80歳・年金月16万円…全財産整理して自ら老人ホームへ入った母「あの子のこと、助けてね?」娘夫婦、自宅玄関にチラつく人影に顔面蒼白

(※写真はイメージです/PIXTA)

だれもが経験する親の終活と相続。親自らが資産整理を行い、老人ホームの入居を決意すれば、子どもたちは介護の心配がなくなり、安心だ。しかし、メリットばかりのように見える着地にも、思わぬトラブルが潜んでいることもある。実情を見ていく。

「いざとなれば家を売るから…」持ち家率8割、高齢者の強み

近年クローズアップされている「親の老後」の問題。核家族化が進んでいる現状では、昭和時代のような「家族ぐるみでの介護」はむずかしく、年取った親が自発的に老人ホームを選択し、入居するケースも増えている。

平成バブル以降の「失われた30年」の間、中年世代から若年層の多くは、資産形成もままならず、苦しい思いをしているわけだが、団塊の世代から先はバブルの恩恵に浴しており、それなりの資産を保有・年金を受給している人たちも多い。

なかでも特筆すべきは持ち家率の高さだ。日本では現在も持家が6割との統計があるが、持ち家率は年齢が上がるごとに上がり、高齢者の持ち家率は8割ともいわれている。

持ち家は高齢者の切り札でもある。いざとなれば売却し、老後の生活資金に換えられるからだ。

しかし、親の遺産を当てにしている子どもがいる場合、「親の実家売却=遺産の減少」になるため、トラブルになることもある。

相続トラブルを回避するため、生前からの話し合いを勧める専門家も多いが、実際には簡単ではないようだ。株式会社エス・エム・エス『親の終活に関する意識調査』によると、『相続について不安がある』と回答した人が67.6%と、7割弱にものぼるが、「親と終活について話したことがある人」は33.6%に過ぎない。

「なぜ親と話し合っていないのか」との問いの回答の最多が、「切り出しにくい、話しにくい」の42.4%。親が元気なうちから「亡くなったあと」のことについて切り出すのは、やはり気が引けるということか。

「老人ホームに入居する」母の決断に、40代娘が安堵したワケ

横浜市在住の40代女性は、80歳でひとり暮らしをしている母親のほうから、今後の生活と自分亡きあとについて報告があったという。

「ママは、老人ホームに入ることにしたの。あなたの足手まといにはなりたくないから。あの家は売ってしまうけれど、悪く思わないでね」

女性は夫と二馬力で働いており、すでにローン返済がすんだ、夫と共有名義の自宅もある。夫婦には子どもがいないが、自分たちの老後に備えた資産形成も順調だ。女性も夫も、母親の決断を快諾した。

「正直なところ〈もし介護が必要になったらどうしよう〉という不安はありました。でも、母から老人ホームに入るといってくれて、安心しました…」

実は、女性が母親の老人ホーム入居に安堵したのには、もうひとつ理由があった。

「独身で非正規の兄がいるのです。実家があって母がいる状態だと、いつ甘えて戻ってくるかわかりません。実家を手放して母が老人ホームに入ったら、兄は甘えるところがなくなりますからね。頑張って働くでしょう」

土曜日の午後、夫婦の自宅玄関に立っていたのは、まさかの…

母親が目星をつけていた複数の施設を、女性が入居費用等の条件をもとに選別し、候補として残ったところを一緒に見学。最終的に母親が気に入って入居を決めた施設は、実家からもほど近い、月額16万円のこじんまりしたところだった。並行して行っていた自宅の売却も、ほぼ希望価格で着地。とんとん拍子に進んだ。

「お食事がおいしいわ」「お友達ができたのよ」…女性は、母親から送られて来るラインの文字と、恐らく施設のスタッフが撮影してくれていると思われる、笑顔の母親の写真に安堵した。

株式会社LIFULL senior/「LIFULL 介護」による『介護施設入居に関する実態調査 2023年度』によると、「施設を見学した時期」で最も多かったのが「入居する2~3ヵ月前」で26.6%。また「比較検討し始めた時期」「入居するかどうか検討し始めた時期」の最多も「入居する2~3ヵ月前」で、それぞれ25.6%、19.3%。多くのケースで、見学から3ヵ月程度でホームに入居している。

また見学した施設数は、最多は「2ヵ所」で30.0%、「1カ所」が26.5%。ある程度絞り込み、ここは…と思うところを見学して入居を決める人が多いようだ。

ひとり残っていた母親の終の棲家が見つかり、肩の荷が下りた女性。

「ねえ、あなた。私、ワンちゃん飼いたいな~」

「そうだなぁ。毎朝散歩したら、健康にもいいだろうしな」

土曜日の午後、夫婦でランチを食べながらたわいない会話を交わしていたところ、インターフォンが鳴った。

「はーい」

女性が受話器を取り上げると、聞き覚えのある声が。

「俺だけど…」

「お兄ちゃん!?」

女性が受話器を握りしめたまま振り返ると、夫も呆然とした表情で、椅子から立ち上がっていた。

細く玄関ドアを開け、二人羽織のようなポジショニングで2人が顔を出すと、玄関ポーチに立っていた女性の兄はうつむきながら、

「実は2カ月前に失業して、アパートの家賃が払えなくなった…」

と、ポツリ。

ボストンバッグをぶら下げ、ションボリしている兄を追い出すわけにもいかず、女性と夫は家に上げた。

「ママの老人ホームのことを相談したとき、俺は大丈夫だっていったじゃない!?」

「あのときは、そう思ったんだけど…」

もし実家が残っていて、母親がそこにいたら、このような展開はなかった可能性は高いだろう。しかし、それはそれで、別の問題が生じてしまうかもしれない。

高齢の親を支えるのはとても大変だ。しかし、それ以前に、子ども自身が人を頼らずに自分で生活できるだけの基盤を築いていないと、立ちいかなくなってしまう。

女性は、自宅売却の際に母親からもらったお金を少し兄に持たせ、アパートへ戻ってもらったというが、もし今後も兄の生活が不安定なままだと、同様のことが繰り返され、場合によっては女性の家庭生活を脅かしかねない。

「母に電話したら〈あらぁ、そうなの?〉〈あの子のこと、ちょっとだけ助けてやって。よろしくね〉だって…。兄には、どうにかして頑張ってもらわないと…」

よりどころとなっていた親が、終活して実家じまいをしたり、あるいは本当に旅立ってしまったあとに、女性の兄のような問題を抱える子どもが出てくる可能性は高いのではないだろうか。

[参考資料]

株式会社エス・エム・エス『親の終活に関する意識調査』

株式会社LIFULL senior 『【LIFULL 介護】介護施設の探し方に関する調査 半数以上が見学から3ヶ月以内に入居へ。施設に満足している人は余裕を持って探す傾向に』

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