話題沸騰中の『涙の女王』は、ヒョヌ(キム・スヒョン)とへイン(キム・ジウォン)が主役のラブロマンスなのだが、後半、二人を喰う存在感を示したのが、ベテラン女優イ・ミスク扮するモ・スリだった。(以下、一部、ネタバレを含みます)
■『涙の女王』財閥会長の愛人モ・スリ、『宮廷女官チャングムの誓い』チェ尚宮に匹敵する恐怖支配
『涙の女王』の序盤は、ヘインの母キム・ソンファ(ナ・ヨンヒ)が財閥副会長の正妻、モ・スリが財閥会長の愛人という立ち位置から、ソンファが悪役に見えたのだが、甘かった。
以前、このコラムで、Netflix『シスターズ』やホン・サンス監督『よく知りもしないくせに』(2009年)に出た女優オム・ジウォンを「恐怖女性」の優れた演者としてクローズアップしたが、60代前半と40代後半の年輪の差と言うべきか、イ・ミスク扮するモ・スリの恐怖を味わったら、オム・ジウォンが可愛く見えてくる。その凄みある演技はまさに「恐怖女帝」だった。
悪玉が光ってこそ、善玉が輝くというが、イ・ミスクは本当にいい仕事をした。『涙の女王』における悪役モ・スリの凄絶な最後は、イ・ヨンエ主演の不朽の名作『宮廷女官 チャングムの誓い』最終回のチェ尚宮(キョン・ミリ)に匹敵するだろう。
■名女優イ・ミスク、静と動の演技世界
モ・スリの毒婦ぶりがあまりに強烈で、このイメージが固定してしまったら彼女が気の毒なので、イ・ミスクの多彩な演技世界が堪能できる映画をいくつか紹介しよう。
イ・ミスクの素が見たいなら、6人の女優(ユン・ヨジョン、イ・ミスク、コ・ヒョンジョン、チェ・ジウ、キム・ミニ、キム・オクピン)の楽屋裏を捉えたセミドキュメンタリー映画『女優たち』(2009年)が必見だ。
6人の女優がイライラしながら撮影を待ったり、コ・ヒョンジョンとチェ・ジウがつかみ合いのケンカをしたりするスリリングな映画なのだが、イ・ミスクは早口とユーモアのある毒舌で常に場を明るくする姉御的存在だった。
また、明朗快活なイ・ミスクらしからぬ静の演技が光っていたのが、『情事 an affair』(1998年)。当時、39歳のイ・ミスク扮する人妻ソヒョンが、自分の妹の婚約者ウイン(当時26歳のイ・ジョンジェ)と恋に落ちる話だ。1990年代の韓国映画には珍しく「余白」の多い作品で、二人とも口数は少ないが、ソヒョンのウインに対する感情が静かに高まってゆき、やがて堰を切ったようになるところが見ものである。
20本以上の映画に出演したイ・ミスクの全盛時代といえる1980年代の作品では、カラッとしたお色気が魅力の『桑の葉』(1985年)と『鯨とり コレサニャン』(1984年)がおすすめだ。
『鯨とり コレサニャン』のDVDジャケット画像、左下が当時20代半ばのイ・ミスク。『桑の葉』は韓国映像資料院のYouTubeで視聴できる。