大ヒット映画『変な家』作者・雨穴が影響を受けたメガヒット漫画「ゾクッとするような気持ち悪さを感じた」

雨穴 写真/本人提供

ウェブライターでユーチューバーとしても活動する雨穴さんによる書籍の映画化である『変な家』が大ヒットし、話題を呼んでいる。3月15日に公開されると、4週連続で観客動員1位を記録。すでに興行収入が40億を突破したと報じられており、ゴールデンウィークもその勢いは止まりそうにない。

「THE CHANGE」では、昨年9月に原作者である雨穴さんのインタビューを掲載して反響を呼んだ。『変な家』(飛鳥新社)の続編として、2022年に上梓された『変な絵』(双葉社)も累計発行部数が80万部を超え、世界24か国で翻訳出版されるなど、その勢いはますます加速している。3月には漫画家・相羽紀行氏によるコミカライズが発表され、すでに漫画連載もスタートしている。

今回はそんなヒット作『変な絵』のコミカライズに伴い、作者・雨穴さんから、新たに貴重なコメントが届いた。

「前作『変な家』の経験を生かす勉強と研究を繰り返したうえで、編集者の厳しい指摘を受けながら万全の状態で臨んだ作品が第2作『変な絵』でした。『変な絵』は私の人生における最高傑作です。そんな『変な絵』はコミカライズもされることになりました。連載開始前、どなたに漫画を描いていただこうか、出版社と何度も会議を重ねました。
そして、これまで多くの素晴らしい漫画作品を世に出し、読みやすく、迫力のある画面構成がお得意な相羽紀行先生にお願いすることになりました。相羽先生の絵で作品の世界がよりリアルに広がったと思っております。内容に関してひとつ申し上げると、“ある嘘”が漫画の中に仕掛けられています。ぜひ、一度読んでいただけましたら幸いです」

今回は、映画『変な家』のロングランヒットを記念して、全3回でお届けした貴重な雨穴さんのインタビューを完全版としてまとめて再掲する(初出:2023年9月7日)。

自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したい

雨穴さんは、約束の17時ピッタリに取材用のチャットルームに入室した。カメラ機能をオフにした真っ黒な画面の向こうから、「よろしくお願いします」と、挨拶の声が聞こえてくる。こうして、素性を一切明かさない覆面作家・雨穴さんのインタビューが始まった。

雨穴さんが2022年に出版した『変な絵』は、9枚の奇妙な絵を題材に展開していく、新感覚のスケッチミステリーだ。第1章の“風に立つ女の絵”をはじめ、作中には、異様な雰囲気を漂わせる「何かがおかしい絵」が次々と登場する。

「私の作品づくりの原動力は、かつて自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したいという気持ちです。見てはいけないものをつい見てしまった、気味が悪いと思いつつも目が離せない、そういった不安な感情を引き出して、ホラー作品としていかに楽しんでもらうか。そこに注力して、『変な絵』を執筆しました」

――かつて自分が体験した“気持ち悪さ”とは、たとえば、幽霊を見たとか?

「いえ。私は霊感がまったくないので、そういった体験はありませんし、そもそも人一倍怖がりなので、幽霊に出会いたくないです。

それよりも、不気味なものを目の当たりにしたときの生理的な嫌悪感に惹かれます。たとえば、グロテスクな昆虫を見かけたときとか、奇妙なモンスターが出てくるホラー映画を見たときとか、そういった瞬間に感じた、ゾクッとする“気持ち悪さ”を作品で表現して、みんなと共有したいと思っています。

その点でいうと、実は、私が“雨穴”として活動するきっかけになった……、つまり人生においてひとつの転機となった作品があります」

雨穴が衝撃を受けた見開きページ

――雨穴さんの人生を変えた作品とは?

「週刊少年ジャンプの人気漫画、冨樫義博先生の『HUNTER×HUNTER』(集英社)です。全編を通して好きな作品ですが、特に、最新章の“暗黒大陸編”に感動しました。物語の舞台が未知の世界である暗黒大陸へ移る、そんなワクワクするストーリーなんですが、その章の冒頭に、これまで一切明かされなかった暗黒大陸がドーンと見開きページで描かれた場面が出てくるんです。そのページを見たときの衝撃は、今でも忘れられません。

捕食中の巨大モンスターがいたり、古代の昆虫のようなモンスターが飛びまわっていたり、グロテスクな植物が生えていたり、ページいっぱいに不気味な生物がいる。そして、その背後には、今まで見たことがない未知の大陸が広がっている。それを見て、ワクワクするような好奇心と、ゾクッとするような気持ち悪さを同時に感じました。そして、“そうだ!自分はこういうものが好きだったんだ!”と思い出したんです」

――なるほど。

「その暗黒大陸のページを見た約1年後に、私は“雨穴”として活動を始めました。なので、『HUNTER×HUNTER』は、私が創作活動を始めるきっかけとなった作品のひとつと言えます。今でも、あのページのような、気持ち悪いけど目が離せないと思わせる作品をつくろうという目標を持っています」

「すごく怖い人たちなのに、スタイリッシュ」

覆面作家の雨穴さんは、映像作品などで姿を現すとき、全身黒装束に白い仮面をつけて登場する。そこで、こんなことを聞いてみた。

――雨穴さんの仮面姿は、どこか『HUNTER×HUNTER』にも出てきそうな見た目ですよね。

「それは初めて言われましたけど、意識はしていません。ユーチューバー活動を始めるにあたって、作品を際立せるために、自分自身の情報量を少なくしようと思って、黒装束をベースにした格好になりました。

ただ、ビジュアル面でいうと、『HUNTER×HUNTER』のヨークシン編に登場する“幻影旅団”に惹かれます。誰がというわけではなく、幻影旅団が並んでいる姿がすごく好きで、人物も服装もバラバラなのに、並んでみると統一感がある。それに、すごく怖い人たちなのに、とてもスタイリッシュ。いろんな要素が混ざっている感じが、とてもいいです。

私は、短い映像作品を作るとき、怖いだけで終わらないように意識しています。一瞬で人の興味をひくためには、怖いけどかっこいいとか、怖いけど滑稽だとか、複数の要素が必要なんです。その点では、通じるものがあるかもしれません」

素性を一切明かしていない雨穴さん。今回のインタビューでも終始、暗闇の画面越しの会話だったが、立ち入った質問にも真摯に受け答えするその姿勢からは、その人となりが伝わってくる。

最新作ではAI(人工知能)が題材

今や人気作家となった雨穴さん。そのもうひとつの顔が、チャンネル登録者数100万人超えの人気ユーチューバーだ。現在も動画投稿を続けていて、その最新作『【科学ホラーミステリー】 変なAI』は、再生回数300万回超えの大ヒットとなっている。

――なぜ、AI(人工知能)を題材にしようと思ったんですか?

「昨年から、AIを使ったモノづくりが世間で脚光を浴びるようになったので、それに一切触れないのは違和感があるなと。それに、今後の作品にAIを用いる用いないは別にして、一度は経験して、自分の中でAIに対するスタンスを明確にしておかないと、表現に説得力がなくなるなと思ったんです。

そこで、画像生成AIが作ったものを題材にした、ホラーミステリー動画を作ってみました」

――小説『変な絵』の作中に登場する絵は、雨穴さんご自身が描いたと聞きました。それに対して、今回の動画で題材となる画像は、AIに作らせてみた。ご自身の中でなにか変化を感じましたか?

「『変な絵』では、絵を描いた人の性格や描いた場所、シチュエーションをしっかり決めて、リアリティを出すように意識しました。第1章の複数の絵を重ねるアイディアも、作中に組み込むうえで、一度考えとして排除してみたり、違う角度から発想してみたりと、試行錯誤しながら形にしていったんです。

AIに挑戦するうえでも、そのスタンスに大きな変化はありませんでした。ただ、AIの便利さは実感しました。クリックひとつで作品ができるし、すでに多様な表現もできるし、この便利さを一度覚えちゃったら、後戻りはできないだろうなと思います。

現代人がスマホなしでは生きられないように、近い将来、AIなしでは作品づくりが成り立たないと言われる日が来るのではないでしょうか」

貞子やジェイソンのような…

――今後はAIをこんな風に使ってみようというアイディアはありますか?

「実は今、対話形式のチャットAIに、試しにホラー小説を考えさせています」

――ええ!

「それに、ただのホラー作品だと面白くないので、“AIをモチーフにしたホラー小説を考えて”と、チャットAIにお願いしています」

――とても面白い試みですね。

「ただ、現時点では、私が期待したようなものはできていません。というのも、“AIをモチーフにして”とお願いすると、AIを恐怖の対象にした小説ができちゃうんです。

恐怖の対象というのは、たとえば、映画『リング』における貞子や、映画『13日の金曜日』における殺人鬼ジェイソンのような、その作品で最も恐れられている存在です。もちろん、AIの暴走によって主人公たちが窮地に立たされるといった作品もありですが、私の中では、まだまだAIを恐怖の対象として見ることができません」

――それはなぜですか?

「私は、ホラー作品の恐怖の対象には、リアリティが必要だと思っています。現時点のAIはまだまだ距離感があり、私たちの生活に密接していませんよね? なので、AIが襲ってきたと説明されても、生々しさを感じないんです。

そこで、最新作の『変なAI』では、画像生成AIを題材にはしましたが、あくまで、恐怖の対象は、そのAIの使い手である人間に設定しました。

ただ、これから先は、AIがどんどん人間社会に入りこみ、私たちの生活に密接していくと思います。すると、AIを恐怖の対象にしたホラー作品が成り立つようになる。そうなれば、これまで見たことがない、新たなホラー作品が生まれるかもしれません」

夢中になったAI作品

AI×ホラーという新たなジャンルを模索している雨穴さん。そんな雨穴さんがハマった、AIを題材にした作品はあるのか聞いてみた。

「最近で思い浮かぶのは、逸木裕さんの小説『虹を待つ彼女』(KADOKAWA)です。『変なAI』の動画を作るにあたり、まずはAIをモチーフにした作品を読んでみようと思って、いろいろと探しているときに、この作品に出会いました。

“死者を人工知能化するプロジェクト”を軸に展開していくミステリーがメイン要素になりますが、その一方で、“死者に恋をした主人公”という恋愛要素も入っています。ホラー作品ではありませんが、ストーリー自体がとてもよくて、物語の中に上手にAIを取り入れていたので、夢中になって読みました。オススメです」

AI時代に突入したことで、雨穴さんの創作活動は今後どのような変化を遂げるのだろうか。今から目が離せない。

チェンジは「関わる人の数が増えた」こと

2021年に作家デビューし、『変な家』(飛鳥新社)、『変な絵』(双葉社)と立て続けに大ヒット作品を生み出している雨穴さん。人気作家になったことで、人生に「CHANGE」は起きたのだろうか?

「本を出す前は個人でモノづくりをしていたので、その頃と比べると、協力してくれる人も増えて、大きな規模のモノづくりができるようになったのが一番の変化ですね。

ただ、その一方で、自分が誰に向けて作品をつくるのかという気持ちは変えないようにしています。本が売れると、ありがたいことに、私のことを作家や小説家として見てくれる機会が圧倒的に増えました。すると、心の片隅で、もっと文学的で、もっと高度な文章表現をしたほうがよいのではないかという思いが出てくる。

でも、私の作品が支持されているのは、分かりやすい文章で、本が苦手な人でも抵抗なく読めるからです。その点は忘れないようにして、これからも作品をつくっていこうと思っています」

――分かりやすさもありますが、雨穴さんの作品には斬新なアイディアが散りばめられていますよね。たとえば、『変な絵』では、とある奇妙なブログを見つけることから物語がスタートしますが、そのブログがネット上に実在しているといったサプライズが仕掛けられていて、大きな話題を呼びました。

「ありがとうございます」

――そういった架空と現実の世界を地続きにさせたり、境目をあいまいにさせたりする演出という点では、ドキュメンタリー風の映像表現をした“ホラーモキュメンタリー”というジャンルが思い浮かびます。近年、流行の兆しを見せていますが、いかがですか?

「私も以前から流行っているなと感じていましたが、小説投稿サイト『カクヨム』に投稿された、背筋さんの『近畿地方のある場所について』という作品が、ネット界隈ですごい話題になっているのを見たときに、本格的なブームが到来したなと感じました」

――なぜ、ホラーモキュメンタリーが流行っているのでしょうか?

「その作品やジャンルを懐かしいと思う世代と新しいと感じる世代、2つの世代ができることで、はじめて大きなブームになります。その点でいうと、かつての掲示板サイト『2チャンネル』で流行した“実話風怪談”に慣れ親しんだ世代が、現代風にアップデートされたホラーモキュメンタリーに惹かれているんだと思います。そして、実話風怪談を経験してない世代は、まったく新ジャンルのホラーとして楽しんでいるのではないでしょうか」

今後の作品づくりの展望

――ホラーモキュメンタリーでオススメの作品はありますか?

「ユーチューブチャンネル『ゾゾゾの裏面』で配信された、動画作品『【閲覧注意】拾ったら死ぬ…心霊スポットに捨てられた噂の写真を追え!謎の一軒家を巡る恐怖の全記録』がオススメです。これを、モキュメンタリーと断言して紹介するのは、作り手の方たちに失礼かもしれないので、本当にあったかもしれない“ホラードキュメンタリー”として紹介させていただきます。

映像、ストーリーともにリアルで、ドキュメンタリーとしての緊張感がひしひしと伝わってきます。また、ゾゾゾさんの作品は、すべてを説明しない作品が多いのですが、この『拾ったら死ぬ…』は、なぜ怪異が生じているのかという謎解きの部分にしっかり焦点を当てているので、ミステリーとしても楽しむことができます」

淡々と語りつつも、随所にホラー愛をのぞかせる雨穴さん。最後に、今後の作品づくりの展望を聞いてみた。

「多くのホラー作品は、幽霊の生前の姿、つまり人間だった頃の姿を表面的にしか描いていません。でも、幽霊だって、生前は人間臭い生活をしていたわけで、幽霊になるまでの前日談がちゃんとあるはずです。そのへんをしっかり描いたうえで、幽霊を見せる。そこに、新たなホラー表現の糸口があるような気がしています」

はたして、どんなホラー作品を生み出してくれるのか。雨穴さんの今後に期待したい。

雨穴(うけつ)
ホラーな作風を得意とし、“ネット界の江戸川乱歩”とも呼ばれる覆面作家。ユーチューバーとしても活動中で、登録者数は100万人を超え、ユーチューブの総動画再生回数も1億回を突破。白い仮面と黒い全身タイツが特徴的。デビュー作『変な家』(飛鳥新社)に続き、初の書き下ろし長編小説『変な絵』(双葉社)は、80万部を超える大ヒット。著書累計は100万部を超える。

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