『燕は戻ってこない』石橋静河の切実な叫び 第1話から浮かび上がった“女性の貧困問題”

ちょっとした恐怖映像だった。だけど、その恐怖を今この瞬間も誰かが味わっていると思ったら、なおのこと恐ろしかった。

吉川英治文学賞・毎日芸術賞をW受賞した桐野夏生の小説を、NHK連続テレビ小説『らんまん』を手がけた長田育恵の脚本でドラマ化する『燕は戻ってこない』(NHK総合)。4月30日より放送開始となった本作は、代理出産を題材とした社会派エンターテインメントだ。

代理出産とは、第三者の女性(代理母)の子宮を用いる生殖医療の一つ。日本ではまだ代理出産に関する法整備が整っておらず、日本産科婦人科学会は倫理的な観点から本治療を認めていない。だが、それを規制する法律もないため、日本人夫婦が代理出産を認めている国で実施、または国内でも内密に行われているのが現状となっている。

そうした原則禁止という曖昧な状況下で、代理母となるのが本作の主人公・大石理紀(石橋静河)。第1話では、彼女が一線を越えるに至った背景と動機が描かれた。そこから浮かび上がってくるのは、女性の貧困問題だ。

理紀は29歳の医療事務。派遣社員のため薄給で、1日フルタイムで働いても月々手取り14万。電気代が高騰している今、家賃が高い都内で暮らしていたら当然赤字になる。たまの贅沢はコンビニでの“外食”くらい。それ以外は職場にお弁当を持参し、帰宅してからも最低限の灯で過ごす理紀の姿が印象的だ。

屋根のある家に住めて、食べるものがあるだけいいじゃないかーーSNSで誰かが貧しい暮らしを嘆く投稿をすると、よくこんなコメントが付く。だが貧困とは、単に食料や住居、エネルギーなど、生きていくために最低限のものが得られない状況を指すのではない。

例えば、教育の機会。貧困家庭に育った子どもは高校や大学への進学が困難で、結果的に低収入となることが多く、やがては貧困の連鎖につながる。それを防ぐために奨学金制度があるが、理紀の同僚であるテル(伊藤万理華)のように返済に追われ、風俗店で働かざるを得ない状況に陥るケースも。そうすると今度は性病の感染や客からの暴行のリスクなども出てくる。

また、理紀はたしかに屋根のある家には住めているが、家賃約6万円のアパートでセキュリティは甘い。住人の平岡(酒向芳)から迷惑行為を受けても、チェーンロックをかけ、電球が切れた暗い部屋で朝が来るのをジッと待つしかなかった。貧困はこうして様々な副次的問題をもたらす。

追い詰められた理紀はテルに誘われ、自身の卵子を提供するエッグドナーに登録。アメリカの生殖医療エージェント「プランテ」日本支社で面談を受ける。だが、そこで代表の青沼(朴璐美)に持ちかけられたのは、卵子提供ではなく代理出産だった。

代理出産には、体外受精した受精卵を代理母の子宮に移植して妊娠・出産する「妊娠代理出産(ホストマザー)」と、代理母の子宮に人工授精で精子を注入して妊娠・出産する「伝統的代理出産(サロゲートマザー)」の2種類があり、理紀が持ちかけられたのは後者。元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)とその妻・悠子(内田有紀)の子を産むサロゲートを依頼されるのだった。

理紀とは対照的に、裕福で大きな窓から太陽の光が降り注ぐ明るい家に住んでいる草桶夫婦。基は不倫の末に再婚した悠子のことを愛しており、金と安心は満たされているが、彼らにもまた一線を越える理由がある。悠子は不育症と卵子の老化により、妊娠は難しい状況にあった。しかし、自分の血を引く子供を持つことを諦め切れない基は代理母を依頼する。母である千味子(黒木瞳)から子供を急かされており、表向きは「悠子と一生添い遂げるため」と謳っているが、腹の底が知れない彼にもまた何かしらの“欲望”があるのだろう。

「腹の底から金と安心が欲しい」。理紀の切実な叫びが、静かな怒りを込める石橋の演技とともに胸に迫った第1話。今も日本のどこかで、彼女と同じ願いを抱きながら、恐怖と孤独に耐えている人が大勢いる。そして、その先に、金銭的に余裕のある夫婦が彼女たちに大金を払い、代理出産を依頼する未来があるのだ。

「プランテ」日本支社の内装や代表である青沼のキャラクターはどこか浮世離れしていて、SF感も漂う本作。だが描かれているのは、多くの問題を抱える現代と、限りなく近い未来の狭間である。あまりにエグ味の強いストーリー展開に見終わった後はどっと疲れが押し寄せてくるが、このドラマが提示する他人事ではない問いと真剣に向き合っていきたい。
(文=苫とり子)

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