日本の歴史がゾンビまみれに……! 豪華作家陣によるホラー小説集『歴屍物語集成 畏怖』がおもしろい

歴史時代小説に、ゾンビが出てきてもいいのか。もちろん、いいに決まっている。というか、火坂雅志の『関ヶ原幻魔帖』、菊地秀行の『幕末屍軍団』、加納一朗の『あやかし同心 死霊狩り』、風野真知雄の「くノ一秘録」三部作など、すでに幾つもの作品が発表されている。日本史のあちこちを、とっくにゾンビがうろついているのだ。そこに新たなゾンビ歴史時代小説が現れた。五人の作家による書き下ろしアンソロジー『歴屍物語集成 畏怖』のことである。

本書の発案者は、作品も執筆している天野純希だ。ゾンビ映画を愛する天野の呼びかけに、四人の作家が応えて、本書が誕生したのである。まあ、こんな面白い企画、見逃す手はないだろう。きっとみんな、嬉々として参加したはずだ。そう思うのは、どの作品も、やたらと面白いからだ。

まず序章(と終章)を、本書の発案者である天野が担当。物の怪だの怪異だのの話を集めている男が、東北の鄙びた村で不老不死だという女から話を聞くというスタイルで、五つの物語が披露される。第一話は、矢野隆の「有我」。舞台は、1281年の壱岐だ。戦いがあったらしい船の中で目覚めた男。薩摩の御家人の家人・海野三郎である。どうやら好きな女を娶るため、手柄を求めて戦に加わったらしい。しかし三郎の記憶は朧だ。きちんと話すこともできない。人の額に牙を突き立て、その奥にある“甘い果実”を喰らっていく。

ということでゾンビになった三郎の大暴れの様子が、彼の視点で綴られる。パワフルかつグロテスクなストーリーの果てに、有名な史実が浮かび上がってくる点が読みどころ。そうか、あのエピソードの裏には、こんなことがあったのかと、畏怖すべきIFの歴史を堪能したのである。

続く「死霊の山」は、天野純希の作品だ。こちらの舞台は、1571年の近江は比叡山。僧兵だが、借銭の取り立てに駆けずり回っている信濃坊を主人公にして、比叡山を襲ったゾンビ・ハザードが描かれている。狐憑き(ゾンビ)が大量発生した理由に、比叡山と織田信長の緊張した関係を持ってきたのが面白い。歴史好きなら、年代と舞台から扱われている史実は、すぐ分かるだろう。その大きな歴史の渦に巻き込まれながら、己の意地を貫いた信濃坊の行動が切ないのである。

西條奈加の「土筆の指」は、江戸時代初期の中部地方が舞台。この作品だけ史実とは無縁だ。ただしそこには、史実に足跡を残せない人々も、歴史の中を生きているという作者の認識があるのだろう。物語は、葬られた男がゾンビになった様子を、僧の実慧が興味津々で観察するというもの。すっとぼけた空気が愉快だと思っていると、ゾンビになった男の事情が明らかになり、阿鼻叫喚の地獄絵図を突きつけられる。なんともいえない味わいの作品なのだ。

蝉谷めぐ美の「肉当て京伝」は、1793年の江戸は銀座で、戯作者の山東京伝と、自分は人魚だという女房の生活が描かれる。一度死んで甦ったが、徐々に腐りゆく女房と、京伝は不気味な肉当てゲームをするのだ。京伝とゾンビを使った、奇妙な夫婦愛の物語である。

そしてラストは、澤田瞳子の「ねむり猫」だ。舞台は、1826年の江戸城大奥。ゾンビになるのは、なんと大奥で飼われていた猫の漆丸である。生き物がゾンビになる“腐り身”のシステムと、それを大奥が長年に渡り押さえ込んできたという設定がユニークだ。ほうっておけば腐り身になる漆丸を焼くように命じられた又者の少女・お須美の選択と決断にも注目したい。ゾンビを使いながら、作者は社会と人間を見つめているのである。

このように五者五様のゾンビ物語を楽しんだ後、終章で話を聞いていた男の正体が明らかになる。なるほど、だから東北だったのか。最後の最後まで史実とクロスさせた、唯一無二のゾンビ小説本なのである。ただ、続けようと思えば、幾らでも新たな話を創れるはずだ。だから、シリーズ化を期待している。ゾンビまみれになった日本の歴史を、ぜひとも知りたいのである。

(細谷正充)

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