デパートから盗まれた「純金の茶碗」を買った古物商…支払った“代金480万円”を取り返せず「泣き寝入り」か?【弁護士解説】

金の茶碗の盗難事件が発生した日本橋高島屋(sapphire/PIXTA)

日本橋高島屋の金製品の即売会において「金の茶碗」が盗まれた事件で、犯人から茶碗を180万円で買い取った古物商(Xさん・仮名)が、他の古物商(Yさん・仮名)に480万円で転売したとの報道があった。そこで気になるのが、茶碗の所有権と、Xさん・Yさんがそれぞれ支払った代金のゆくえである。金の茶碗の所有権は誰のものになるのか。また、XさんがYさんに支払った売買代金480万円、Yさんが犯人に支払った180万円はどうなるのか。

茶碗はどう転んでも被害者に返さなければならない

まず、被害品である茶碗の所有権はどうなるのか。茶碗は犯人から古物商Xさんが買い受け、さらに古物商Yさんに転売され、最終的にYさんが保有している。そこで、Yさんは被害者から、所有権に基づいて返還請求を受けることになる(【図表1】参照)。

【図表1】本件の状況

Yさんは被害者からの請求を拒むことができるか。荒川香遥弁護士によれば、Yさんはどう転んでも被害者の請求を拒否できず、茶碗を返さなければならないという。

「他人の物をそうと知らず、過失なく買い受けた場合、即時取得(民法192条)という制度によって、その物の所有権を得られることがあります。

本件では、Yさんは即時取得が認められない可能性が濃厚です。金の茶碗はきわめて高価な美術品なので、古物商であるYさんは、売主のXさんがどこで入手したのか確認すべきだったといえます。それをせずに漫然と茶碗を購入したなら、過失があるということで、即時取得は成立しません。したがって、茶碗を被害者に返さなければなりません。

では、Yさんが仮に即時取得の要件を満たしたらどうでしょうか。この場合も、結局は、Yさんは茶碗を被害者に返さなければなりません。なぜなら、被害者は盗まれてから1年間は、被害品を所持している人に対して返還を請求できることになっているからです(民法193条・古物営業法20条参照)。

Yさんの前のXさんの段階で即時取得が成立していたとしても、結論は同じです。

なお、判例によれば、Yさんが即時取得の要件を満たす場合にも、茶碗の所有権はずっと被害者の下にあるとされています(大審院大正10年(1921年)7月8日判決)。

結局、即時取得が成立しようがしまいが、Yさんは、被害者に金の茶碗を返さなければならないのです」(荒川香遥弁護士)

YさんがXさんに支払った購入代金480万円は取り返せるか?

しかし、Yさんは、Xさんに茶碗の購入代金として480万円を支払っている。Yさんはこの480万円をXさんから返してもらえるのか。

もし返してもらえないとなると、Yさんは480万円を丸々損してしまうことになる。これに対し、Xさんは、Yさんから支払われた480万円と、犯人から茶碗を購入する際に支払った180万円との差額の300万円の利益を得ることになる(【図表2】参照)。

【図表2】代金をめぐる関係

これではいかにも不公平ではないか。

では、どう考えるべきか。荒川弁護士は、YさんはXさんに対し、支払った代金480万円全額を請求できるという。

「まず、YさんはXさんとの売買契約を解除することができます。

どういうことかというと、Xさんは売買契約上、茶碗の所有権をYさんに有効に取得させる義務を負っています(民法555条)。

もしも茶碗が他人の物だったとしても、その他人から所有権を得て、買主に移転する義務を負っています(民法561条参照)。これは茶碗が盗品であっても同じです。

本件では、XさんがYさんに茶碗の所有権を移転させることは不可能です。なぜなら、すでに述べたように、判例によれば、XさんまたはYさんが即時取得の要件を満たしていたとしても、茶碗の所有権はずっと被害者の下にあるからです。

したがって、XさんはYさんへ茶碗の所有権を移転させる義務を履行することができません。これを『履行不能』といい、買主であるYさんは、契約を解除できることになっています(民法542条1項1号)。

その結果、契約の当事者は、原状回復義務、つまり、契約前の状態に戻す義務を負います。売主のXさんは、代金480万円を全額、Yさんに返さなければなりません」(荒川香遥弁護士)

Xさんが犯人に支払った代金180万円は?

Xさんは犯人から茶碗を購入する際に代金180万円を支払っているが、その分もYに返さなければならないのか。

「当然そうなります。売買契約を解除した場合の原状回復は、あくまでも当事者間のみの問題だからです。

Yさんからみれば、Xさんが茶碗の仕入れ代金を支払ったかどうか、誰から購入したかといった事情は、知ったことではありません。

XさんはXさんで、YさんがXさんとの契約を解除したのと同じように、犯人との間の売買契約を解除し、それに基づく原状回復請求として、犯人に代金180万円を返すよう請求することができます。それで片をつけなさいということです」(荒川香遥弁護士)

荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)

犯人が受け取った代金180万円をすでに使ってしまい、返還するだけの資力がない場合、Xさんは残念ながら泣き寝入りするしかないということになる。しかし、荒川弁護士は、それで不都合はないという。

「ここからは法律とは直接関係ない私の個人的な感想ですが、Yさんが480万円全額を取り返せる一方で、Xさんが180万円を取り返せない実際上のリスクを負うことは、結論として不当ではないと思います。

第一に、極端な話、YさんがXさんに480万円を請求してもYさんに資力がないリスクだってゼロではありません。相手方に資力がなくて事実上回収できないリスクは常につきまとうことであり、程度の差にすぎないといえます。

第二に、本件の場合、XさんとYさんとでは、Xさんのほうが犯人により近い関係にあるといえます。YさんよりもXさんのほうが、茶碗が盗品であることに圧倒的に気付きやすいということです。そう考えると、Xさんのほうがより大きなリスクを負うのはやむを得ないのではないでしょうか」(荒川香遥弁護士)

いずれにしても、盗品をそうと知らずに購入した場合、厄介なリスクを抱えてしまうことになるのは間違いない。特に、価値の高い美術品や骨董品等を購入しようとする場合は、売主の素性だけでなく、その物がどのようなルートをたどって売られているのかということについても、十分に注意を払うことが大切であるといえる。

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