中田英寿、遠藤航が育ったクラブとして――4月プレミアリーグ・ウルブスと提携した湘南会長に「戦略」を聞いた#2

湘南でプロキャリアをスタートさせ現在はプレミアリーグ・リバプール所属、日本代表でも中心の遠藤航  撮影/中地拓也

■中田英寿と遠藤航が育ったクラブ

Jリーグのクラブと欧州のクラブは、なぜ提携するのか。そこには、どんなメリットがあるのか。イングランド・プレミアリーグのウルブスことウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCとパートナーシップを締結した湘南ベルマーレの眞壁潔会長に聞いた。(全2回の#2)

Jリーグにおける湘南は、中規模の予算で逞しく戦うクラブとの位置づけだ。主力選手を国内外のクラブへ移籍させつつ、2018年から7シーズン連続でJ1に在籍している。

「海外でクラブ関係者と会って、遠藤航が育ったクラブですと説明する、『おおっ』となる。中田英寿もいましたと告げると、さらに『おおっ』となる。洪明甫もと言うと、『おおおっ』となる。彼らがステップアップしていってくれたおかげで、そういう目で見てもらえるし、海外では『お金がないクラブ』とは言われない。我々の状況を説明すると、その予算で1部に残って、それだけの選手を出しているのか、という評価です」

21年の東京五輪では、G大阪から期限付き移籍していたGK谷晃生がU-24日本代表のゴールマウスに立った。翌年のカタールW杯では、移籍加入2年目のFW町野修斗が日本代表に選ばれた。

若い選手を海外へ送り出してもいる。20年1月、高校卒業後の入団が内定していたFW若月大和をスイスのクラブへ期限付き移籍させた。同年冬にはMF鈴木冬一とMF齊藤未月を、22年8月にはMF田中聡をヨーロッパのクラブへ送り出している(昨夏にレンタルバックで復帰)。町野も23年夏にドイツ2部のクラブへ完全移籍した。ここ数年で海外へ送り出した選手の数は、J1でも上位と言っていいだろう。

■「海外志向を持った選手はいつか行く」だけに

「若い選手がどんどん移籍しちゃうじゃないですかと言われるけれど、海外志向を持った選手はいつか行く、というのが我々の考えです。ヒデがペルージャへ行ったのは21歳8か月で、彼のように加入から3年、4年は頑張ってもらって、お互いに気持ち良く送り出したい。選手自身のヨーロッパでのステップアップを考えると、22歳までには移籍させたほうがいいでしょう」

大岩剛監督率いるU―23日本代表が、3月にU-23マリ代表と対戦した。パリ五輪出場を決めているマリが3対1で勝利した試合で、3点目を決めたのはウルブス所属のブバカル・トラオレだ。フランス・リーグ1でプロデビュー後にローンでウルブスに加入し、のちに買い取りオプションが行使されている。

U―23アジアカップで日本と対戦した韓国のチョン・サンビンも、22年1月にウルブスと契約を結んでいる。直後に提携先のグラスホッパー・チューリッヒへローン移籍した。度重なるケガの影響でウルブスはチョンを手放すことを決め、23年にMLSのクラブへ放出している。

ウルブスはグラスホッパーとの提携を打ち切ったが、今シーズンはイングランドの他クラブ、スコットランド、スペイン、ドイツ、スイス、ポルトガルのクラブに選手をローン移籍させている。彼らのネットワークを生かした移籍の実現を、湘南も見越している。

■移籍後も選手の動向を追跡するために

日本人選手の海外移籍は、ローンと呼ばれる期限付き移籍からのスタートが少なくない。「最初から完全移籍というのは、なかなかないですね」と、眞壁会長も頷く。

「ローンで獲得してチームにフィットしたら買い取る、と言う。ベルギーのコルトレイクへ移籍した田中聡もそうで、当初は試合に出ていたけれど、監督が代わったらなかなか使われなくなった。それなら戻したほうがいい、という判断をしました。

若月大和もローン移籍でした。2年後には買い取る予定です、その後は上位のリーグのクラブへ移籍させます、という話もありました。そうはならずに戻ってきたのですが、我々が本当に知りたいのはローン先で日々どんな練習をしていて、どんなふうに成長しているのか、です。

ただ、情報のネットワークが少ない。ローンで移籍させた選手を追跡しきれない現状を改善するために、ヨーロッパにネットワークを持つウルブスの力を借りることにしました」

湘南U―18所属のDF小杉啓太が、3月にスウェーデン1部のユールゴーデンIFへ移籍した。攻守にハードワークできる左SBについて、ウルブスは「我々も継続して見ていく」とのスタンスを示した。

「我々のトップチームでは、プロ1年目の石井久継が試合に絡んでいる。小杉と同じく去年のU―17W杯に出場した本多康太郎も、来年は昇格してくる。そういう選手たちも控えているなかで、移籍させたあともしっかりフォローできる態勢を作りたかった。ウルブスと情報共有をするなかで、小杉のこれからも追いかけていけると思います」

■アカデミースタッフの人的交流も

自分たちのチームに合った外国人選手を、自分たちでも獲得できるようにする。ヨーロッパのクラブへ移籍した自チームの選手を追跡し、彼らが豊かなキャリアを築けるようにする。ウルブスとのパートナーシップ締結にはそうした目的があり、眞壁会長は人的交流にも意欲的だ。

「アカデミーのコーチ陣は、本人の希望があればぜひ行かせたいですね。それも、短期ではなく年間単位で。サッカー界がヨーロッパを中心に動いているのなら、そことつながりを持つクラブを増やし、そこで働く日本人を増やさなきゃいけない、と思うんです。中田英寿と遠藤航を輩出したクラブとして、世界で認知してもらえるようにしていきたい。このパートナーシップ締結を、そのきっかけにしたいですね」

プレミアリーグ以外のクラブとの提携も、将来的には視野に入れる。今回のパートナーシップ締結のプロセスでは、ウルブス、オーナー会社のトップと話し合いを重ねていった。信頼関係を構築しており、認識のズレはない。

「ヨーロッパのスタンダードは変わっていきます。情報のキャッチボールをしていかないと、世界からおいていかれてしまう。まずは付き合ってみて、そのネットワークのなかから海外との距離を近づけていく。地理的、時間的なものはどうしようもないけれど、パソコンも電話もあるんだから情報の距離を近づけていくことが、育成を大切にしている我々のようなクラブには大事なんです」

代表クラスの即戦力を補強するわけではないから、すぐに成果が表われるものではない。「時間はかかります」と眞壁会長も言う。

「選手が海外へステップアップするチャンスを、クラブとして持つ。行った選手もきちんとフォローする。それによってまた、高卒や大卒、あるいは他クラブの選手がベルマーレを選んでくれる。育成年代の選手たちが、我々のクラブでやりたいと思ってくれる。そういうサイクルを、作り上げていければ」

5年後、10年後、遠藤航のようなキャリアを築く選手が、湘南から再び輩出されているのか。スケールの大きなプロジェクトが、静かに動き出した。

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