すぐる画伯が描く“ゆるかわ”キャラは「みんなを優しく受け入れてくれる存在」

横浜市役所での公務員職を経て、ピン芸人へ転身した珍しい経歴を持つイラストレーター・すぐる画伯。現在は吉本興業初のイラストレーターとして、書籍の装画や広告、キャラクター考案、グッズ制作などを担当。1コマ漫画を日々投稿しているインスタグラムのフォロワーは20万を超える人気を誇っている。

こだわりを英語にするとSticking(スティッキング)。創作におけるスティッキングな部分を、新進気鋭のイラストレーターに聞いていく「イラストレーターのMy Sticking」。今回は、すぐる画伯がイラストレーターになったきっかけやイラストの特長、今後の夢を聞いた。

▲「イラストレーターのMy Sticking」第16回 すぐる画伯

ネタ見せで「絵を伸ばしたほうがいいよ」

――イラストレーターになったきっかけは、NSC時代でネタ見せの際、講師からフリップの絵を褒められたことだと伺いました。どんな絵を描いていたのでしょうか?

すぐる画伯:当時は“ゆるかわ”というよりは、“きもかわ”なテイストでした。今でも書けますよ、目は点で変わらないんですけど……「髪の毛1本もないくん」です。講師から「線は単純なのに独特だね。こういうのがすぐ書けるなら、研究したらもっとすごいの書けるよ」と言ってもらいましたね。

ネタ見せを終えたときにも、みんながネタのこと言われているなかで、僕は作家さんから「君、その絵だけどさ」と切り出されて、てっきりネタのダメ出しをされるのかと思いきや「漫才やりたいの? でも、絵を伸ばしたほうがいいよ」って言われたんです。びっくりしましたけど、得意なことを見つけてもらえてうれしかったですし、そこから絵が好きになっていきましたね。

――それまではイラストを描くことはなかったですか?

すぐる画伯:ないですね。大学時代のアルバイトで、ホワイトボードによく落書きをしていて、周りから「面白い絵を描くね」と言われることはありましたが、美術の成績は2でしたし、特技だとは全く思ってませんでした。講師から言われて初めて気づきました。

――では、「やぁねこ」のような、ゆるくて可愛らしい絵のテイストになったのは、いつからだったんでしょうか?

すぐる画伯:グラデーションで変わっていったので、明確な転換点はないんです。先ほどの「髪の毛1本もないくん」も、今の僕が見ると“きもかわ”なんですが、当時は可愛いと思って描いていたので。

数年前の投稿を見ると、“あれ? もうちょっと可愛くかけるよな”と思うことがあるけど、当時はむっちゃ可愛いと思って描いているんですよね。その時々で受けた影響で少しずつ感性が変わっていき、自分の中の100点がズレていっているんだと思います。

やぁねこも、こういう猫を描きたくて毎日研究していたのではなく、こういう猫の絵がだんだんと描けるようになっていったなかで、現時点での最上級の可愛いとしてできたという感じです。

――SNSのコメントなどで好評だったものが、自分の中に蓄積された感じでしょうか。周りからの反応を受けて、ブラッシュアップしていくのは芸人さんっぽいかもしれないと思いました。

すぐる画伯:たしかに。毎回、投稿したあとには反応を見ていたのですが、無意識にアップデートしようとしていたのかもしれません。お客さんの前でネタを披露しているときって、笑ってくれるお客さんの顔が見えるじゃないですか。それって楽しんでもらえていることがわかるから、とんでもなく気持ちいいんです。

一方で、イラストは部屋で描いてるので、楽しんでくれているかどうかは、コメント以外だとわからないんですよね。でも「すぐる画伯の絵を見て、明日も頑張ります!」みたいなコメントがあったときには、この人のヒーローになれているのかもしれないと思えるんです。そういったことがモチベーションにつながっているんだと思います。

――すぐる画伯のイラストは、全体的に淡い色で柔らかい印象がある一方で、ご自身のキャラがかぶっているベレー帽には目立つ赤色を使われてますよね、この違いにこだわりはありますか?

すぐる画伯:色彩検定を取っているんですけど、自分が選ぶ色のトーンは決めています。着色していくことによって、絵がどんどん可愛くなっていくのも楽しいんです。キャラクターを描く際に使う色は全て記憶しているのですが、この赤を使うというルールを自分の中で決めていたんです。自分を描くから“目立ったほうがいいかな”くらいですが、色を決めるときには全て言語化できるこだわりがあります。

――すぐる画伯には、“その色じゃないといけない”というこだわりがあるんですね。現在も、ほぼ毎日SNSの更新をされていると思うのですが、そこにもこだわりがありそうだなと思いました。

すぐる画伯:そうですね、言葉にすると「継続は力なり」ですかね。SNSはなるべく夕方の5時台にアップするようにしています。拡散されやすい時間帯は他にあるとも聞いたことはあるのですが、高校生がスマホを見ながらニヤニヤしていた光景を鮮明に覚えていたことがあって。

それを見たとき、“僕の絵を見てくれている人って、もしかしたらこういう状態なのかも”と思ったんですよね。帰り道にスマホをいじる方は多いと思います。僕の絵で癒しを届けられたらいいなと思い、5時台に上げるようにしています。

▲すぐる画伯が作った「やぁねこ」

芸人で憧れていたのはトータルテンボス

――すぐる画伯のパーソナルな部分も聞きたいのですが、そもそも芸人になろうと思ったのはどういうきっかけだったんですか?

すぐる画伯:今、僕は31歳なんですけど、小学生の頃からNHKでやっていた『爆笑オンエアバトル』が大好きだったんです。中学生の頃、初めて番組観覧に行ったんですけど「テレビセットって実際はこんなに小さいんだ! でも、こんなに臨場感があるんだ!」「家で見てても面白いのに、生で見るとこんなに面白いんだ!」と感動して、これまでのどんなイベントよりも、初めて生でオンエアバトルを見たことが楽しかったんです。

そして、“明日も頑張ろう”と思えたんですよね。人が立って喋っている、その姿を見ただけで、そう思えている自分がいるって冷静に考えてすごいな! と。そこで、自分も人に元気を与えられる職業に就きたいと思ったことが、芸人を志したきっかけでした。

お笑い芸人を目指した理由がそれなので、漫才にこだわりはなかったんです。僕の場合、漫才やネタではなく絵で人に元気を与えられるのなら、そっちをやりたいなって。SNSで絵をアップすると「明日も頑張れます!」とコメントがくることがありますが、「当時の夢、叶ってるじゃん!」としみじみしてます。

――でも、新卒では市役所に入ったそうですが、芸人にはずっとなりたかったわけですよね。

すぐる画伯:公務員試験を受けているときの気持ちは真剣でしたが、いつまでもお笑いへの気持ちは消えませんでした。公務員の仕事がイヤだったわけではなく、お笑いがやりたすぎたんです。1年で辞めることを決めてからは、ここでの経験をモノにしようという気持ちで働いたので、仕事は楽しかったです。社会人として大事なことを吸収できた期間だったと思います。

――ちなみに、お笑いで一番影響を受けた方は誰ですか?

すぐる画伯:たくさんいらっしゃいますが、一番影響を受けたのは、トータルテンボスさんですね。ラジオ番組の『トータルテンボスのぬきさしならナイト!』にも、よくメールを送っていましたし、楽しそうなお二人が大好きだったんです。

初めてお会いしたとき、僕が出した1冊目の本『1秒できゅんとする! ほのぼのザわーるど』をお渡しさせていただいて、ずっと憧れていたことをお伝えしたんです……が、僕の本を読んで、大村さんも藤田さんも「え、俺らのどこに憧れてたの? キュンとかほのぼのとか……真逆じゃん!」とツッコまれました(笑)。

日常に落ちている小さなきっかけに気づけるか

――先ほど、「サシ似顔絵」の様子を見させてもらいましたが、お客さんと話ながらスラスラと描いていて驚きました。

すぐる画伯:描くのは早いと思います。

――会話をしながらイラストを描くという作業を同時にやって、しかも早いのがすごいと思いました。

すぐる画伯:うれしいです。7年間、毎日イラストを描いているので、 目をつぶっていてもわかるくらいiPadの操作に慣れているんですよね。あと、僕は目の前の方と喋りながらも、俯瞰で出来上がりの絵を見ているイメージで描いています。色を少し調整しようと絵に集中することはあるけど、そのときでも耳の意識はお客さんに向いている感じで。iPadと友達になれたからこそできることですね。

絵を描いている時間がめちゃくちゃ楽しいですね。なんなら、ずっと描いていたいですもん。案が生まれてくる瞬間が、まず一番気持ちいいんですよ。“これを描いたら絶対に可愛いじゃん!”って。そこから、実際に描いてみて「うわ、可愛い!」となる瞬間もうれしい。

――まさに天職ですね。イラスト集『1日1ページで癒される 366日、やぁねこといっしょ』(ヨシモトブックス)では、7月10日のサブスクのページがすごく好きでした! ただただ可愛いページとは、一味違いますよね。

▲『1日1ページで癒される 366日、やぁねこといっしょ』より

すぐる画伯:可愛いで成立するページもあるし、芸人脳で作るネタのページもあります。どっちの視点からも楽しんでいただけるのが理想ですね。

――こういうイラストのアイデアを得るために、普段から意識してることはありますか?

すぐる画伯:芸人さんのネタを見ていてよく感じるのは、“よく思いつくな、このネタ! 俺が思いつきたかったわ”ということ。でも、そう感じたネタを紐解くと、きっかけは些細なとこから生まれていることも多い。なので、日常に落ちているきっかけに気づけるように、意識的に物事を観察して、一日を終えるときにはアイデアのストックができるようにしています。

例えば、5月24日のカメが甲羅をリュックみたいに前で背負うページは、亀から思いついたわけではないんです。電車に乗っているときに、僕がリュックを前に背負っていることを俯瞰して、“これってみんなやることだし、優しいよな”と気づいたんです。

絶対ありえないキャラにやらせたいなと思って、このネタが出来上がりました。だから、大事なのは“自分やみんなが当たり前にやることのなかにあるきっかけ”に気づくことだと思いますね。

▲『1日1ページで癒される 366日、やぁねこといっしょ』より

似顔絵を描くと過去に話した内容を思い出す

――吉本興業初のイラストレーターということで、お笑い芸人からイラストレーターに転向されましたが、大変なことはなかったですか?

すぐる画伯:今でこそ皆さんに認知していただけるようになりましたが、イラストレーターの活動を始めたばかりの頃は、宙ぶらりんでしたよ。吉本所属とは名ばかりに、バイトをしながら、絵を描き続ける生活が続きました。

吉本興業は、ライブに出ていればギャラが明細として届くんですけど、僕はライブに出ていなかったので、明細も届かず。そのときは吉本への帰属意識が薄れましたし、ツラかったですね。ただ、発信したいものがあったから、自分を信じるしかなかったです。

――「今日からイラストレーターやります!」って宣言したんですか?

すぐる画伯:じつは、プロフィール欄に「吉本興業の唯一のイラストレーター」と勝手に書いていただけなんです(笑)。その後、徐々に認知され、フォロワーが増えていくなかで、社員の方に報告すると「いいと思いますよ!」と言っていただけて、よし認められたぞ!って(笑)。

初めての書籍『1秒できゅんとする!ほのぼのザわーるど』が出版されたときは、僕が勝手に名乗っていた「吉本興業の唯一のイラストレーター」という肩書を、会社側からプロモーションで使っていただけたので、ありがたかったですね。

――芸人さんだと先輩がいて、悩みを聞いてもらえることがあると思いますが、すぐる画伯は独自路線を開拓されてきました。そういった意味で大変なことはないですか?

すぐる画伯:孤独ですね。でも、“結局は自分”と思っているタイプなので、そこに苦悩を感じてないんだと思います。とは言え、仕事のことを話せて、飲みに行ける先輩が少ないのは寂しいですよね。だから、イラストを描いている芸人同士での結束は強いです。そういった先輩の数は多くないけど、共感していただける部分は多いですね。

今回のラフォーレ原宿の「愛と狂気のマーケット」で一緒に出展している、ひろたあきらさんもそうですし、鉄拳さんやパラデル漫画の魂の巾着の本多さんなど、仲良くさせてもらっています。

「やぁねこ」は皆さんの味方です

――ここにも大きいやぁねこちゃんがいて、来場者もお写真を撮られていましたが、やぁねこがみんなを惹きつける魅力とはなんでしょう?

すぐる画伯:僕がしてしまう、おっちょこちょいを含めたあるあるネタを投影したキャラクターなので、絶対にみんなの味方でいてくれるだろうなと思います。人のことを傷つけないし、“私もそれやっちゃうよ”みたいにゆるく優しく受け入れてくれる。皆さんにとって、やぁねこは味方です。すぐる画伯というキャラクターは別でいるんですけど、僕の目線はやぁねこに近いと思います。

▲このイベントでは巨大なやぁねこの隣で「サシ似顔絵」をしていた

――すぐる画伯にとって、一番の転換点となった出来事はありますか。

すぐる画伯:やはり、コロナ禍が大きかったかもしれないですね。Instagramで活動を始め、徐々にフォロワーが増えていきましたが、そのタイミングと同時に来たのがコロナ禍でした。そのとき「吉本の自宅劇場があるけど、すぐるくんは何かやる?」と社員さんから声をかけていただいたので、僕は「似顔絵をやりたいです!」と言ったんです。

「テレワーク似顔絵」という名前をつけて、オンラインで似顔絵を描く活動を始めて、それが大きなきっかけとなっていると思います。コロナ禍は世間的に大変な時期だったので、複雑な思いではありますが……。

――気持ちが沈むコロナ禍で、すぐる画伯の可愛くて心落ち着くイラストが求められていたのかもしれないですね。

すぐる画伯:そう言っていただけるとありがたいです。似顔絵って、1人1枚あればいいし、なんなら1枚もなくてもいいものじゃないですか。でも、テレワーク似顔絵に参加してくれた方は、リピートしてくれることが多かったんです。

似顔絵を描きながら、40分間お話をするんですけど、ただ話を聞いてほしいという方も来るんです。コロナ禍で家にいて誰とも話さない、という方にとって支えになってたならよかったなって。

――マネージャーさんから伺いましたが、お客さまの名前や話した内容をほぼ覚えているそうですね。

すぐる画伯:高校時代に聞いてた曲を今聞いたら、学校からの帰り道の風景を思い出すことがあるじゃないですか。それと同じで、喋りながら絵を描いているので、その線を見たときに、何を話していたか思い出すんですよね。なので、前回お会いした方に「そういえば、あの話ってどうなりました?」と言うと、びっくりされます(笑)。

――すごい!

すぐる画伯:たまたま思考回路のなかで、記憶力のある部分がお喋りと似顔絵にマッチしていたんでしょうね。もともと文字だけでの記憶は得意ではないので……美術だけではなく、日本史の成績も2でしたし、台本は覚えられないタイプです(笑) 。

(取材:吉田 真琴)


© 株式会社ワニブックス