生まれたときから皮膚がむけたり、ただれたりする難病「表皮水疱症」。国内外で治療の研究が進む【専門医】

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表皮水疱症は、遺伝性の皮膚疾患で、ちょっとした刺激などによって、皮膚や粘膜に水疱(水ぶくれ)やただれ(びらんや潰瘍)ができる病気です。現代の医療では根治できる治療方法がないと言われています。
30年以上にわたり表皮水疱症について研究している大阪大学大学院医学系研究科招へい教授 玉井克人先生に表皮水疱症の基本や治療の展望について聞きました。

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生まれてすぐに皮膚にただれなどが。しかし妊婦健診のエコーではわからない

表皮水疱症の新生児の皮膚症状。新生児の皮膚症状では病型診断は困難だが、遺伝子診断により潜性栄養障害型表皮水疱症と診断。(症例写真提供/玉井克人先生)

表皮水疱症は遺伝性の皮膚疾患です。難病に指定されています。

――表皮水疱症は何歳ぐらいから発症することが多いのでしょうか。

玉井先生(以下敬称略) 表皮水疱症は遺伝子疾患なので先天性の病気です。生まれたときに皮膚がむけていたり、ただれ(びらんや潰瘍)などが見られることで診断されることが多いです。
軽症の表皮水疱症の場合には、生まれたときには皮膚に異変はなく、衣服の着替えなどによって肌がすれたり、寝返りなどの動くことによる刺激によって、皮膚に水疱やただれができて表皮水疱症が疑われることがあります。

――妊娠中にはわからない病気なのでしょうか。

玉井 妊婦健診でのエコー画像での診断は困難です。子宮の中では、胎児の皮膚に強い外力は加わりにくいので、水疱はできにくいからです。しかし、上の子が表皮水疱症の場合には、下の子を妊娠したら表皮水疱症を疑って、出生前に遺伝子検査を検討することがあります。ただし出生前の遺伝子検査は「母胎への高いリスク」「誕生後の患児の高いリスク」などでどうしても必要な場合にのみ行われます。

ママ・パパが希望したからといって、すべての人が出生前に検査を受けられるわけではありません。

抱っこや寝返りなどの刺激によって症状が顕著に

足に見られた、表皮水疱症の新生児の皮膚症状。(症例写真提供/玉井克人先生)

表皮水疱症は、皮膚の接着に必要な蛋白を作る遺伝子の変異によって発症し、4つの型に分けられています。

――表皮水疱症の原因や特徴を教えてください。

玉井 表皮水疱症の主な原因は、遺伝子の変異によって皮膚の接着に必要な蛋白(VII型コラーゲン蛋白やケラチン蛋白など)が生まれつき不足していることです。
抱っこや寝返り、衣類とのこすれなどのわずかな刺激や摩擦などによって水疱やびらん、潰瘍ができ、それを繰り返すのが特徴です。

表皮水疱症には、次の4つの型があります。これらの型は、遺伝子検査をすることによってわかります。どの遺伝子にどんな遺伝子変異があるかによって重症度が変わります。

【単純型】 約30%が顕性(けんせい)遺伝型の単純型です。単純型は主にケラチン5、ケラチン14の遺伝子変異によって発症します。ほかの型と比べて比較的症状は軽いのですが、遺伝子変異の種類によっては重症の場合もあります。

【キンドラー症候群】 約7%が潜性遺伝型のキンドラー症候群です。表皮細胞の基底膜への接着にかかわるキンドリン1の遺伝子変異によって発症します。

――表皮水疱症は遺伝性ということですが。

玉井 そうです。顕性遺伝型の場合は、基本的には両親のどちらかが表皮水疱症で、子どもに遺伝する確率は50%です。
また両親に表皮水疱症の症状がない場合でも、両親が共に潜性型遺伝子変異をひとつ持つキャリアーの場合、25%の確率で表皮水疱症の子どもが生まれます。キャリアーとは、症状はないけれども父親由来か母親由来のどちらかの遺伝子に潜性遺伝型の変異がある状態のことです。

片方の親がキャリアーでも、もう片方の親に表皮水疱症の潜性遺伝型変異がなければ、子どもは表皮水疱症にはなりません。ただし生まれた子どもの50%はキャリアーにはなります。

たとえば潜性栄養障害型の原因となる7型コラーゲン遺伝子変異のキャリアーの人は、およそ400人に1人といわれています。400人に1人の母親と400人に1人の父親が出会う確率は16万分の1です。子どもを持つ場合、16万分の1の確率で潜性栄養障害型表皮水疱症の子どもをもつ可能性があるということになります。

また、確率は低いですが、精子か卵子のケラチン遺伝子やVII型コラーゲン遺伝子に突然変異が生じて、子どもが顕性遺伝型の表皮水疱症を発症することもあります。ですので、両親がキャリアーでない場合でも、顕生遺伝型の表皮水疱症の子どもが生まれることもあります。

対症療法しかない表皮水疱症に、少しずつ治療の道筋が

潜性栄養障害型表皮水疱症で前胸部に生じた症状。(症例写真提供/玉井克人先生)

表皮水疱症は現代の医療では根治できる治療法がないと言われています。しかし治療の研究は着々と進んでいます。

――表皮水疱症の治療について教えてください。

玉井 表皮水疱症は、現段階では根治的に治療ができません。そのため水疱ができたら清潔な針で刺して中の滲出液を抜いたり、指同士がくっつかないように指を1本1本包帯で巻いたり、保湿をするなどのていねいな対症療法をすることが大切です。水疱が大きくなってしまうと大きな潰瘍を作ってしまう可能性があるので、水疱を見つけたらなるべく早く対処すること、細菌感染の合併など定期的な全身のチェックが必要になります。

――治療の研究は進んでいるのでしょうか。

玉井 近年、表皮水疱症の中で50%以上を占める栄養障害型の治療については研究がかなり進んでいます。
アメリカでは栄養障害型の表皮水疱症の塗り薬が承認されました。承認されたのは、正常な7型コラーゲン遺伝子を組み込んだヘルペスウイルスをゲルの中に取り入れ、それを皮膚に塗ることで、正常な7型コラーゲン蛋白を補充するという薬です。この薬については日本でも治験が進んでいます。

また私のチームでは、表皮水疱症の患者さんの皮膚の再生に着目して、20年にわたり研究を行ってきました。
水疱の中には浸出液がたまるのですが、その中に皮膚を再生する幹細胞を増やす「HMGB1」という蛋白が含まれていることがわかりました。このHMGB1を注射で体内に取り入れて幹細胞を増やすことで皮膚の再生能力が高まって症状が軽減されることが、栄養障害型表皮水疱症の患者さんを対象とした臨床試験(治験)で見えてきました。これは世界初の治療法です。今、効果の再確認のための治験を行っているところです。

また水疱の中には、HMGB1蛋白の作用で皮膚を再生する幹細胞が集まっています。水疱の中に集まった幹細胞を取り出して、7型コラーゲンの遺伝子を注入し、再び水疱に戻すことで、VII型コラーゲンを皮膚が取り戻すという根治的な遺伝子治療の研究も進めています。数年以内に治験をスタートする予定で準備を進めています。

――アメリカで表皮水疱症の薬が承認されたということですが、全世界でみられる病気なのでしょうか。

玉井 全世界でみられる病気です。表皮水疱症の患者さんは10万人に1人と言われています。日本に1000人程度の患者さんがいると考える所以です。

表皮水疱症の子どもは優しい心を育む。優しい心が育つ土台はケアを通した親子のスキンシップ

玉井先生は、30年にわたり表皮水疱症の患者さんを診ることで、気づいたことがあるそうです。それは日々のケアがもたらす子どもの心の成長です。

――ほかにも表皮水疱症の研究は進んでいるのでしょうか。

玉井 私は30年にわたり表皮水疱症の患者さんを診察しています。現在大阪大学皮膚科には毎年120人を超える表皮水疱症の患者さんが受診されています。まったく治療法のなかった昔は、家に引き込もってしまう患者さんもいました。また見た目でわかる病気なので、いじめにあったという患者さんもたくさんいました。

しかし表皮水疱症の患者さんたちは、本当に前向きで優しい人ばかりです。
私が以前、出会った患者さんの話をさせてください。この人は、私の患者さんでしたが、私が今も心から尊敬している男性です。
最初に会ったとき、彼は中学生でした。重症な栄養障害型表皮水疱症の症状の1つですが、指同士がくっついて棒状になってしまっていて、衣服の着脱などは介助が必要な状態でした。大学生のときに皮膚がんを発症して、本当に残念なことに、数年前にお亡くなりになってしまいました。でも、どんなときも明るくて前向きな人でした。

亡くなる2カ月前にも自宅でお会いしたのですが、皮膚がんの治療でつらいのに「先生、よく来てくれたね~」と笑顔で迎え入れてくれました。まったく有効な治療法を提供できない私に嫌な顔1つせずに「気にしないで! 先生、研究を頑張ってください」と明るく声をかけてくれました。両親に聞くと、家庭でも弱音を吐くことはまったくなく、最後まで家族に気づかいすら見せていたと言います。寛容な心で他者を受け入れる姿に、私は彼とお会いするたびに心を打たれていました。

その後に出会った多くの表皮水疱症の患者さんも同様で、なぜこんなにつらい病気なのに、前向きな気持ちで、優しく他者を受け入れられるのだろう? と思い、その理由をサイエンスで明らかにしようと考えました。
私の仮説は、親とのスキンシップの重要性です。表皮水疱症の子どもは、健康な子どもの何倍も親とスキンシップをします。毎日何時間もかけて全身の水疱から水を抜き、軟膏を塗り、ガーゼで保護し、包帯を巻きながら、両親から「よくなれ、よくなれ」と心をこめたスキンシップを受け続けるのです。そうした愛情のこもったスキンシップが脳への強い愛情刺激になり、他者を受け入れる優しい心を育てるのだと確信しています。「皮膚は他人を受け入れる“心”をはぐくむ臓器である」という表皮水疱症の子どもたちとその両親から学んだ仮説を科学的に証明するための研究を、現在大阪大学で進めています。

他者を受け入れる優しい子どもたちを育てることは、家庭や学校、社会に平和をもたらすだけでなく、世界平和にもつながるのではないでしょうか。大げさではなく私は「親子のスキンシップは地球を救う」と信じているんです。

お話・監修・写真提供/玉井克人先生 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部

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玉井先生は「表皮水疱症はつらい病気です。患者さんや家族に病気のことを説明しても、根治治療ができないためつらいことしか伝えられません。しかし少しずつ治療の道筋が見えてきました。医療の進歩に期待してほしい」と言います。

監修/玉井克人先生(たまいかつと)

PROFILE
大阪大学大学院医学系研究科招へい教授。1986年弘前大学医学部卒。90年同大学大学院医学研究科博士課程修了。弘前大学医学部皮膚科助手などを経て、91年米国ジェファーソン医科大学皮膚科留学。2003年大阪大学大学院医学系研究科遺伝子治療学助教授、04年同准教授。10年同研究科再生誘導医学寄附講座寄附講座教授。23年10月より現職。専門は再生医学、遺伝子治療学、皮膚科学。

●記事の内容は2024年4月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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