【CDJインタビュー】ソウル&ファンク・ユニットMen Spyder 初のEPを発表

国内外で活動するドラマーの榊原大祐が、数々の映画音楽を手掛けるTack Turnerと結成したユニット、Men Spyder。R&B、ファンク、ジャズなどを吸収した心地よいグルーヴ。そして、シネマティックなサウンドがリスナーを旅へと誘う。ゴールを目指す旅ではなく、その過程を楽しむ。そんな贅沢な時間を味わえるのがMen Spyderの音楽の魅力。最新EP「Men Spyder」をリリースした2人に話を訊いた。

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Men Spyder
「Men Spyder」
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――まずはMen Spyder結成の経緯を教えてください。榊原「これまで僕は他の人のために叩いて来たんですけど、自分で曲を作って演奏したくなったんです。自己表現したくなったというか。それで最初は別の相方とユニットをやろうとしたんです。相手はエンジニアで、2人ともメロディを奏でる楽器が弾けなかった。そこで相方の知り合いで、鍵盤が弾けるTackに手伝ってもらうことにしたんです。でも、いろんな事情があって、そのユニットは頓挫してしまいまして。そこで仕切り直してTackと2人でやろうと思ったんです。それが2019年くらいだったのですが、すぐにコロナ禍になってしまって(苦笑)」――せっかく再出発したのに(笑)。榊原「最初の頃は自宅スタジオがあるTackの家に行ってたんですけど、コロナ禍になってからは大半はオンラインで作業しました。Tackは僕が頭に思い浮かべているものをすぐに具現化してくれるんです。自分が考えていることがすぐに通じる相手ってなかなかいないじゃないですか。だからTackのことはすごく信頼しています」Tack「手伝っていた頃からの付き合いで、いろいろわかっていることがありますからね。お互いにアシッド・ジャズが好きだったり、おかずが少ないミニマルなサウンドがいいとか。僕が鍵盤を押して大ちゃんが探している音を見つけたりするんですけど、それが結構、シャレたテンションの音だったりして僕と好みが近いんです。それに彼のミドル・テンポのドラムの感じは個人的に好きなんです」榊原「のんびりした人間なので、ミドル以上の早いテンポが苦手なんです。テンポが上がってくると頑張らないといけない気がするから(笑)」――榊原さんの人柄がグルーヴになっている(笑)Tack「彼とは人間的な相性がめちゃくちゃ合うので、すごく作業はしやすいですね」――Men Spyder の曲は70年代のR&Bやファンクやジャズ/フュージョンの要素を取り入れながら、ミニマルなサウンドはテクノっぽくもありますね。榊原「コンピュータで音を組み立ててから生音に置き換えているので、そういう感じになるのかもしれません」Tack「このユニットはドラムとベースが生み出すグルーヴが大事。まずはそこにフォーカスして、そのうえで僕が映像的なサウンドを乗せています」

――最新EP「Men Spyder」には、Theatre Brookの中條卓さんがベースで参加されています。昔からのお付き合いなのでしょうか。榊原「中條さんと知り合ったのは20年近く前なんですけど、演奏はもちろん、演奏している姿もかっこいいし、人柄もすごくよくて。だから、ベースを誰かにお願いするんだったら真っ先に中條さんがいいなと思っていました」――ドラムとベースがグルーヴを生み出して、風景が移り変わっていくようにサウンドが変化していく。とても映像的なサウンドです。Tack「僕らの音楽のコンセプトは、人が移動している時のBGMになるような音楽なんです。移動している人が主人公になったり、時には車が主人公になったりする。そもそも大ちゃんが車が大好きで、大ちゃんがかっこいいと思う車のための音楽ともいえる」榊原「曲を書く時、僕が頭の中でイメージしている車って、自分では到底乗れそうにない高級車なんです(笑)。そういう車に乗っているのを想像しながら曲を作る。運転しながら時が止まったように感じる優雅さ、それが大切なんです。でも、それはあくまで僕の中での話で、曲を聴いている人が車に乗っていなくてもいい。自転車でも電車でもよくて、目の前で風景が動いていて、それを楽しむのをアシストする音楽であればいいなと思っています」

――乗り物に乗っている時の心地よさってグルーヴに通じるものがありますね。「Men Spyder」の1曲目のタイトルは「Speed」。とても心地の良いスピード感です。榊原「〈Speed〉という曲名ですがBPMはそんなに速くないんですよ。世の中ではスピードというと速さだと思われていますが、重要なのはそこで感じる高揚感だと思っていて。それを曲で表現したいと思いました」Tack「この曲は、まず大ちゃんがガレージバンドで作ったベーシックなデモを持ってきたんです。そして、曲のイメージに近い車が走っている映像をYouTubeで観せてくれて、それに感化されて僕が色々音を付け足していきました」――次々と風景が変わっていくようなサウンドですが、トランペットの音色がアクセントになってますね。Tack「あれ一発かますだけですごく大人っぽくなるんです」榊原「そういうアイディアをいろいろ出してくれるんで助かってます」

――2曲目の「Fog」はスペイシーなシンセ・サウンドも手伝って、独特の浮遊感があって神秘的ですね。榊原「〈Speed〉は高速道路を走っているような都会的なイメージだったんですけど、この曲は霧に包まれた森の道を走るような感じ。曲の途中で雰囲気がガラッと変わってローズのソロが入るんですけど、そこは僕のイメージでは長いトンネルに入るんです。オレンジ色の照明がバーッと輝いていて、そのトンネルを抜けるとクライマックスになる」――なるほど、目に浮かぶようです。榊原「車に乗りながらこの曲を聴いている時に、トンネルが見えると一旦止めるんです。それでトンネルに入るタイミングに合わせて、そこからまた再生して聴いたりしてます(笑)」

――楽しそうですね(笑)。3曲目の「Gold」はヴォーカルや朗読が入っていて、映画的というかストーリーを感じさせるアレンジになっていますね。榊原「〈Gold〉って夕陽の色のことなんです。陽が傾き出した頃、都会から海に向けて車で走っていく。そして最後には海岸線に陽が沈んでいく感じ。僕が書く曲は基本的に映像ありきなんですよね。だから映画や映像の音楽の仕事をよくやるTackと波長があうんじゃないかと思います」Tack「大ちゃんによると、海辺の街にたどり着いてから街の悪いやつらが出てくるらしい。そして、夕陽のゴールドだけではなく、お金という意味のゴールドの匂いもしてくる(笑)。そういう話を聴いてアレンジが固まったんです」――そんな物語があったとは!榊原「マフィアとかテロリストが出てくる映画が好きなんですよ。僕は穏やかな小市民なんですけど(笑)。ただクリーンで美しいだけの音楽っていうのはどうもつまらないと思っていて、どこかに毒が欲しいんです。ほかの曲にも、そういうものを入れるようにしています」――ヴォーカルや語りのパートは英語ですが、そういう物語的なことが歌われているのですか?榊原「いえ、それはまた違っていて。歌っているのは僕で、朗読しているのは僕がロンドンで暮らしていた頃に知り合った親友のキーボード奏者なんです。彼が普段喋っている時の気怠い感じの声が印象に残っていたのでお願いしました。歌のパートでは、“どんな意味があるのかわからなくても自分が愛することをやり続けるんだ”と歌っていて、語りでは、“それが何を意味するのか君にはわかっているはず”と言っているんです」

――なるほど、榊原さんが自問自答しているようでもありますね。そういえば、昨年発表したデビュー・シングル曲「Fly Low」も歌入りでした。榊原「このユニットをスタートした時は、全曲インストで行こうと思っていたんですけどね。〈Fly Low〉を作っている時に、最初はシンセを重ねていたところをストリングスに置き換えたら景色が大きく変わったんです。そうするとさらに音を加えたくなってきて、Tackが歌を入れようって提案してくれたんです」Tack「大ちゃんの歌はすごくソフトなので、楽器のひとつみたいな感じで入れられると思ったんです。だから歌っていても歌モノって感じではないんですよね」――確かにライブラリー・ミュージックみたいな雰囲気ですよね。榊原「だから、今後また歌うにしても、とくに発声練習はしなくてもいかなと」Tack「ちょっとはしてよ(笑)」――「Fly Low」も榊原さんの頭の中に風景が浮かんでいたんですか?榊原「はっきりとありました。スコットランドの荒野に緩やかに曲がりくねる道があって、そこをカッコいい車が颯爽と走り抜けていく」――やはり、移動の心地よさ、そこから見えてくる風景が曲の出発点にあるんですね。榊原「そうですね。ドライヴをする時、自分が好きな曲をかけるじゃないですか。あなたのドライヴを演出させてください、みたいな感じなんですよね。だから、曲じゃなく曲を聴いてくださる方が主役なんです」――ドライヴ・ミュージック、という言葉もありますが、Men Spyderの音楽そのものが乗り物のようですね。とても乗り心地が良くて何時間でも聴いていられそう。榊原「僕が思い描いている車を使ってPVを撮ったらとんでもない制作費がかかると思うんですよ(笑)。でも、この曲を聴きながら走っていると、そういう高級車に乗っているような気分を味わうことができる。僕にとっては贅沢な気分になれる音楽なんです」――どんな乗り物に乗っていても楽しめる音楽、という話もありましたが、通勤電車に乗りながら聴いたりすると見慣れた風景も変わって見えそうです。ちなみにユニット名も車関連なのでしょうか。榊原「そうです。“Men”は男性2人だからなんですけど、“Spyder”というのは、オープンカーのことなんです。メーカーによってオープンカーの呼び方が違っていて、“コンバーティブル”とか“カブリオレ”とかいろいろあるんですけど、“スパイダー”もそのひとつでイタリアの車に使われることが多いんです。僕は屋根が開く車ほど贅沢な車はないと思っていて。たいてい、2人しか乗れないし、荷物もあまり積めない。普段の生活ではあまり役に立たないんです。純粋にドライヴを楽しむために作られた車。それがすごく贅沢に感じるんですけど、音楽もオープンカーみたいなものだと思うんです。音楽がなくても生きてはいけるじゃないですか」――なるほど。生活必需品ではないけれど、人生に喜びや潤いを与えてくれる。パンデミックの頃を思い出しますね。ライヴハウスが閉鎖されてコンサートができなくなるなかで、音楽は生活に必要なものなのか議論されました。榊原「確かにそうですね。なくても生きていけるけど、音楽でないと味わえない快楽や喜びがある。そういうところがオープンカーと通じるところだと思います。だから、ユニット名に入れたんです。日本語にすると“屋根開きの男たち”」Tack「どういうこと(笑)?」――曲を聴きながら、お2人が気持ちよさそうにドライヴする姿が目に浮かびます(笑)。榊原「長時間ドライヴできるように少しずつ曲を増やしていきながら、いつかオープンカー“Spyder”を手に入れたいと思っています(笑)」
取材・文/村尾泰郎

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