ボーダフル・ジャパン 第2部 第2話「私の愛したセブン」

ライダーがトランポリンやチャンバラを見せ場とする等身大の活劇とすれば、幼心を最初につかんだのは、ウルトラシリーズ、とりわけ巨大化してモンスターと闘う超人たちの特撮に違いない。だが、私はライブでウルトラシリーズをみた覚えはあるものの、中身は全く覚えていない(ウルトラマン上映時、4歳)。すべて記憶は再放送やDVDによるものだ。

ウルトラQ:小さな英雄

初発のウルトラQは超人が出てこない、人間の闘いを描いたシリーズ。石坂浩二のナレーションで有名だが、私が好きなのは「バルンガ」。あらゆるエネルギーを吸収し巨大化していく雲のようなモンスターだ。あわや地球は破滅と思われたとき、バルンガは突然、新しい餌だと気づいた太陽へと向かう。石坂の最後の語り、「明日の朝・・・空に輝いているのは太陽ではなくバルンガかもしれません」というフレーズに痺れた。

また、最終回「あけてくれ!」は異色の作品だが、天本英世(死神博士)が芥川龍之介ばりの風貌で出てくるのがカッコいい。

ウルトラマン:悪と闘う正義の超人

続くウルトラマンは、ストーリーは工夫されていたものの、わりと敵と味方がはっきりとわかれ、子供にわかりやすいつくりとなっていた。それでも実相寺昭雄の作品はそう単純ではなかった。宇宙へ挑戦し帰還した人間ジャミラが、単なるモンスターとして抹殺される「故郷は地球」や、怪獣たちを追悼する「怪獣墓場」は実社会の闇を巧みに描いていた。

2007年、米国にいた頃、DVD「ウルトラマン」を購入。200ドル程度で全話収録かつ英語吹替や字幕付きのお宝だ。何度も視聴したものの、オープニングの唄の冒頭(英語)がいつも「ふとっちょねえ、ふとっちょねえ」と聞こえる。どうしてもわからないので、友人のネイティブにオープニングをディクテーションしてもらった。なんと「ウルトラマン」と言っているらしい(まるで空耳アワー!?)。

Ultraman, Ultraman (胸につけてる)
Here he comes from the sky (マークは流星)
Ultraman, Ultraman (自慢のジェットで)
Watch our hero fly (敵をうつ)

In a super jet he comes (光の国から)
From a billion miles away (僕らのために)
From a distant planet land (来たぞ われらの)
Comes our hero, Ultraman (ウルトラマン)

(協力:エドワード・ボイル 国際日本文化研究センター准教授)

ウルトラマンDVD(英語版)## フィクションとしての特撮ロケ

さて、1960年代なる時代制約、まして特撮ならではのスタジオ撮影とくれば、おのずからロケは限られる。ほとんどが東京近辺、せいぜい小田原、河口湖あたりまで。遠征は大阪が関の山だった(「怪獣殿下」)。ウルトラセブンも同じ。京都や神戸止まり。関西出張のタイトルが「ウルトラ警備隊西へ」。東京から関西に行くのも当時は大旅行だったのだろう(かつ遠征ロケは対費効果か、前後編もの多し)。

驚いたのは、フルハシ隊員(毒蝮三太夫)にスポットを当てた「北へ還れ」。舞台は北海道という設定だが実は朝霧公園だ。当時は九州や北海道にロケなど考えられなかったのだろう。私が仮面ライダーを好きな理由もこの全国ロケにある。

ウルトラシリーズのロケ地ハンター

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ウルトラセブン:苦悩する宇宙人

ところで、ウルトラセブンは、単なるScience Fiction(空想科学)ではない。むしろ、Speculative Fiction(思索をめぐらせた創作)と言った方がいい。ロケがなくても、セブンは様々なボーダーを自由に乗り越える。それは地下や(半)宇宙、人体といった空間や時間の流れのみならず、人間の「常識」をも解体する。

日本のアニメや特撮(事例は無数だが、私の好みをあげれば、Zガンダム、タイムレンジャー、仮面ライダー555など)が、敵か味方かの二分法を超え、グレーな世界で敵と味方が絶えず入れ替わるような深いストーリー構成を常套としていく端緒こそ、私はウルトラセブンだと考える。

侵略者は人類

誰もがその代表作とあげる、沖縄出身の金城哲夫脚本による「ノンマルトの使者」。ここでは人類が「侵略者」であり、地上の支配を通じて先住民を海底に駆逐した様相が描かれる。人類により超兵器の実験場とされた星から地球へ復讐に来たモンスターを、より強力な兵器で迎え撃とうとする有様を主人公のダン隊員(ウルトラセブン)が「血を吐きながら続ける哀しいマラソン」と称した「超兵器R1号」。

また、被ばくのことを取り上げたが、描き方が不適切として欠番となった「遊星より愛をこめて」(実相寺昭雄監督)など、いまの社会を疑い、世の不条理を問いかける作品群が相次いだ(それゆえ、子供には難解で、視聴率的には苦闘した)。

今ではyoutubeで視聴できるウルトラセブン・第12話

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小学校の時に買った特集本(既に第12話は消えている)## 「ダークゾーン」

私が最も好きなのは「ダークゾーン」のペガッサ星の話。ウルトラ警備隊にあるアンヌ隊員(菱見百合子)の個室が舞台となることで注目されがちだが、セブンが最後の一瞬しか出てこないなど、ほぼストーリーだけの展開だ。

ペガッサ星の軌道制御装置が故障し、地球に衝突しそうになり、その警告のため、ひとりの星人が地球に派遣されアンヌの部屋に現れる。ダンとの会話が興味深い。「へりくだるなよ、地球人も立派な宇宙人じゃあないか」。友好的な会話が弾む。

彼は故障が直るまで、地球に軌道を変えてほしいと要請。だが地球人にそんな技術がないことがわかると、険悪なムードへと陥る。ウルトラ警備隊はこの話を聞き、最悪の事態に備え、ペガッサ星を爆破することを計画する。

友と敵にわかれるとき

だが、地球人ではないダン隊員はペガッサ星人の事情を考慮し、地球への移住を提案。警備隊は一定の猶予を与えるものの、結局、ダンの呼びかけを無視し、先にペガッサ星を破壊する。

ひとり取り残された星人はそんなことをつゆも疑わない(無線が故障していたとか)。もとより、自分の星の軌道も変えられない「野蛮人」にそんな力があるはずはないし、ペガッサの計算では衝突回避までまだ時間があり、最悪の事態を自分たちの科学力で回避しうると期待していたからだ。

だが、ペガッサは先に破壊されていた。怒った星人はセブンに挑戦するも、敗退。その後のダンとアンヌによる、暗闇のなかの高笑いには戦慄すら覚える。

私のセブン・グッヅ## 世界はボーダフル

私はこの回をしばしば授業で学生に視聴させる。国際関係における相互不信と(核兵器による)先制攻撃への誘惑、そして攻撃抑止のための開発競走(「哀しいマラソン」)が続く現実。勝利した側は「高笑い」。グレーな様相が、友と敵に分かれ、最後は生存を賭けて闘う、国際政治のリアリズムがこのフィクションには凝縮されている。

友と敵を冷酷に峻別するボーダーは危機のときにこそ可視化される。それを「ダークゾーン」として、いかに封じ続けるべきか、いまの時代を考えるヒントが作品群のなかに無数に隠されている。

今回はしんみりとしてしまった。まあ、SFとはそういうものだ。

番組で巡るボーダーフル・ジャパン。ライダー、ウルトラと来れば、次回はもちろん、アレ。シン・・・。

(これまでの寄稿は、こちらから)

寄稿者 岩下明裕(いわした・あきひろ) 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

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