登山初心者こそ漫画『山を渡る』を読むべし 解説も豊富な登山入門の決定版

山の歩き方、道具の修理方法、安全に山を楽しむための心構えまで教えてくれる、登山漫画の決定版を今回は紹介!

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

第三十景目は『山を渡る -三多摩大岳部録-』です。

5月は新緑が盛りを迎え、 適度に暖かく初心者でも山へ足が向きやすい時期。KAI-YOU編集部にもゴールデンウィークに某山を登る計画を立てているメンバー外部リンク)がいて、道具選びやリサーチで何やら楽しそう。

そんな準備の楽しさ、道具選びのポイント、低山でのハイキングからハードなクライミングに沢登りまで取り扱い、何より山への愛が詰まった本作を、いま読むべき漫画として紹介します。

空木哲生による登山漫画『山を渡る -三多摩大岳部録-』とは?

『山を渡る -三多摩大岳部録-』(以下『山を渡る』)は、自らも山に登る作者・空木哲生さんによる漫画です。

KADOKAWAの漫画誌『ハルタ』で、2018年3月から連載中。関東の某県にある大学の歴史ある山岳部を舞台にしています。

主な登場人物は6人。虚弱体質、文学少女、ゲーム狂いと個性豊かな登山経験皆無の新入生3人組。そして、登山経験が豊富でクライミングや沢登りもやるガチ勢の先輩3人組です。

学園部活モノの例によって、新入部員が入らなければ活動停止となる危機を迎えた山岳部に、何の因果か、特に運動をしてこなかった新入生3人が加入することに。

素人である新入生組を、ガチ勢の先輩組が導く構図になっており、初心者と経験者、2つの視点から山の魅力を描き出しています。

新入生組が体験入部として初めて登る高尾山や、天国と地獄を味わうことになる大山(神奈川県)。先輩組が1話で登頂に成功した八ヶ岳連峰の横岳など、実在する山々が登場し、どのような山なのかといった解説が随時差し挟まれる点も特徴です。

※以下から具体的な内容にも触れていきます。未読の方はご留意ください。

修理の方法まで言及 登山用品の解説が豊富!

登山に必要な道具の解説に力を入れているのも本作の特徴となります。

主に序盤で新入生組が道具を揃え、使い方を覚えていくパートに解説が集中しており、漫画で知る登山入門編のような読み味です。

例えば、新入生組が入部に当たって用意する、登山者の三種の神器として挙げられる雨具登山靴ヘッドランプ(あくまで本作の山岳部における三種の神器)の解説は詳細です。

山の天気は変わりやすいとは誰もが耳にしたことのある言葉でしょう。そのため雨具は必須。雨だけでなく、あらゆる天候から身を守る鎧です。作中ではTHE NORTH FACEMont-bellなど定番ブランドのレインウェアが登場します。

本作が秀逸なのは、新入生たちがただ雨具を買うのではなく、部室に置かれて廃棄を待つばかりであった使い古しを修理することで、雨具を調達するところです(高額な登山用品を買うお金がないという事情がある)。

破れていたり撥水加工が薄れているボロを、補修シートなどを駆使して使えるレベルまで直していくパートは、そのまま雨具を修理する方法の解説にも繋がっており、上手い構成になっています。

また、登山靴を手に入れるパートでも同様で、これまた使い古しを丁寧に磨いていくことで自分だけの一足をゲットします。

この過程は、泥団子を磨くことに夢中になった童心を思い出させるという描写と重ねられており、自分だけのモノを手に入れる根源的な喜びを活写した、素敵なエピソードになっています。

残るヘッドランプのほかにも、これぞ登山!なイメージのあるザックにテント、寝袋、バーナー、コッヘルと一通りの登山用品の解説があり、見ているだけでちょっと登山してみたいかも……と楽しくなってきます。

初心者に向けた登山のコツや安全性の描写も充実

肝心の登山のシーンはどうかと言えば、これまた詳しく丁寧です。

特に油断すれば大怪我や死のリスクすらある登山をテーマにする作品だけに、登山におけるコツや安全性については、シチュエーションを変えて繰り返し言及されます。

「その場の雰囲気に流されて行動しない事 街じゃ人の同調に流されても何とかなるが 山じゃ取り返しのつかない時がある」(出典:9話「ホームマウンテン」より)というような、印象的な言葉も多いです。

具体的なエピソードとしては、山岳部の6人が揃って初めての活動で訪れる高尾山編。

新入生組へのアドバイスとして、山の歩き方の基本である歩幅を狭くする歩法(膝の上げ下げを最小限にすることで疲労を抑える)や、疲れていても顔を上げて空気を肺に取り込みやすい姿勢を意識することなどが語られます。

あるいは新入生組だけでの登山で、経験と知識不足からあわや遭難かと冷や冷やする展開は、先輩組に人災と喝破されたり(反面教師にしましょう)。

では、先輩組がいつでも正しく動けているかと言えば違います。難所の岸壁への登攀では、安全のために欠かせない支点がなかなかつくれない場面があり、新入生たちの前では常に頼れる先輩たちが苦戦する様子が印象的です。

また、悪天候を理由にゴール目前で引き返す決断を下す場面では、登頂成功への切望を押し殺してでも、安全を絶対的に優先する原則が、重要な心構えと共に描かれています。

未経験者も山好きも楽しめる登山漫画の名作

登山のシビアな面を忘れずに、本質的には山を登る楽しさを教えてくれるのが『山を渡る』です。

みんなで登山の計画を立てるためにワイワイと議論を交わす準備から、実際に山を登って景色や食事を楽しむところまで、登場人物たちの笑顔が尽きません。

できなかったことができるようになる喜び。新しい道具を試したくなる好奇心。四季の移り変わりを肌で感じる爽快感……!

山を登ることにまつわる喜びにフォーカスを当て続ける本作は、未経験者を山へ誘い、山好きを得心させる、山への愛情が全編に詰まっている名です。

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