほうができることが多いのは確かです。もちろん、出演者の方全員が地毛で行うことは不可能なので、制限のないかつら作りを我々は目指しております。

――地毛の方が一定数いるとお聞きしていますが、実際どれぐらいの方が地毛なんでしょうか?

宇津木:道長(柄本佑)さん、実資(秋山竜次)さん、道兼(玉置玲央)さん、俊賢(本田大輔)さんの4人は地毛で結ってます。

――反対に『光る君へ』のキャストで、かつらが一番似合う方は?

宇津木:これはご本人にも話したのですが、源倫子を演じる黒木華さんはどの時代を演じても似合います。江戸時代のかつらも似合うし、今回の源倫子でも「今はもう平安顔だよね」っていう話をちょうどこの取材前にしていました(笑)。

――『光る君へ』のキャラクターの髪型で一番“特殊”だと感じたのは誰かも教えてください。

宇津木:特殊な髪型……安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)の従者・須麻流(DAIKI)のクリクリヘアでしょうか。元々、ご本人がパーマをかけてらして、クリクリヘアだったんです。須麻流って、どこか不思議な存在じゃないですか。じゃあもうそれを活かそうっていうので、クリクリヘアにそのまましました(笑)。

――男性キャストのみなさんは烏帽子を被っています。一見、烏帽子で隠れる分、普段より作り込まずでも大丈夫なように思ってしまいますが……。

宇津木:それがそうではないんですよ。『光る君へ』では美術チームの方が烏帽子を新調して、透ける形のオシャレなものに仕上げてくれたんです。昔は烏帽子を被ったら何も見えなかったので、ある意味手を抜ける部分もあったんです。でも、今の烏帽子は透けるので、烏帽子をかぶるとしてもきちんと作り込まないといけません。実は髷(もとどり)を巻いている紐の色もキャラクターごとに変えているんです。実資さんはピンク色で、立烏帽子の時は淡いピンクで、冠になるとそれが薄らいで見えなくなるから、濃いめのピンクに変えたり。非常に細かい箇所ですが、誰が何色になっているかチェックしていただけたらうれしいですね。

――花山天皇を演じる本郷奏多さんは、出家して髪を下ろしますが、あの剃髪はかつらではなく特殊メイクだと聞いています。その特殊メイクの技術と宇津木さんたちのかつらの技術が合わされば、また違った表現も?

宇津木:はい。すでに実践はしていて、月代の部分だけは特殊メイクさんにやってもらって、その上からかつらを被せたり。少しずつ月代の材料も変わってはきてるんですけど、昔のものだと長時間持たずに崩れてきて、シーンごとに直しに行かなきゃいけないんです。特殊メイクの技術だと、ちょっとの手直しで済んだり、崩れにくかったりします。それぞれの技術を組み合わせながら、よりリアルな時代劇を作れるようになっていると思います。

――その一方で時代劇を形作るスタッフの方々の後継者問題もあると聞きます。

宇津木:まさにそうです。「かつら」とクレジットされるようになったのは最近ですが、最初は「なんだろうこれ?」ぐらいのきっかけでもいいので興味を持っていただけたらうれしいですね。私自身もひとりの職人として、伝統を受け継ぎ継承していかないといけないと思っています。

――どうしても入口が分かりづらいイメージがありますが、宇津木さんがそうだったように、ヘアメイクを志していた方がかつらを担当することもできるわけですよね。

宇津木:今年入ってくれた新人も、興味はあったけど入口が分からなかったと話していて。ヘアメイク経験や美容師資格がある方は、決して遠い世界ではないと思うので、やりたいと思っていただけたら「来て!」という思いです。このインタビューを通しても、こんな仕事があるんだよということを多くの人に知っていただけたらうれしいですね。

(文=石井達也)

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