某大統領「日本は外国人嫌いだ」に正しく反論するために 『人間の境界』で知る難民の真実

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は徒歩で国境を越えたことがある間瀬が『人間の境界』をプッシュします。

■『人間の境界』

本稿を執筆中に見かけたのが、バイデン米大統領が5月1日の選挙集会で「日本は外国人嫌いだ」と発言したというニュース。5月3日より公開中の本作は難民問題を扱うため、タイミングが“ぴったり”な偶然に軽く驚きつつ、移民問題は世界にとって日常的な問題なのだということを思わせる。想像通り、某ニュースサイトの当該記事コメント欄では非難轟轟。個人的にも「いや外国人の友達たくさんいますけれども」なんてアホなツッコミを入れたくなったが、そうした「みんな仲良く寛容に!」なんて感情論での解決策が取れないのが移民(難民)問題なのである。

本作は難民にまつわる問題について、ベラルーシとポーランド国境で起きている難民を取り巻く事実をもとに、劇映画として克明に映し出した作品だ。筆者は難民問題について、移民をした“その後”の問題、つまり文化的背景の異なる者同士が共同生活を送ることの難しさの点で理解していた。しかし、本作が照らし出すのはそうした文化的な側面ではなく、難民がまるでモノのように扱われていること、もしくは国際的な政治道具として利用されているという事実である。

2021年。ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす狙いで、大勢の難民をポーランド国境へと移送する“人間兵器”とよばれる策略が取られていた。ポーランドもその策略に対抗すべく、当該エリアに緊急事態宣言を発令し、国境警備隊以外のいかなる人物(ジャーナリスト、医師、人道支援団体ら)も排除した上で、難民の「押し戻し」をしていたのだ。そうした難民は暴力に満ちたベラルーシに戻されるか、極寒の森の中でさまようしかなくなってしまうのである……。

全体としては4章に分かれており、移民、国境警備隊、支援活動家などの視点から描かれている。本題材を扱うのにおいて取り上げるべき観点をしっかりと網羅している。全体的にアイロニカルなスタンスではあるが、描かれるべき問題がはっきりと浮かび上がるようになっており、2時間32分という長尺も納得できる重厚さである。

そしてほぼ全編モノクロで撮られた映像が素晴らしい。近年では配信プラットフォームの影響か、ドキュメンタリー作品ですら高精細なルックが求められる傾向にあると感じるが、本作もどのシーンを切り取っても美しすぎる仕上がりだ。冒頭、広がる森林を俯瞰で映すショットから始まるが、濱口竜介監督『悪は存在しない』の森林を映すファーストショットとも似ている。

また、モノクロが使用されていることにより、映像からはリアルタイム性が失われたように最初は思える。だが、コロナ禍であることを踏まえた描写がされることで、これは現実だと引き戻されるのである。これはわずか2年前、2021年が舞台なのだ。構成、物語、映像のどれもがハイレベルであり、ドキュメンタリー性が強い作品として名作だと言える。そして公式サイトを見れば、ポーランド政府は本作の上映を本気で妨害していたと書かれている。そのことを考え、調べていくと、難民に対する“国際的な”不都合の数々が見えてくるだろう。
(文=間瀬佑一)

© 株式会社blueprint