連載小説「ふつうの家族」【第34話】 作:辻堂ゆめ

画:伊藤健介

 結局舞花(まいか)は、AO入試のほうが楽だし部活にも最後まで集中できるからという理由で、父の希望に沿う形で女子大に進学した。大事な一人娘に悪い虫がつかないように、との願いが叶(かな)い、父は心から安堵(あんど)したことだろう。

 だけど、と海(かい)は心の中で父を責める。

 こういう非常事態のときくらい、もう少し妻のことも気遣ってやれよ。さっきからお父さんが舞花のことばかり心配するもんだから、お母さん、嫉妬してフグみたいに膨れてるぞ。 「はいはい、和則(かずのり)さんはすっかり思い込んじゃってるのね。ミナトくんをこの家に連れ込んだのは舞花で、二人が恋愛関係にあるのが〝疚(やま)しいこと〟なんだって」 「そう考えるのが自然じゃないか? 俺たちに対する舞花の態度も、あの男が現れてから、急によそよそしくなった気がするし」 「言っとくけどあれ、あいつの通常運転だから」と海は仕方なく補足説明を入れる。「家族以外の人間がいると、人が変わったように大人しくなるんだよ。学校でもそうだった。俺と通学路を歩き始めるときは明るくはしゃいでるのに、周りに他の子どもが増えてくると、しおらしく黙っちゃってさ」 「あの男を和室に隔離していても、か?」 「家に謎の男がいるってだけで緊張してるんだろ、たぶん」

 図らずも妹の肩を持つ形になる。でも海だって、ミナトとの関係を否定していた舞花の言葉を心の底から信用しているわけではない。父のように決めつけるのは早計だろう、というだけの話だ。 「私も一つ言っとくけど」と母が海の口調を真似る。「さっきの電話、女の子からだったわよ」 「どうして分かる?」 「名前が見えたもの。森田悠(もりたゆう)ちゃん。舞花のルームメイトよ。大学の体操部で一緒の」 「大学の……ってことは、女子か。そりゃそうだな、うん。なぁ冴子(さえこ)、初めから分かってたなら、もっと早くそれを言ってくれよ」 「言う隙もなく、和則さんが突っ走り始めちゃったんじゃないの」

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 つじどう・ゆめ 1992年生まれ。神奈川県藤沢市辻堂出身。
東京大学法学部卒業。「東京大学総長賞」を受賞。2015年、第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、「いなくなった私へ」でデビュー。「トリカゴ」で大藪春彦賞受賞。「十の輪をくぐる」で吉川英治文学新人賞候補。2022年には青春ミステリー「卒業タイムリミット」がNHK総合で連続ドラマ化された。

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