『フォロウィング』から『カメラを止めるな!』まで 低予算映画ならではの制約と工夫に迫る

第96回アカデミー賞は前哨戦の結果通り、順当に『オッペンハイマー』が作品賞を含む7部門を受賞し、最多受賞作となった。クリストファー・ノーランは晴れて「無冠の帝王」の地位を返上し、「アカデミー賞監督」という新しい称号を手に入れた。彼の監督としてのキャリアもデビューから四半世紀を数えている。喜びも一入だっただろう。

ところで、ノーランは現代を代表するビッグバジェット映画を手掛ける制作者だ。彼が『ダークナイト』(2009年)以降に発表した監督作は、すべて製作費が1億ドルを超えている。日本円にすると記事執筆時点のレートで約153億である。日本映画が10億円で「大作」扱いされることを考えるとまさに「桁違い」である。

製作費1億ドル越えはハリウッド大作でもそう多くはなく、高額製作費ランキングの上位を見ると、その多くが『アベンジャーズ』『ハリー・ポッター』『スター・ウォーズ』『007』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『ワイルド・スピード』『バットマン』などの人気シリーズや人気原作作品で占められている。出資者からしてもそのような手堅い企画の方が利益が上がる見込みも高く、これは当然の結果と言えるだろう。ノーランの凄いところは、『インセプション』『ダンケルク』『インターステラー』『TENET テネット』など、オリジナル作品でも製作費1億ドルを集めていることだ。それだけノーランのフィルムメーカーとしての信用度が高いのだろう。

さて、そんな超ビッグバジェット作品が今では当たり前のノーランだが、そのデビュー作は意外なことに「桁違い」に「安かった」。

4月5日よりHDレストア版が公開中のノーランのデビュー作『フォロウィング』の製作費はたったの3000ドルである。記事執筆時点のレートで約46万円、「給料が上がらない」と言われる現代日本の平均月収が約30万円なので、一般労働者の平均月収1.5カ月分に過ぎない。

低予算で作られた映画に授与されるインディペンデント・スピリット賞はインディペンデント系映画の最高峰のアウォードだが、その規定はポスト・プロダクションを含む制作費が2000万ドル以下である。今日のレートに直すと約30億円になる。日本映画の基準だと十分に高額だが、日本映画とハリウッドは市場規模が全く異なることは留意しておくべきである。『フォロウィング』は同じく、イギリスのインディペンデント系映画の最高峰、英国インディペンデント映画賞でプロダクション賞候補になっているが、こちらの基準は予算1000万ポンド未満である。現在のレートに直すと約19億円だ。参考までに挙げておくと、2023年のインディペンデント・スピリット賞の作品賞受賞作『パスト ライブス/再会』は製作費1200万ドル(およそ18億3000万円)である。『フォロウィング』は世界的に商業公開されているが、世界的に商業公開された映画としては信じられないぐらい安いことがお分かりいただけるだろう。

何を隠そう、筆者は本業の傍らインディーズ映像制作者でもあり、低予算映画の作り方には一家言あると自負している。筆者が制作・脚本で参加した『正しいアイコラの作り方』が2月に東京で公開され、以後、順次全国で公開予定である。同作の製作費は『フォロウィング』ほど安くはないが、過去に同程度の予算での映画制作を経験済みである。今回は筆者の経験から、『フォロウィング』をはじめとする低予算映画にみられる、低予算ならではの制約、工夫などを綴っていきたい。

■『フォロウィング』に見られる低予算ゆえの制約

本稿執筆のため、『フォロウィング』の本編を見返したが、やはり低予算ゆえに商業映画ではありえない箇所が見受けられる。ビル(ジェレミー・セオボルド)とコッブ(アレックス・ハウ)がカフェで会話をしているシーンなどその極端な例で、空調と冷蔵庫の音と思われる雑音が入っている。空調と冷蔵庫は撮影中に切るのが常識なので、カフェのオーナーに許可が取れなかったのだろう。

また、このシーンはほとんどが会話している2人の表情の切り替えしショットのみで構成されている。エキストラを十分に揃えられなかったので、店内全体を映す広い画が撮れなかったのだろう。エキストラがいないと、動きがコントロールできない、不自然に客がカメラの方を見てしまうなどの問題も起きる。また予算が十分にないと、美術の作りこみができないため、その場に物が足りず、場がスカスカになってしまう問題が起きる。

そういった問題回避のために、「狭い画で構成する」は低予算映画で取られがちな手法である。何にどこまで金がかかったのかは不明だが、『フォロウィング』は全編が16mmフィルムで撮影されている。ノーランはアナログ人間で、一回り年上のデヴィッド・フィンチャーが最新のデジタル技術を積極的に導入しているのに対し、CG嫌いで現在もフィルム撮影にこだわっている。フィルムはデジタル媒体と違い、撮り直しがきかない。回した長さの分だけ経費が掛かる。あくまで推測だが、製作費のかなりの部分がフィルム代だったのではないだろうか。

■『エル・マリアッチ』に見られる低予算ゆえの制約

同じような制約からきたものと思われる部分が、ロバート・ロドリゲス監督の『エル・マリアッチ』にも見られる。同作はロバート・ロドリゲスのデビュー作だが、こちらも製作費は7000ドル(約100万円)と超格安である。

『エル・マリアッチ』は全体的に手持ちカメラと狭い画が多い。カメラを三脚に固定して撮る「フィックス」は撮影の基本だが、三脚に固定してセッティングするのは手持ちでフレキシブルに撮るよりもセッティングに時間がかかる。撮影時間の短縮も低予算映画では重要な課題である。

広い画にすると「映り」を気にする範囲が広くなる。言い換えるとより広い範囲の美術を作りこむ必要があるし、エキストラが集まらないと画面がスカスカになる。狭い画を選択すると低予算ならではの物量の少なさはある程度ごまかせる。その点、『フォロウィング』とよく似ている。

また、同作は3点照明理論のフィルライト(補助光源、押さえ、レフの役割)が効いていないのか、室内シーンでは顔以外が真っ暗である。恐らくは低予算ゆえに照明機材が不十分だったのだろう。

『エル・マリアッチ』もフィルム撮影である。16mmなのか35mmなのか判然としなかったが、おそらく16mmフィルムだろう。『フォロウィング』より10分以上長い81分なので、製作費がより高くなるのは必然だったのであろう。

■低予算ならではの工夫 ソリッドなシチュエーション

低予算映画についてまわる問題、それは「用意できるものが限られる」ことである。 「用意できるもの」には「ロケ地」も含まれる。

『フォロウィング』と『エル・マリアッチ』は共通して、ほとんどの場面が「室内」と「路上」で構成されている。理由は簡単で、許可が取りやすいためだ。

室内は友人、親戚、知人などの伝手があれば善意で許可がもらえる。路上撮影は本来は道路使用許可が必要だが、路上撮影を無許可のゲリラ撮影でやることは商業映画でも度々ある話である。もちろん、場の用意に費用はかからない。

『フォロウィング』は「尾行」、『エル・マリアッチ』は「小さな田舎町での逃走」とシチュエーションを絞っている。ノーランもロドリゲスも共に優秀な脚本家・演出家であり、シチュエーションを絞っても十分に成立する物語を構築している。

また、双方に共通しているのは「サスペンス」であることだ。狭い画は映る部分を限定してしまうが、それと同時に狭さからくる心理的圧迫感がある。心理的圧迫感を感じさせるビジュアルはサスペンスにぴったりである。ハンガリー映画『サウルの息子』は敢えて4:3の縦長画面にして、狭い画を多用し絶大な演出効果をあげていた。同作も製作費は150万ユーロ(約2億4400万)に過ぎず、世界的に公開された商業映画としてはかなり低予算な部類に入る。

ノーランとロドリゲスは共に、自ら撮影と編集も兼任している。テンポの良い編集と、小気味の良いカット割りで物量が少ないなりの制約のある中、魅せる演出をしている。

このソリッドなシチュエーションは他の超低予算映画でもよく見られる手法だ。

驚異的な利益率を上げた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、製作費6万ドル(約920万円)で『フォロウィング』と『エル・マリアッチ』に比べると高額だが、こちらも格段に安い。同作は場を魔女伝説が伝わる森の中に限定している。『パラノーマル・アクティビティ』はもっと極端で、場のほとんどが一軒家の中に限られる。監督の自宅で撮影されており、製作費は1万5000ドル(約230万円)に過ぎない。これらの超低予算映画に比べると高額だが、ほとんどの出来事が鎖につながれたバスルームの中で起きる『ソウ』もソリッドなシチュエーションの作品である、同作の製作費120万ドル(約1億8300万円)も商業映画としては格段に安い部類に入る。「低予算」なはずの『パスト ライブス/再会』の10分の1である。

場が限定されることから逆算して話や見せ方を考える。これは低予算で見せるための重要な工夫と言えるだろう。

■人件費の問題&有名俳優不在の映画

ダニエル・クレイグが『ナイブズ・アウト』の第2弾&第3弾で受け取るギャラは1億ドル(約153億円/配信契約料込)らしい。超低予算映画の制作者からしたら天文学的な数字である。

筆者が本稿で取り上げる作品に彼のような有名俳優の出演はない。ギャラについてははっきりとして記録が公開されていない場合が多いのだが、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の主演3人が受け取ったギャラは1000ドル(約15万円)だったという。他の超低予算映画についてもギャラは推して知るべしのレベルであろう。

極端な例だと、製作費300万円の超低予算映画ながらわが国で異例の大ヒットとなった『カメラを止めるな!』はノーギャラである。同作は監督、俳優養成スクール・ENBUゼミナールの実習の一環であり、キャストはギャラが発生するどころかENBUゼミに受講料を支払って出演していたとのことだ。

『フォロウィング』はテレビシリーズである程度の名前の知れたジョン・ノーランという俳優が出演している。これにはからくりがある。名前から想像がつくことと思うが、ジョン・ノーランはクリストファー・ノーランの親戚・叔父にあたる。友情出演ならぬ“親族出演”だったのだろう。余談だが、ジョン・ノーランはクリストファーの弟、ジョナサン・ノーランが製作総指揮を務めた『パーソン・オブ・インタレスト』にも出演している。こちらはビッグバジェットのテレビシリーズなので、それなりの額のギャラが支払われたことだろう。ドキュメンタリー映画の『デート・ウィズ・ドリュー』には有名俳優のドリュー・バリモアが出演しているが、同作の製作費は『フォロウィング』よりもさらに安い1100ドル(約17万円)である。まず間違いなく、善意の友情出演だろう。

『フォロウィング』主演のジェレミー・セオボルドと『エル・マリアッチ』主演のカルロス・ガラルドーは、製作に名を連ねている。推測だが、ヒットしたら見返りが発生するかわりに製作費に出資していたのではないだろうか。ジェレミー・セオボルドはノーランがメジャーデビューしてから、『バットマン ビギンズ』と『TENET テネット』に顔見せしている。カルロス・ガラルドーは『エル・マリアッチ』のセルフリメイク作品『デスペラード』に出演している。『デスペラード』の製作費は『エル・マリアッチ』の1000倍である。

『カランコエの花』は製作費不明(監督が知人なので何となく聞いたことはあるが)だが、こちらも超低予算作品だ。当時無名だった今田美桜と笠松将が出演しているが、ご存じの通り彼らは今や売れっ子である。ギャラの額は不明だが、少なくとも当時は高くはなかったのは確かである。彼らのギャラは格安か、またはゼロだった可能性もあるが、後に見返りは十分に受け取ったことだろう。

また、超低予算映画は監督が複数のポジションを兼ねていることが珍しくない。商業映画では監督は監督のみに専念するか、あっても製作・脚本を兼任する程度で、自分で編集をするぐらいはあってもいくつもポジションを兼ねることは稀である。スター俳優出身の監督の場合、自ら出演する場合もあるが。

ノーランとロドリゲスは自身で監督・製作・脚本・撮影・編集を兼任している。監督が複数ポジションを兼ねる理由は、言うまでもなく人件費を抑えるためである。最も働いたのは間違いなく監督自身だろう。

なお、ノーランがほぼ超ビッグバジェット専門のようになっているのに対し、ロドリゲスは有名になってからも超低予算映画『RED 11(原題)』を製作している。同作の製作費は7000ドル(約100万円)である。ロドリゲスは監督・脚本・原作・製作・撮影・編集・音楽を兼任している。

■口コミによる宣伝

映画はビジネスである。劇場で公開となった場合、製作者は観客を呼ぶ方法を考えなければならない。そこでも超低予算であることが制限になる。

筆者がとある商業監督経験者に聞いた話だが、その監督が手掛けた商業映画は予算9000万円のうち、4000万円が宣伝費だったとの話だ。宣伝は映画ビジネスにおいて重要な要素であり、中身と大差ない予算をかける価値があるということだ。

超低予算映画の場合、大々的にプロモーションすることは予算的に不可能である。となると、頼りになるのは「足で稼ぐ営業」と「口コミ」の二つである。その二つで異例の大ヒットとなったのが『カメラを止めるな!』だ。筆者は、自作が最初に劇場にかかった時に、『カメラを止めるな!』関係者から話を聞く機会を得た。話では、出演者総動員でチラシを配る人海戦術に出たとのことだ。

口コミで広まるにしても、友人、知人、親戚でも構わないので、まずはある程度の人数に観に来てもらわなければならない。チラシ配りと前売り券の手売りは泥臭いが、有効な手段であり、インディーズ映画の宣伝ではよく使われる手法である。最終的に、『カメラを止めるな!』は口コミで評判が広がり、異例の大ヒットとなった。インディーズならではの制約が発生する宣伝手法で最大効果を発揮した例だろう。

(文=ニコ・トスカーニ)

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