ロケハンのドライバーが主演俳優に大抜擢されヴェネツィア国際映画祭レッドカーペットに登場「あれは本当に不思議な体験でした」

大美賀均 撮影/有坂政晴

黒沢明監督以来はじめて、米アカデミー賞と世界三大映画祭であるカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭のすべてで受賞を果たしている濱口竜介監督(45歳)。その長編最新作であり、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員賞)に輝いた『悪は存在しない』が公開になった。主演を務めたのは大美賀均(36歳)。映画班のドライバーから主演俳優に抜擢され、濱口監督とともに世界的に知られるデイミアン・チャゼル監督よりトロフィーを手渡しされた大美賀さんが驚きのTHE CHANGEを語る。

西島秀俊が主演を務め、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』。同作の濱口竜介監督と音楽を手掛けた石橋英子さんが再びタッグを組んだ新作『悪は存在しない』は長野県のとある高原に持ち上がったグランピング施設計画をめぐり、町や、そこに住む主人公たちの生活にも影響が及ぼされていく様が描かれていく。

主演の大美賀均さんの名前を聞いても、ピンとくる人はほぼいないだろう。それもそのはず、大美賀さんは映画製作の裏方として働くスタッフなのだ。

「もともと濱口監督と出会ったのは『偶然と想像』だったんです。そのときに初めて制作部として入って関わらせていただきました」

『偶然と想像』は古川琴音、中島歩ら出演による2021年公開のオムニバス映画。第71回ベルリン国際映画祭、銀熊賞 (審査員グランプリ)を受賞した。

「濱口監督は第一印象から、人に緊張させない心遣いのある方だと思いました。そして現場に入ってみて、時間的余裕を考えてデザインしてらっしゃる方だと感じました。それがすごく勉強になりましたね。今回の作品では、シナハンというシナリオを作るために長野県のロケーションに行っていたときに、僕がドライバーとして同行していたんです。そのとき、主人公の代わりにスタンドインで薪割りをしたり、チェーンソーで木を切ったりというのをやって、東京に帰ってきました。そのあとに、電話がかかってきたんです。まだキャストも決まってないし、どうなるんだろう。楽しみだなと思っていたんですが、まず“驚かないでくださいね”と言われて」

――うわ、なんだかドキドキしますね。

「“出る側に興味ありますか”と」

――おおお!

「めちゃくちゃサプライズですよね。そんなこと全く思っていないわけで。でもその時点でも、できるかどうか完全に分からないと言い切るのは嘘でした。経験豊富な濱口監督が、それこそ『ハッピーアワー』なんかで、俳優じゃない人をワークショップの延長線上で撮影したりしてきた経験のある方が、やってみようと言ってくれているのですから。これは“お任せしてみよう”と。それに自分の不安より、濱口さんの現場を見たいという気持ちが勝ったので、貴重な経験だと思ってお引き受けしました」

初主演作品がヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を受賞

――それにしても出演だけじゃなく、主演とはすごいことです。

「そうですね。もともとは石橋英子さんの音楽ライブに流れる映像作品としてスタートしたと聞いていたので、当初は音声がないと思っていました。だからこういう着地点だとは思っていなくて、映像と音楽の新しい試みをみんなでやる、そこに参加できるのはすごく光栄だし楽しそうだと思っていたら、結果的にセリフもかなりあった感じでした(笑)」

――出来上がった作品は、すでに海外で高い評価を得ています。なかでもやはりヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞が燦然と輝きます。大美賀さんもイタリアに行かれたわけですが。

「最高ですよね! 僕は連れて行っていただいたんですけど、自分で行くとなるとかなり強い意志がないと行かない街ですし、本当に得難い体験というか、めちゃくちゃ楽しかったです」

――レッドカーペットの歩き心地はいかがでしたか?

「日本人はさっと行ってしまうから、もうちょっと堂々と時間をかけて歩いてくださいとオフィシャルカメラマンの方からお達しというか、アドバイスを受けていたんです。濱口さんはもちろんこうした国際映画祭も経験があると思いますが、僕も含めてキャストの多くは経験がありません。でもなるべく堂々と」

――写真などで拝見しましたが、すごく堂々とされている印象です。

「本当ですか? 成功して見えたのなら本望です。やっぱり濱口さんはすごく声がかかって、サインもめちゃくちゃ求められていました。自分は求められないんだけど、ただ横に立っていると手持無沙汰なので、無理やり書きに行ってました」

――それは素晴らしい精神です。

「そうですね。やってみようと思って。堂々とね(笑)。気まずい顔をされるかなと思ったんですけど、海外の映画ファンの方々の優しさに触れました(笑)」

すごい光景でした。冷静ではいられなかったです。

――結果的に銀獅子賞受賞作の主演男優ですから、そのときサインをもらった人はラッキーですよ。上映のときにも8分間のスタンディングオベーションがあったとか。

「あれは本当に不思議な体験でした。濱口さんが撮られる映画は僕もすごく好きですし、価値がある作品だと思いますが、自分が参加した作品となるとやっぱり客観的には観られないものです。笑えるシーンとかもどんどん分からなくなっていきますし。スタッフでさえそうなのが、今回は自分が主演として出ていて、平常心ではまだ観られないところを、ああやって評価していただいて、本当に不思議な気分でしたし、監督・スタッフがいいと、こういうことが起きるんだなと思いました」

――銀獅子賞を受賞した受賞式では、審査委員長を務めたデイミアン・チャゼル監督(『セッション』『ラ・ラ・ランド』『バビロン』)から呼ばれたんですよね。どんな感覚でした? 「この人がデイミアン・チャゼルなんだ」とか。

「思いました、思いました。本来、濱口さんだけが壇上に行く予定だったはずなんですけど、“濱口さん、おめでとうございます”といった感じで見ていたら、“大美賀さんも来るんだよ”と呼んでくれたので、ほいほい行きました(笑)」

――それは行かないとですね。

「すごい光景でした。トロフィーを一緒に持たせていただいて、結構重くて、緊張してるし夢心地だし。冷静ではいられなかったです」

シナリオハンティングの際に、その“佇まい”が良かったと濱口監督から主演に抜擢されたという大美賀さん。本編では森に生きる寡黙な主人公に見事に同化しているが、目の前の大美賀さんは、人を惹きつける愛らしさのある人だった。

大美賀均(おおみか・ひとし)
1988年生まれ。桑沢デザイン研究所卒。助監督として大森立嗣監督『日日是好日』、エドモンド・ヨウ監督『ムーンライト・シャドウ』等に参加し、濱口竜介監督の『偶然と想像』では制作を担当する。2023年には、自身が初監督した中編『義父養父』が公開された。

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