當真あみ×奥平大兼『ケの日のケケケ』を見逃すな! 自分を“ごきげん”にする一歩のために

「不機嫌なモンスターにならないためには、たゆまぬ努力が必要だ。それが、あたしの普通」

主人公・片瀬あまね(當真あみ)のこんなモノローグから始まる『ケの日のケケケ』特別版が、5月3日にNHK総合で放送される。現在放送中の夜ドラ『VRおじさんの初恋』(NHK総合)の脚本を手がける森野マッシュのデビュー作となる。本作は、放送作家協会とNHKの共催で毎年行われる「創作テレビドラマ大賞」の第47回(2022年度)で大賞を受賞して映像化され、2024年3月にNHK総合・BSプレミアム4Kで放送された。今回は、3月放送時よりも4分30秒長く再編集された「特別版」が放送される。

「感覚過敏」の症状を持つ15歳のあまねは、聴覚・視覚・味覚が過敏で、日々の暮らしにはノイズキャンセリングヘッドフォンとサングラスが欠かせない。食べられるものはごく一部に限られる。症状を持たない人にとっては「ごく普通のこと」である、音や光や食べ物が、彼女にとっては「神経を直接フォークで割かれてる感じ」なのだという。

まず、ほとんどの視聴者が知らなかったであろうこの「感覚過敏」に苦しみ、生きづらさを抱える人がいるのだという現実を、この作品は教えてくれる。一切の説教臭さも「感動ポルノ」も排除して、淡々と、しかし切々と、その事実を訴えてくる。あまねと母・響子(尾野真千子)の飄々とした会話の後ろに、この母子が歩んできた道程が仄見える。

感覚過敏への無理解も、これまた淡々と、しかし赤裸々に描かれる。「人の話を聞くときには失礼だからヘッドフォンを外せ」という「“常識”の押し付け」。味覚過敏をただの「好き嫌い」と勘違いしている人からの「これなら食べられるのでは」という「“善意”の押し付け」。あまねは、物心ついた時からこうした「押し付け」の責め苦にあってきたのだとわかる。

あまねが入学した高校は、必ずどこかの部活に入らなければならないという「部活強制制度」を敷いた、校則の厳しい学校だ。しかし、感覚過敏を持つ彼女にとって、どの部活動も継続していくことは難しい。

「ごきげんでいること」を信条として生きるあまねは、彼女の考えに共鳴した同級生の進藤 (奥平大兼)と共に新しい部活「ケケケ同好会」を発足する。部員を縛りつける部則は一切なし。「何もしない」「すきにする」「活動時間に地球上で生きてさえいれば、出席とみなす」という決まりの部活動だ。

あまねの、自らの境遇に腐らず、自分をかわいそうがらず、いかにして「ごきげんに生きるか」を模索する姿がとてもカッコいい。あまねは「周囲の人とは違う自分」と周囲の人との間に適切な距離をとり、なるべく軋轢を起こさないための工夫や努力を怠らない。限られた食べ物しか食べられないなら、シングルマザーで働く母の響子には頼らず、自分の食事は自分で作る。自分にフィットする部活がなければ、自分で作る。もちろんその境地に至るまでには、たくさんの辛苦と涙があったのだろう。

周囲と軋轢を起こさないための工夫や努力。あまねにとってそれは、「自分のいちばん大切なものを守る」「自分の価値は自分で決める」という、死活問題なのだ。

このドラマのアウトラインは、「感覚過敏の高校生を主人公とした青春ドラマ」となっている。しかし実は、大人にこそ観てほしい、そして、大人にこそ突き刺さる作品だ。今や聞いて久しい「多様性の重視」というスローガンは、言葉だけが一人歩きして、形骸化してはいないだろうか。真の「多様性の重視」とは何なのか。本当の「自由」とは何なのか。そんなことを、あまねと進藤の行動を通じて、考えさせられる。大人たちが作ったこの社会には何が足りないのか、突きつけられる。

當間あみが演じるあまねと、奥平大兼が演じる進藤の「今、この瞬間しかない」煌めきと、みずみずしい佇まいに心を奪われる。ふたりが自らの来し方と「かつて不機嫌モンスターだった時期」について述懐しあう夕暮れのシーンは、「不機嫌」に支配された世界を生きる全ての人に捧げたい名シーンだ。あまねと進藤の言葉を通じた作者の、現代の若者の、そして生きづらさを抱える全ての人の、おだやかな反撃、静かな怒り、人間としての根本的な欲求に、耳を傾けてほしい。

「世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ」

劇中に登場する、とある哲学者の師匠のそのまた師匠であるソクラテスは、こう言った。言い換えれば、「世界をごきげんにしようと思ったら、まず自分自身をごきげんにしろ」ということではなかろうか。一見小さく思えるひとりの「一歩」が、やがて回り回って、世界を変えるかもしれない。森野マッシュという20代の脚本家が、デビュー作からこんなにも「人間の本質」「本当の優しさ」について精緻に描き出せることに感嘆する。こうした作家がいる限り、日本のドラマ界の未来は明るい。そう思わせてくれる秀作だ。

(文=佐野華英)

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