『遠い空の向こうに』ロケット打ち上げに情熱を注ぐ、青春映画の佳作(前編)

※本記事(後編)は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。

最近、ロケットの打ち上げに関する報道が多い。2024年に入ってからも、H3ロケット2号機の打ち上げを成功させたJAXAや、惜しくも「カイロス」の初打ち上げを失敗したスペースワン社、巨大宇宙船「スターシップ」を宇宙空間まで打ち上げたスペースX社などの記憶が新しい。

そこで、ロケット打ち上げをテーマにした映画をと考え、1999年制作の『遠い空の向こうに』を選んでみた。原作は、ホーマー・ヒッカム・ジュニアによる自伝的小説で、日本でも「ロケットボーイズ」の邦題で出版されており、2021年には『October Sky -遠い空の向こうに-』と題して、東京と大阪でミュージカル版も上演されている。

あらすじ①


1957年10月4日。ラジオは、ソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したニュースを繰り返し、それが冷戦の新たな火種になる危険性を報じていた。そのことは、寂れたウェストバージニア州コールウッドの町でも話題となっていた。

『遠い空の向こうに』予告

産業を石炭採掘に100%依存していたこの町では、男性のほとんどが炭鉱に従事していた。町を出ていくためには、アメフト部員となって試合で優勝し、奨学金を得て、都会の大学へ進学するしかない。だがホーマー(ジェイク・ギレンホール)と、その友人であるロイ(ウィリアム・リー・スコット)やオデル(チャド・リンドバーグ)は、体力もなくボンクラで、入部試験に落ちてしまう。

一方、ホーマーの父親ジョン(クリス・クーパー)は、責任感が強い炭鉱の監督である。ホーマーが不合格の報告に行くと、ちょうど小規模な落盤事故が起きた直後だった。ジョンが機転を利かしたことで、死者は出なかったものの、原因を作った作業員がクビにされた。

ホーマーたちが通うビッグクリーク高校でも、スプートニク1号が授業で取り上げられた。科学を専門とする担任のライリー先生(ローラ・ダーン)は、生徒たちにスプートニクが発した信号音を聞かせる。だが、その意味をちゃんと理解しているのは、クラスの嫌われ者であるナードのクエンティン(クリス・オーウェン)だけで、ホーマーの関心は学校のマドンナであるドロシー(コートニー・フェンドリー)にあった。

スプートニクがコールウッド上空を通過すると報じられると、町の住民たちも集まって夜空を見上げていた。人々は宇宙からの攻撃や、スパイ活動に警戒心を抱くが、そんな中でもロイとホーマーは、「いかにして女子をホラー映画に誘うか」と言う話に熱中している。だが、いざスプートニクの光点が空を通過していくと、ホーマーの心に何かが目覚める。

翌日、朝食の席で突然ホーマーは、「僕もロケットを作る」と宣言した。ジョンと、アメフト部で活躍する兄のジム(スコット・トーマス)はポカンとするが、母親のエルシー(ナタリー・キャナーデイ)は、「自分の身体を吹き飛ばすようなことはしないでね」と、ある程度の理解を示す。ホーマーは、花火の火薬で作ったロケットを庭の垣根に立て、ロイやオデルを誘って実験を行う。だがまったく上昇せず、爆発して垣根に大きな穴を空けてしまった。

タイトルの問題


非常に残念なのが、この映画のタイトルだ。撮影中は、原作のままの『Rocket Boys』で公開される予定だった。しかし米ユニバーサル・ピクチャーズは、過去のデータから題名に「ロケット」という単語の入った作品(*1)は、女性観客の集客率が低いという理由で却下する。

そこで考えられたのが『October Sky』というタイトルだった。October Sky(10月の空)というのは、ホーマーがロケット開発を決意するきっかけとなった、スプートニク1号を目撃した月を意味していると同時に、『Rocket Boys』のアナグラムになっている。なかなか考えられた工夫と言えよう。しかし邦題の『遠い空の向こうに』からは、センスが感じられない。まだミュージカル版の『October Sky -遠い空の向こうに-』の方が許せる。

どうも日本の映画配給会社は、宇宙関連作品の邦題を苦手としている節がある。例えば『ドリーム』(16)の原題は、『Hidden Figures』(隠された数字)だ。Figuresには「人物」や「計算する」という意味もあり、「人間コンピューター」とも呼ばれた初期宇宙開発における計算手の活躍が、黒人女性だったという理由で最近まで隠蔽されていた、悲しい歴史を意味している。しかし『ドリーム』というタイトルでは、何も伝わってこない。(*2)

*1 ちなみに本作を監督したジョー・ジョンストンは、『ロケッティア』(91)という作品も手掛けている。

*2 内容が伝わらないという意味では、『オデッセイ』(15)も同様だろう。原題の『The Martian』(火星の人)ではなぜいけないのか、非常に疑問である。

あらすじ②


ホーマーは、ヴァンガード計画失敗のニュースから、フォン・ブラウン博士の名前を知る。そして博士に手紙を書き、「自分の住んでいる場所は炭鉱の町で、誰もが上空よりも地下に興味があります。そのためロケットの研究をしようにも、資料が手に入りません」と綴った。

ホーマーは、クエンティンにロケット開発の協力を依頼する。ロイは、「クエンティンと仲良くするつもりなら縁を切るぞ」と脅すが、彼は無視した。するとクエンティンは、図書室から燃料の成分や機体の構造を解説した、参考資料を借り出してくれる。そして彼を加えた4人は、ホーマーの家の地下室で本格的なロケット開発を始めた。エルシーは、ホーマーが勝手にキッチン用品を持ち出したことを咎めようとするも、彼らの真剣な姿を見てそっと見守る。

『遠い空の向こうに』(c)Photofest / Getty Images

ロケットの形がある程度できてきた段階で、ノズルをどうするかで作業が止まってしまった。そこで、平ワッシャーを鉄パイプに溶接することとなったが、やり方も不明で機械もない。そこで、炭鉱会社の技術者であるバイコフスキー(エリヤ・バスキン)に相談に行く。彼は、「会社に見つかるとクビにされる」と言いつつも、時間外に作ってくれた。

学校でホーマーが、完成したロケットを他のメンバーに見せていると、ターナー校長(クリス・エリス)に見つかり没収されそうになる。するとライリー先生が助けに入り、「サイエンス・フェアに出品するために、私がやらせているんです」とウソをついてかばう。

校長が去った後、クエンティンは「サイエンス・フェアの審査員はウェルチ(*3)の人間だから、ウェルチ高校が優勝する出来レースだよ」と皮肉を言う。しかしライリー先生は、「サイエンス・フェアで優勝すれば、奨学金がもらえるわよ」と発破を掛けて去って行く。後を追い掛けたホーマーが「奨学金がもらえるなら、僕は出品したい」と言うと、「科学には数学が必要よ。あなたは数学が苦手だから、ちゃんと勉強しないと前へは進めないわよ」とアドバイスしてくれる。

*3 ウェストバージニア州マクドウェル郡の郡庁所在地。ちなみに、ここで言っているサイエンス・フェアは、郡大会のことであって、劇中では省略されている。

世界のロケットボーイズたち


ヴァンガード計画というのは、アメリカ海軍の初期宇宙プロジェクトの1つである。劇中では、フォン・ブラウンと関係あるかのように語られているが、彼はレッドストーン兵器廠・陸軍弾道ミサイル局の開発事業部長であり、この計画には関与していない。

ちなみに、初めてホーマーがクエンティンに話しかけた時、会話のきっかけとなったのがロケット開発史の蘊蓄だった。劇中でクエンティンは、「ロケットの歴史は11世紀の中国(*4)から始まった」と講義を始めるが、その後はフェイドアウトされてしまう。だが原作では、宇宙工学の創始者であるコンスタンチン・ツィオルコフスキー(*5)、1926年に世界で初めて、液体燃料ロケットの打ち上げを成功させた米国のロバート・ゴダードなどについても語っている。

しかし実際にはツィオルコフスキーや、ドイツのヘルマン・オーベルトらに影響された若者たちのグループが、世界各地で実験を繰り返していた。例えば、1930年にロケット車やロケットそりで華々しい成功を収めるものの、実験中に爆発事故で亡くなったドイツのマックス・ヴァリエ。1933年にGIRD-Xロケットの打ち上げを成功させたソ連の反動推進研究グループ(GIRD)。後にジェット推進研究所(JPL)の2代目ディレクターとなるフランク・マリナなどだ。彼らも周囲の無理解と戦いながら、地道に実験を繰り返していたのである。

*4 現在は否定されており、14世紀のヨーロッパが最初だという説が有力である。

*5 帝政ロシアからソ連にかけて活躍した物理学者。ロケット噴射による増速度の合計と噴射速度、質量比の関係を示す「ツィオルコフスキーの公式」の他、多段式ロケット、宇宙旅行、宇宙船、人工衛星、軌道エレベーターなどの構想を、論文やSF小説で発表した。

あらすじ③


オルガ・コール・カンパニーの事務所では、ジョンが経営陣から鉱員の半数を解雇する計画を知らされていた。ジョンは部下の雇用を守るため、新規の堅坑開削を提案する。しかし経営陣は、「この炭鉱の閉鎖は決定事項だ」と一蹴した。

一方そのころ4人組は、試作ロケットの発射実験を行うこととし、ホーマーは「オークI号」と命名する。ロイは名前の由来を尋ねると、オデルは「飛べない鳥のことだ」(*6)と説明した。彼らが導火線に点火すると、「オークI号」の軌道はカーブを描き、炭鉱の方へと向かって行った。大事故を覚悟したホーマーは、鉱員たちの罵声を浴びながら事務所に向かう。ジョンの手には、拾われた「オークI号」が握られている。彼はホーマーに罵詈雑言を浴びせ、炭鉱敷地内での実験禁止を言い渡し、「オークI号」をゴミ箱に捨てた。

『遠い空の向こうに』(c)Photofest / Getty Images

自宅の地下室に戻ったホーマーは、これまでに集めたロケットの材料や、薬品、工具などが、全て廃棄されていたことに愕然とする。翌日、拾い集めた材料を山中に持ち込んで、メンバーたちと今後について話し合うが、解決策は見出せず、自暴自棄になってしまう。ロイは、「鉱員として働くのも悪くないかも」と諦めのような発言をし、ホーマーは落盤事故で首を切断された、オデルの父を例に挙げて反論する。カッとしたオデルは、ホーマーと取っ組み合いになり、グループは分裂してしまう。

一人ぼっちになってしまったホーマーが、ロケットの材料を抱えて8マイル(約13km)先のボタ山(不要物として分離された尾鉱の捨て場)に向かって歩いていると、トラックにヒッチハイクしてきた他のメンバーが追って来た。結局、彼らは仲直りし、新たな本拠地を築くため、いっしょにボタ山へ向かう。

ホーマーは、ここを「ケープ・コールウッド」と命名し、基地の建設を始める。メンバーは、廃材置き場から木材やトタン板を盗み出して、掘っ建て小屋の退避所を作るが、発射台にはコンクリートが必要となる。そこでホーマーは、仕方なくジョンに提供を依頼に行った。ジョンは「実験は禁止と言っただろう」とか、ホーマーが尊敬しているフォン・ブラウンに対し「あんなやつは流行が終われば、すぐにドイツに送還(*7)されるぞ」などと散々文句を言うものの、最後にはセメントの提供を許してくれる。

クエンティンはホーマーに、化学の授業中に塩素酸カリウムと砂糖の混合物を作り、これを新しい推進剤にしようと提案する。しかし、教師に見つかりそうになったため、慌てて排水溝に流した。すると引火性のガスが発生し、教室中の実験台の排水溝から炎が上がる。これを見た二人は、新推進剤の可能性を確信した。

*6 オーク(Auk:ウミスズメ科)は、潜水性の鳥類であるが、水面スレスレを飛行することが可能である。

*7 アメリカ軍は第二次世界大戦末から終戦直後にかけて、ドイツ人の優秀な科学者をドイツからアメリカに連行した。これは「ペーパークリップ作戦」と呼ばれ、その大部分がフォン・ブラウンを中心とするV2ロケットの技術者だった。さらに「スペシャル・ミッションV2」によって、貨車300両分以上のV2ロケットの部品と器材を捕獲される。これらの部品は、ニューメキシコ州ホワイトサンズ性能試験場に運ばれ、組み立てられて飛行実験に用いられた。この実験フィルムは、映画『月世界征服』(50)の冒頭にも流用されている。

ロケットの推進剤


田舎に暮らしていたオタク男子の多くは、ロケットの実験にハマった経験を持っているのではないだろうか。田舎に限定しているのは、空きスペースが確保できることと関係している。「女子でもハマる子はいる」と反論されそうだが、筆者の世代には見当たらなかった。

アマチュアがロケットを飛ばす時(ペットボトル・ロケットなどを除けば)、推進剤の問題にぶち当たる。小学生のころはモデルロケット用の固体燃料が玩具店で買えたが、高校時代は過激派の活動が盛んになって、入手困難になっていた。

筆者の場合、演劇部の部室で作っていたのだが、先輩のアドバイスでピンポン玉を細かく裁断したものを用いることにした。これは体育館の裏に、卓球部が捨てた潰れた玉がたくさん落ちていたので、容易に確保できたのだ。

ピンポン玉の素材は、2012年のロンドンオリンピック以降プラスチックに変更されたが、それ以前はセルロイド(*8)だった。これの主成分はニトロセルロースであり、拳銃やアサルトライフルの発射薬と同じ物質なのだ。だから、これをアルミ管に詰めて加熱すると、実によく飛んだ。おそらく同じ体験は、多くの人がしているだろう。

実は、劇中で分からず屋の父親ジョンを演じているクリス・クーパーも同様で、「かつては自分もロケット少年だった」と語っている。今でも推進剤の成分をスラスラ言えるそうだ。

*8 昔の可燃性のナイトレートフィルムもセルロイドである。これによる火災事故を描いた映画が『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)だ。ちなみに、今でも作画アニメをセルアニメと呼ぶことがあるが、これはセルロイドのシートに作画していた時代の名残りである。

あらすじ④


ホーマーは、いつものように工作所に行き、バイコフスキーへ平ワッシャーの溶接を頼むことにした。しかし、そこにバイコフスキーの姿はない。何でも、会社に無許可でロケット制作を手伝ったことが問題となり、採掘現場に配置転換されてしまったという。

ホーマーは、坑道の出口でバイコフスキーの帰りを待ち、今回のことを詫びる。だがバイコフスキーは、「配置換えは自分から希望したことだよ。給料が倍になるんだ。ヨーロッパの親戚に送金する必要があるんだよ」(*9)と説明する。「ならば、溶接技術だけでも教えて下さい」と食い下がるホーマーに対し、バイコフスキーは曖昧な笑みで答えた。

いつものように「ケープ・コールウッド」で打ち上げ準備をしていた4人組の所に、機械工のボールデン(ランディー・ストリップリング)が、息子を連れて見学に来る。だが、いきなりロケットがボールデンの正面に向かって飛んで行き、彼はギリギリで身をかわす。だが彼は、「俺は第二次世界大戦で、レッド・テイルズ(*10)に属していた。その経験が活きたよ」と冗談を言って許した。

回収されたロケットをボールデンがチェックしてみると、平ワッシャーが激しく腐食していたことが失敗の原因だと判明する。それを見た彼は、「熱や酸化に強いSAE1020(*11)なら耐えられるだろう。注文しておくけど、少々値が張るよ」と言う。

するとオデルが、閉鎖された炭鉱に繋がる蒸気機関車(SL)の廃線から、レールや犬釘を外し、鉄クズ屋に売って儲けようと提案する。そして4人組が苦労してレールを外すと、遠くからSLの汽笛が聞こえる。彼らは焦ってレールを戻そうとするが、間に合いそうもない。そして必死で走ってSLに危険を知らせに行くが、ポイントで別の路線に入って行き、事なきを得た。

こうして得たお金でSAE1020鋼を購入し、ロケット実験を継続する。そして工作技術を学ぶ内に、機械工たちとも仲良くなっていく。しかし、ロケットは一向に安定して飛んでくれない。クエンティンは、推進剤の間に隙間があるのが原因だと推測し、液体の結合剤が必要だと言う。ホーマーは、純度100%のアルコールが良いと考え、ロイが密造酒を作っている人物を紹介する。

こうして新推進剤を詰めた、「オークVII号」が完成する。彼らがライリー先生と共に「ケープ・コールウッド」に向かうと、大勢の見物人たちが集まっていた。これは、ジムが弟をからかうために呼び掛けたもので、そこにはドロシーの姿もあった。だが、4人組が野次られながら「オークVII号」に点火すると、初めて空高く飛んで行った。

*9 原作(実話)では、バイコフスキーには脳性マヒの娘がおり、彼女を育てるために金が必要だったと説明されている。

*10 アフリカ系アメリカ人のみで構成された陸軍航空軍部隊のこと。ルーカスフィルムが、アンソニー・ヘミングウェイ監督で『レッド・テイルズ』(12)として映画化している。

*11 SAEはアメリカ自動車技術者協会の規格を意味し、1020は炭素含有量0.2%の炭素鋼を表している。

ロケ地


コールウッドの鉱山は1986年に閉鎖されており、ロケを行うにはあまりにも山奥過ぎることが問題となった。そこでバージニア州とジョージア州北部でロケハンが行われたが、コールウッドの雰囲気を持った場所は見付からなかった。

最終的に選ばれたのは、気候や周囲の地形がコールウッドに似ていたテネシー州東部である。スタッフは、撮影の本拠地をモーガン郡のペトロス(*12)(http://www.coalwoodwestvirginia.com/petros_1.htm) (http://www.coalwoodwestvirginia.com/petros_2.htm)に構えた。かつて、ここにあった炭鉱も閉鎖されていたが、町並みの雰囲気が残っていたことから選ばれている。

美術スタッフは、まだ多くの設備を残していたノックス郡ノックスビルの廃鉱を購入し、解体してペトロスに再現した。だが、人や資材を揚げ降ろしするための、立坑櫓は残っていなかったため、38mのタワーが新しく建てられている。同時に錆びた桁、巻き上げ装置のプーリー、ワイヤーロープ、バケット、崩れたアスファルト、風化したレンガ、ボロボロのトタン板なども廃鉱から回収され、装飾に用いられた。そして選炭場や、機械工場、鉱山事務所、変電所、洗車場、救護所、図書館、ホーマーの家の外観、町の入口の看板、密造酒製造所、クエンティンの家などがセットで作られ、旧車も多数持ち込まれた。

最終的にジョンストン監督の古巣であるILMや、マット・ワールド・デジタル社が、マットペインティングで修正しているショットもあるが、そのままでも1957年の雰囲気を、かなり再現している。その正確性は、原作者のホーマー・ヒッカム・ジュニアも驚くほどだったそうだ。そして地元から、2,000人以上のエキストラや俳優が起用された。加えて、全部で200人いたクルーの約60%も、この地域の技術者や労働者だった。

ペトロスだけでは撮れなかったシーンは、やはりテネシー州の他の町で撮影された。例えばアンダーソン郡、モーガン郡、ロアン郡に跨るオリバー・スプリングスでは、組合の集会所、オルガ・コール・カンパニーの社屋、商店、故障したロイの車を押す4人組、ホーマーの家の内部、ライリー先生の家の外観などがここで撮られている。また、映画のクライマックスの舞台となるインディアナポリスの街並みは、当時の雰囲気を残しているオリバー・スプリングスの中心街で撮影された。「全米サイエンス・フェア」の会場や映画館もここで撮られている。

『遠い空の向こうに』(c)Photofest / Getty Images

4人組がレールを外す廃線は、第二次世界大戦のマンハッタン計画において、アンダーソン郡オーク・リッジに建設されたウラン濃縮を行う「シークレットシティ」へ繋がる支線で、本物のレールを外す許可も出た。ちなみにSLは、ハミルトン郡チャタヌーガの「テネシーバレー鉄道博物館」から、ロアン郡ハリマンのテネシー川流域開発公社の敷地内に、撮影用に持ち込まれた1911年製の車両「Southern Railway 4501」だ。機関士を演じているのは、有名な写真家のO・ウィンストン・リンクである。

さらにノックスビルでは、複数の学校を組み合わせてビッグクリーク高校を表現している。また「ケープ・コールウッド」は、モーガン郡ウォートバーグにあった、1998年まで実際に使用されていたボタ山が使用された。

ただし、テネシー州の天候はまったく安定せず、雨や雪の他、竜巻(*13)の発生で撮影は大幅に伸びてしまった。1日に何度も急変することから、中断して別のシーンを始めることも頻繁に発生した他、4つのシーンを同時にスタートさせたこともあった。

*12 ブラッシーマウンテン州刑務所のある町として知られていたが、2009年に閉鎖された。その後、コンサート会場として改装され、2018年から運営されている。

*13 テネシー州の竜巻の年間平均発生数は15個で、死者数は全米最大。

後編に続く

文:大口孝之(おおぐち たかゆき)

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、女子美術大学専攻科、東京藝大大学院アニメーション専攻、日本電子専門学校などで非常勤講師。主要著書として、「3D世紀 -驚異! 立体映画の100年と映像新世紀-」ボーンデジタル、「裸眼3Dグラフィクス」朝倉書店、「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」フィルムアート社

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