『9ボーダー』『くる恋』『約束』『アンメット』 “記憶喪失”ドラマがなぜ求められるのか

今期のテレビドラマは記憶喪失を題材にしたドラマが多い。

『くるり~誰が私と恋をした?~』

『くるり~誰が私と恋をした?~』(TBS系)は、主人公の緒方まこと(生見愛瑠)が事故で記憶喪失になり、自分のことがわからないという状態から始まる。彼女はプレゼント用の指輪を持っていたが誰に贈る予定だったかを思い出せない。そんなまことの前にフラワーショップの店主でまことの元恋人と名乗る西公太郎(瀬戸康史)、会社の同僚で男友達の朝日結生(神尾楓珠)、アプリ制作会社の代表・板垣律(宮世琉弥)が現れる。

本作は記憶喪失の女性と3人の男性のラブコメだが、同時に記憶喪失になったことをきっかけに人生を再スタートする物語となっている。

記憶を失う前のまことは周りに素の自分を見せず悪目立ちしないように生きてきた保守的な人間だった。しかし記憶喪失になったことをきっかけにまことは会社を辞め、指輪職人になりたいと思い、リングショップで働くようになる。

「記憶がないってことは、自分らしさ……から自由になれるのかもな。人生リセット。嫌なことも忘れられる。少し羨ましい」と公太郎がまことに言う場面が第1話にあるが、本作は本当の自分を取り戻していく自分探し系ラブコメだと言えるだろう。

その意味で本作における「記憶喪失」は、空っぽで何もないからこそ、新しい自分になれるという可能性の象徴だと言える。

『9ボーダー』

一方、『9ボーダー』(TBS系)は19歳、29歳、39歳の「大台の年齢」を迎えた3姉妹の物語。29歳の大庭七笛(川口春奈)は仕事はとても充実していたが、多忙すぎて恋愛から遠ざかっている人生に悩んでいた。そんな彼女の前に現れるのがコウタロウ(松下洸平)という記憶喪失の優しい青年だ。

本作は仕事や恋愛の悩みが細かく描写されており、男も女も複雑な内面を抱えた存在として精密に描かれている。だからこそ、記憶喪失で何も持っていないコウタロウの無垢ゆえの優しさが際立っており、会社の人間関係に悩んでいる七笛が彼に惹かれていく姿にとても説得力を感じた。

しかし、第2話ではコウタロウが公園で誰かを電話で怒鳴りつけていた姿を目撃したと言う証言が登場、彼の私物に紛れていた預金残高が書かれた明細票には1億を超える金額が記載されており、何か怪しい仕事をしていたのではないか? という疑惑が提示された。

『くるり』では主人公の女性が、『9ボーダー』では主人公が好意を持つ男性が記憶喪失になるのだが、どちらも記憶喪失の現在の方が人間関係に恵まれており、記憶が戻ることで本当の自分と対峙することを恐れているように見える。どちらも「新しい自分に生まれ変わりたい」というリセット願望が、記憶喪失という状況を通して描かれているのだろう。

この2作は恋愛ドラマの設定として記憶喪失が用いられているが、サスペンスのアイデアとしてうまく活かされているのが『約束 ~16年目の真実~』(読売テレビ・日本テレビ系)だ。

『約束 ~16年目の真実~』

本作は刑事の桐生葵(中村アン)が、故郷の街で起こった連続殺人事件に挑むミステリードラマ。遺体の口にはビー玉が詰められていたが、同じ事件が葵が高校生だった16年前にもこの街で起こっていた。

当時は彼女の父親が連続殺人犯として逮捕されたのだが、再び事件が起きたことで、葵の同級生だった映像研究会の仲間たちが容疑者として浮上する。だが、16年前の事件の時に被害者の遺体を発見した時のショックで、葵は事件直前の記憶を失っており、彼女自身が殺人犯である可能性もゼロではない。

主人公が記憶喪失という設定は、サスペンスを盛り上げるシチュエーションとして最大の効果を発揮しており、ミステリードラマのアイデアとしては王道の見せ方だと言えるだろう。

『アンメット ある脳外科医の日記』

最後に、同じようにドラマを盛り上げる設定として記憶喪失を用いながらもユニークなアプローチとなっているのが、医療ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系)である。

主人公の川内ミヤビ(杉咲花)は脳外科医だが、事故により1日で記憶がリセットされる記憶障害を発症しているため、朝起きると彼女は昨日書いた日記を読み返して、自分自身が置かれた状況を理解して病院に赴く。

彼女には事件以降の記憶が存在しない。不安定な状態なので看護助手として働いていたが、新しく赴任した脳外科医の三瓶友治(若葉竜也)と出会ったことで、脳外科医に復帰し、自身の記憶障害と向き合っていく。

彼女が事故に遭った理由は謎に包まれており、ミヤビの婚約者だったと語る三瓶の存在も含め、謎解きをめぐるサスペンスがドラマの推進力となっているのだが、まず何より記憶障害を抱えたミヤビに見えている世界を描くことに本作は尽力している。

医療ドラマとしては独特すぎる、張り詰めた空気が漂うストイックな映像に圧倒される。おそらく、ミヤビや脳に障害を抱えた患者たちには世界はこう見えているのだろう。映像表現のレベルで記憶喪失の不安を見事に可視化した稀有な作品である。
(文=成馬零一)

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