異色の経歴が話題の『悪は存在しない』主演の大美賀均、キャリアのきっかけは渋谷の焼き肉屋で出会った大物映画監督「映画が好きなら観にくれば」って

大美賀均 撮影/有坂政晴

黒沢明監督以来はじめて、米アカデミー賞と世界三大映画祭であるカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭のすべてで受賞を果たしている濱口竜介監督(45歳)。その長編最新作であり、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員賞)に輝いた『悪は存在しない』が公開になった。主演を務めたのは大美賀均(36歳)。映画班のドライバーから主演俳優に抜擢され、濱口監督とともに世界的に知られるデイミアン・チャゼル監督よりトロフィーを手渡しされた大美賀さんが驚きのTHE CHANGEを語る。【第2回/全2回】

第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督による最新作『悪は存在しない』で、ドライバーとしてシナリオハンティングに同行していた際の“佇まい”から、主演男優に抜擢された大美賀さん。現在、映画の演出部スタッフとして活動する大美賀さんだが、36歳にして、そのキャリアはCHANGEの連続だ。

「はじめは普通に上京して4年制の大学に通っていたんです。そこに2年通ったんですが、中退しまして、その次の年に桑沢デザイン研究所という渋谷にあるデザイン学校に入り直しました。3年制の学校なんですが、僕は留年したので4年間通って、だから大学の2年間と合わせて6年間学生をやって24歳のときに社会に出たんです。そこから3年くらいフリーターをしていました」

――何か芸術系の仕事に就くわけではなかったのですか?

「ひとりでできる仕事がいいなと思って、ドライバーのアルバイトを探してやってました。今で言うUber Eatsみたいな感じですかね。お寿司屋さんとかレストランとかと提携しているところがあって配達の仕事をしていました。それでそういうドライバーをやり始めていた24歳くらいのときに、渋谷の焼き肉屋で友達と一緒に映画のモノマネとかをしていたら、ちょうど同じ店にいた映画監督の大森立嗣さんに話しかけられたんです」

――え!?

「『イージー★ライダー』で、ジャック・ニコルソンがやった弁護士が酔っぱらって“ニッキニッキ!”ってやってるのをマネしたり、“映画の登場人物で付き合うならだれ?”とか、ほんと学生みたいな話をしてたら、隣のテーブルでご飯を食べていた大森監督が話しかけてくれて。そのとき監督がユーロスペースで『ぼっちゃん』を上映してたんですけど、“映画が好きなら観にくれば”って言ってくれたんです。それで次の日に観に行きました」

『日日是好日』では助監督に!印象に残る樹木希林さんの車

――ご縁ですね。

「それで“面白かったです”とその場で手伝いをしたりして、そういうことが24歳のときにあって、それはそれで終わったんですけど、その3年後に、そのときのプロデューサーから電話が来たんです。“ドライバーを探してるんだけど”って。それで『光』という映画で、初めて映画制作の現場に呼んでいただいたんです」

――そうなんですね! 井浦新さんと永山瑛太さんの共演作ですね。さらに続けて大森監督の『日日是好日』で、今度は助監督で入られています。

「ハーベストフィルムという映画の制作会社があって、大森監督とよく仕事をしていました。僕はその事務所に呼ばれてなくても、なんとなく平日行ってみるという生活をしていました」

――すごい。では細い縁をちゃんと太くして自分で引き寄せているわけですね。ところで『日日是好日』には樹木希林さんも出演してらっしゃいましたが、お話はされましたか? どんな方だったといった印象はありますか?

「その時、僕はサードと言われる一番下の助監督だったんですけど、樹木さんとは本当に業務的な会話しかしていないと思います。ただ本当に真摯な方だったという印象があるのと、同時に緊張感がありました。周囲も樹木さんがいらっしゃるといい意味でピリっとするんです。背筋が伸びる感じ。それから現場にすごくかっこいい車でいらっしゃっていたのを覚えています。ちょっと車種は忘れしてしまったんですが、可愛らしい感じじゃなくて、かっこいいスタイルの車に乗られてました」

――その後、濱口監督の現場などにも参加し、昨年の12月にはご自身の監督作『義父養父』が劇場公開されました。監督をしたいという気持ちはどの辺からあったのでしょう。

「何かを作ってみたいという気持ちはもともとありました。それが映画を撮れるかもしれない、撮ってみたいと具体的に思えるようになったのは、『偶然と想像』で濱口監督の現場に入ったときだと思います。僕が今まで経験していた現場に比べて、スタッフも出演者もすごく少なくて、たぶん予算も少なくて。こういうミニマムな体制でも映画を撮ることができるんだなと。僕は学生時代に自主映画を撮ったりした経験がなかったので、そういったことを知ったのはかなり新鮮だったんです。もちろん濱口監督の手腕が大きいと思いますが、ちゃんと面白い映画が、こうした規模で作れるんだと経験したのが大きいです」

――現在36歳、映画業界に入られてからまだ10年経っていません。その中で、焼き肉屋さんで大森監督に話しかけられてからドライバーとして映画制作の現場に入り、濱口監督の映画の主演男優としてヴェネツィア国際映画祭でデイミアン・チャゼル監督からトロフィーを受け取り、昨年末は自分の監督作を映画館で上映。CHANGEの連続ですが、大美賀さんからは、運をきちんと引き込んでいる印象を受けます。

「楽しい方に行くようにはしている気がします。自分の意思でどうするというよりは、楽しそうな方に話があったら、そっちに行っているのかなと思います」

“楽しい方に行く”。運を引き寄せてCHANGEし続ける大美賀さんからの、いいアドバイスを聞くことができた。

大美賀均(おおみか・ひとし)
1988年生まれ。桑沢デザイン研究所卒。助監督として大森立嗣監督『日日是好日』、エドモンド・ヨウ監督『ムーンライト・シャドウ』等に参加し、濱口竜介監督の『偶然と想像』では制作を担当する。2023年には、自身が初監督した中編『義父養父』が公開された。

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