ILLITもLE SSERAFIMも“疎外”されている HYBE内紛で浮かぶ、K-POPの根源的課題

韓国の大手音楽エンターテインメント企業・HYBE(ハイブ)と、K-POPグループ・NewJeansが所属する傘下レーベル・ADOR(アドア)代表の対立が激化している。

HYBEとは、NewJeansは言わずもがな、BTSやSEVENTEEN、LE SSERAFIMといった世界的K-POPグループを擁する大手芸能事務所だ。その内紛が明るみとなり、K-POPシーンに激震が走っている。

今回は、騒動の経緯を改めて整理しつつ、韓国出身の音楽ライターである筆者からはどう見えているかを述べたい。

ゆえに、このコラムには筆者の私見も多分に含まれている。ただこれを「筆者は最終的にHYBEとADORどちらかの味方をしているのか」と読解しないでほしい。

HYBEvsADOR──対立の経緯

騒動の発端となったのは4月22日。

ミン・ヒジン代表を含むADOR経営陣が、HYBEの経営権を奪取しようとしていると親会社であるHYBEが疑い、内部監査に着手したことが報じられた(外部リンク)。

その証拠を確保したとして、HYBEは26日までに告発状を正式に捜査機関へ提出。その過程でHYBEは「最終的にHYBEを出る」などと書かれたメモやメッセージをマスコミに公開した(外部リンク)。

一方のADORは、監査が行われた22日にミン・ヒジン代表が韓国経済新聞のインタビューを通じ、「(HYBEの傘下レーベルである)BELIFT LABが、新人ガールズグループ・ILLIT(アイリット)をプロデュースする際に、NewJeansのアイデンティティ、スタイリング、振り付け、ミュージックビデオのコンセプトをコピーした」と主張(外部リンク)。波紋はさらに広がる。

ADORは記者会見を実施 暴露合戦に発展

そして25日、ミン・ヒジン代表を含むADORは記者会見を実施する(外部リンク)。

2時間を超える記者会見でミン・ヒジン代表は「経営権を簒奪する計画・意図・実行したことは全くない」と反論。「私がHYBEを裏切ったのではなく、HYBEが私を裏切った」「(不当な)株主間契約で苦しんだ」などと意見を表明した。

ADOR側の弁護士も「株の支分率20%未満で経営権の簒奪は不可能」と主張した。

また会見中、ミン・ヒジン代表はHYBEのパン・シヒョク代表の「aespa(SMエンターテインメント所属の4人組ガールズグループ)を踏み潰せますよね?」などの発言を暴露したり、「クソ親父ども」などの罵倒語を使ってHYBE側を非難したりするなど、多くの話題を生み出した。

記者会見の反響は大きかった。

「マスコミを動員してミン・ヒジン代表をここまで追い詰めたパン・シヒョク代表に第一の責任が問われるべきだ」という意見、「ミン・ヒジン代表が経営者として未熟さを現しただけ」との評価、そして記者会見中に名前が出たグループへの影響を懸念する声など、反応は様々な方向に分かれている。

その後、HYBEは26日に記者会見の内容を12項目にかけて詳細に反論した声明を発表(外部リンク)。きちんと予告された監査であったこと、経営権奪取計画への証拠が多くあること、契約が不当ではないことなどが主張された。

それを受けて、ADORは5月2日にさらに反論の声明(外部リンク)を発表。HYBEの主張には偽りがあり、監査は常識的に行われなかったことなどが主張された。

現在、HYBEはADORの臨時株主総会を開催しようとしており、ADOR側はこれを拒否している。総会が開催されれば、ミン・ヒジン代表は解任される可能性が高いようもに思われる。しかし、その正当性は以降も法的・倫理的に問われるはずだ。

論点の移動──「背任」から「コピー」へ

HYBE側が「背任疑惑」を主張したのに対して、ADOR側は「コピー疑惑」で応戦した。

HYBEがADORの法的な契約違反を問題視しているのに対して、ADORは法のフレームから論点を完全に移動させたのである(のちの記者会見や声明文で疑惑の否定は行われた)。

ここでは、ADORが主張した「コピー疑惑」について論じる(HYBE側の「背任疑惑」主張を取り扱わない理由は、現段階では一個人が真偽を判断できない領域だからである)。

とにかく、HYBEの強制監査が行われた22日にADOR側で発表した声明文(外部リンク)では、これを「ILLITのNewJeansコピー事件(아일릿의 뉴진스 카피 사태)」と命名。

ILLITが芸能活動のあらゆる領域でNewJeansをコピーしていると主張し、「ミン・ヒジン風(流)」「NewJeansの亜流」という彼女たちの評価を引用しつつ、苛烈に批判した。

BELIFTから3月25日に出帆したガールズグループ・ILLIT。

そのデビュー曲「Magnetic」は素晴らしかった。細く幻想的でメロディカルなシンセサイザーと分厚いベースが接触するPluggnb(PluggとR&Bをミックスした音楽ジャンル)にハウスビートを敷くトラックは、K-POPで見慣れないスタイルである。

細いシンセ/厚いベースの相反する音色が両立したサウンドは、“super 이끌림(和訳:とても惹かれる)”と言うサビのラインに象徴される、磁石(=Magnetic)の特性を用いた楽曲のコンセプトを拡張するのに成功する。

これは、初打席からロングヒットを成し遂げた、ILLIT(およびそのチーム)の成果である、と言うのが筆者の所感だ。

ここで芸術性を問うべきではないかもしれないが、声明文で(「剽窃」とは明言しなかったものの)「コピー」「亜流」と主張したからにはその価値判断が入らざるを得ない。

まず間違いなく、ILLITはNewJeansの剽窃ではない

ただ、「コピー」と言うワードは「剽窃」より広めの可能性を想像させる。例えば、発表の前段階で企画アイデアが盗用されたのかもしれない。それは重大に捉えるべきだろう。しかしADORの声明文にそういった記述は見受けられない。

そのような背景がありつつ(後の記者会見と声明文でHYBEからかけられた背任疑惑は全面否認したものの)、ADOR側が22日に発表した声明文は疑惑への反論になっておらず、「コピー」に移動させた論点も、正直妥当とは見做しづらかった。

もちろん、この状況で過度な「論理性・客観性」を要求することが、特に大企業の子会社という弱い立場であり、さらに「無実を証明」すべき側に対して無理な要求をしているのかもしれない。

しかし、不明瞭な「コピー疑惑」の糾弾は、互いのチーム/ファンダムが敵対することを容認する信号となり得る

それが巻き起こすだろう非難の矢先は、デビューして1ヶ月しか経たないグループのメンバーたちに向けられる。K-POPジャンルの特性上、有効な発言権を持たれないまま。

K-POPの根源的課題──アーティストの疎外

4月13日と20日、HYBE傘下のLE SSERAFIMは世界最大級の音楽フェスティバル「コーチェラ・フェスティバル 2024」でライブを披露した。

そのライブはYouTubeで生中継されたのだが、特に13日のライブでボーカルの不安定さが露わとなり、韓国のネットでは非難の声が高まった。

ステージやパフォーマンスのクオリティは企画や演出なども込みで決定されるものだが、その矛先がメンバーに向けられた一例だ。

ミン・ヒジン代表は、25日に行った記者会見で、LE SSERAFIMもHYBEの裏切りの一例として取り上げた。

約束を破ってNewJeansより先駆けてデビューさせ、プロモーション戦略も妨害されたと主張した。それに関連したHYBEとADORの真偽の攻防は、現在、「コーチェラ」のパフォーマンスが世間からバッシングを浴びているLE SSERAFIMに対し、追い討ちになりかねない。

(真偽の主張をしてはならないというわけでは当然ない。ただ、実際にメンバーへの攻撃がなされている点に注目してほしい。)

K-POPとは、資本によって徹底的にブランディングされたジャンルである。

アイドルメンバーにはキャラクター性が付与され、その印象をファンダムは崇拝する。その二重構造の中で、K-POPアーティストの主体性は疎外されたまま、彼(女)らはチームのフロントに立たされる

HYBEの猛攻は、企業組織が個人を「魔女狩り」的な状況に追い込み、女性を“ヒステリック”と烙印付ける、弱者嫌悪および女性嫌悪の凡例としても映った。

ADORの暴露戦略が集約した記者会見には、そんな男性中心的企業文化に立ち向かって、ミン・ヒジン代表が生身でぶつかったと、フェミニズム的な意義を捉える意見にも、一部賛同できる。

企業のパワーゲームに巻き込まれた芸術家(ミン・ヒジン代表はSMエンタテイメントのアートディレクター出身)というポジションが大衆の共感を呼び起こして、世論の反転も見込めるくらい空気が変わったのかもしれない。

それでも懸念は残る。アイドルメンバーたちや実務スタッフが実質的に被っている被害は、経営者たちの攻防において、相手への攻撃手段として彼(女)らの名前が使われたことで招かれたからだ

まだ真実の攻防は終わっていないどころか、これから始まったばかりである。

一方、NewJeansは4月27日、アルバムのリードシングル「Bubble Gum」を公開。5月1日には現代美術家・村上隆さんとのコラボレーションを発表。

カムバック&日本デビューまでの予定を問題なく進めている。

彼女らを含め、K-POPアーティストたちが安全に活動できることを望むばかりだ。

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