2024年4月クールのアニメの放送がスタートした。そのなかでも、TVアニメ『ガールズバンドクライ』は「台風の眼」といっても過言ではないだろう。
制作するのは、『ONE PIECE』や『ドラゴンボール』、「プリキュア」シリーズを手がける東映アニメーション。『ラブライブ! サンシャイン!!』の監督・酒井和男さんがシリーズディレクターを担当。同じく「ラブライブ!」シリーズに参加した花田十輝さんが、本作でもシリーズ構成・脚本を手がける。
TVアニメ『ガールズバンドクライ』のあらすじは以下の通り。
抑圧的な家庭環境で育ったことが原因で、学校でいじめの標的にされた主人公の井芹仁菜(CV:理名さん)は、家族や学校から逃避するように高校を退学し、単身上京。心の支えにしていたバンドの元メンバー・河原木桃香(CV:夕莉さん)と出会い、彼女に求められ、自身もバンドを結成することになる──。
本稿公開時点で第4話までが放送済み(執筆は3話時点)。主人公・仁菜の鬱屈とした感情や心の痛みが生々しく描かれている。
そんな仁菜が、バンドを通じて気のおけない仲間を得ていく様子や、ライブで感情を爆発させるカタルシスは、月並みな感想になってしまうが、エモーショナルだ。まだまだ物語の序章といったところだが、すでに心をつかまれた視聴者も多いだろう。
文:田中大裕
映像表現の特異性が際立つ『ガールズバンドクライ』
TVアニメ『ガールズバンドクライ』の魅力は、なにも物語だけではない。その映像表現にも目を見張るものがある。
本作の特筆すべき点のひとつに、全編3DCGメインで描かれている点があげられる。筆者は、本作を初めて目にした際、従来の3DCGアニメーションの文体とはまた異なる、経験したことのない、新鮮な印象をおぼえた。
では、TVアニメ『ガールズバンドクライ』の3DCG表現は、どのような点で画期的なのか?
あらかじめ白状しておくと、本作の3DCG表現の画期性について、筆者自身、まだ具体的に言語化できてはいない。
本作の3DCG表現に関する詳細は、今後様々なメディアが、制作者たちへの取材などを通じて明らかにするだろう。より具体的な分析は、それを待ってから行いたい。とはいえ、フレッシュなファーストインプレッションを、率直な言葉で綴ってみるのも悪くないはずだ。
それでは、筆者はTVアニメ『ガールズバンドクライ』のどのような部分に新鮮さを感じたのか見ていこう。
アニメにおける「セルルック」とは異なるビジュアル
まず目を引いたのは、本作のビジュアルが、典型的な「セルルック」とは異なる点だ。
念のため「セルルック」について大雑把に確認しておこう。
「セルルック」とは、組織的な分業体制のもとで制作される日本産ドローイングアニメーション──要するに、2Dドローイングを主体とする一般的なTVアニメを思い浮かべてもらえれば相違ない──の質感を、3DCGによって再現したものだ。
昨今、日本でTVシリーズとして放送される国産3DCGアニメーションの多くは、「セルルック」の範疇に収まるだろう。
だが、TVアニメ『ガールズバンドクライ』のビジュアルには、そうした「セルルック」とは異なる印象を抱く。その理由は明白だ。
「セルルック」を支えるかなめは「輪郭線」と「影」にある。TVアニメ『ガールズバンドクライ』は、そのうちの「影」の部分が通常の「セルルック」とは異なるように見えるのだ。
「セルルック」においては通常、キャラクターに生じる影は、明暗境界がはっきりとした、簡潔な塗りわけで表現される。
そうした簡潔な塗りわけは、詳しい経緯は割愛するが、もともとはドローイングアニメーションを量産するための技術的・経済的な制約に起因した。
しかしながら現在では、しばしば「アニメ塗り」とも形容され、ドローイングアニメーション独特の魅力として、ポジティブに受容されている。「セルルック」においては、3DCGでそれを再現しているというわけだ。
『ガールズバンドクライ』にみる“アニメ塗り”とは異なる塗り分け
だが、TVアニメ『ガールズバンドクライ』においては、そうした「アニメ塗り」が踏襲されているとは言い難い。
特に衣服に生じる影に顕著だが、総じてやわらかなグラデーションで表現されており、簡潔な塗り分けは意図されていないように見受けられる。
実際の人物に生じる影の明暗境界は不明瞭なわけだから、「影」の部分だけに着目すれば、『ガールズバンドクライ』はドローイングアニメーションよりも写実志向であると言えるかもしれないが、そうともいえないだろう。
というのも、「輪郭線」は存在しているからだ(わざわざ確認するまでもないことだが、実際の人物に輪郭線は存在しない)。
そうした本作の特徴的なビジュアルを、プロデューサーの平山理志さんは「イラストルック」と説明する(外部リンク)。本作のキャラクターデザインを手がけた人気イラストレーター・手島nariさんのイラストを、3DCGで忠実に再現することを目指したという。
なるほど、本作の特徴的なビジュアルはイラストの再現を意図したと説明されれば合点がいく。
だが、イラストとは動かないことこそが自然であり、本来は動かすことを前提に設計されていないはずのイラストが動くというのは、たとえるなら、彫刻が思いがけず動き出すかのような不自然さを伴う。
もっとも、ここでいう「不自然さ」とは、単に不気味さや違和感を意味しない。そうではなく、ハッとさせられるような、新鮮な驚きがあるのだ。
コロコロと七変化する表情──即興的なフェイシャルアニメーション
また、TVアニメ『ガールズバンドクライ』はアニメーションも意欲的だ。とくにコロコロと表情を七変化させるフェイシャルアニメーションに魅了された視聴者も多いのではないだろうか。
だが、そうした即興的な演技を3DCGで実現するためには、多くの困難が伴う。3DCGにおいてアニメーターが設計できる演技の幅は、詳細は割愛するが、モデルデータの設計に依存するためだ。
3DCGで即興的な演技を実現するためには、どこか転倒的ではあるが、モデラーとリガー(3DCGモデルを動かすための仕組みを設計する担当者)、そしてアニメーターの緊密な連携を要するし、工数の増加も避けられない。
即興的な演技は、むしろドローイングアニメーションが得意とする領域だ。
SNS上では、『RWBY』や『D4DJ』といった先行作品を連想するという感想も見かける。では、そうしたアニメと『ガールズバンドクライ』の差異はどこに見い出せるのか?
それに関しては、筆者自身、まだうまく言語化できてはいないのだが、私見では、ビジュアルとアニメーション(動き)の「かけ算」に核心がある気がしている。
ビジュアルとアニメーションの「かけ算」が生み出す3DCGアニメの新しい文体
アニメーションのテクニックのひとつに、実際の人間をコマ撮りしてアニメーションを生成する「ピクシレーション」というものがある。
この「ピクシレーション」という手法が示唆するのは、アニメーションは、ビジュアルと動きの「かけ算」によって、「こういうビジュアルのものは、こういうふうに動くはずだ」という先入観を解きほぐし、見る者をハッとさせる、新鮮な映像体験を生み出すことができるということだ。
TVアニメ『ガールズバンドクライ』に話を戻そう。本作では、本来動かすことを前提としないイラストを忠実に再現したビジュアルを目指す一方、ドローイングアニメーションが得意とする即興的な演技を、わざわざ労力をかけて追求している。
こうして言葉にしてみると、どこかチグハグな印象もおぼえるが、実際の映像には違和感を抱かない。むしろ、新鮮な驚きに満ちている。
ビジュアルとアニメーションの「かけ算」を試行錯誤することで、アニメーションの新しい文体を開発している──そんな印象を抱くのだ。
そしてそれは、物理的な支持体や画材に拘束されず、様々な質感を実験できる3DCGならではの美点と言えるかもしれない。
『ガールズバンドクライ』の物語は今後さらに加速していくことだろう。彼女たちが結成するバンド・トゲナシトゲアリ(現時点の名称は“新川崎(仮)”である)の物語のみならず、その映像表現にも引き続き注目したい。