“実家の味”いつでも、いつまでも…卒園生に「給食パスポート」 春日部の児童養護施設、子への思い形に

給食チケットを手に「困ったときはいつでも来てほしい」と笑顔で話す斉之平伸一理事長(後列左)ら職員=4月29日、埼玉県春日部市の「子供の町」

 有効期限は「好きな時まで」―。児童養護施設を運営する「子供の町」=埼玉県春日部市西金野井、斉之平伸一理事長(75)=は、卒園生も園の食事を無償で味わえる「給食パスポート」を手渡している。「一人じゃないよ」「困ったら思い出して」。そんなメッセージを込め、虐待などさまざまな事情から親を頼れない子どもを支援している。斉之平理事長は「子どもたちにとってここは実家。困ったときはいつでも相談に来られるきっかけを作りたい」と話す。

 「こまち(子供の町)のごはんの味。懐かしみを感じた」。4月下旬、かつて同室で過ごしていた卒園生の女性3人が園の食卓を囲んだ。この日のメニューはカルボナーラ、チキンボーン焼き、レタスサラダ、フルーツ。ボリュームたっぷりの給食をおいしそうに食べながら、会話も弾む。

 「コミュニケーションが苦手だけど、小学生の頃から夢だった電車の駅員さんになりたい」と話す女性(18)に斉之平理事長は「十分可能。今お客さんから喜ばれて丁寧な仕事しているんだから」と声をかける。別の女性(19)は職場での人間関係のストレスを伝え「つらい時に園のごはんを食べると『あーこれこれ』ってなる」とにっこり。「人間が怖い」と話す女性(19)も「おなかいっぱい」と照れくさそうに笑った。

 給食パスポートは、コロナ禍で卒園生が疎遠になり、コミュニティーが途絶えた経験から2022年3月、「食を通じて何かできないか」と職員の大井隆二さん(65)らが中心となって発行した。

 これまで約30人が利用し、約50食を振る舞ってきた。基本的には事前予約制だが、「ぜひ食べてもらいたいから」と連絡なしの当日来園にも対応。当初は夕食だった時間帯も、利用者からの希望を受けて昼食も可能とした。在園生と同じメニューで、喜んでもらおうと栄養面だけでなく食事の色合いや見た目も重視。卒園生にはパスポートのほか、約50ページに及ぶ園で食べたメニューの調理や食材のアドバイスも記載した1年間分のレシピ本も渡している。

 子供の町は「子供の町」と「エンジェルホーム」の二つの児童養護施設を運営。4月30日現在、2施設を合わせて3~19歳の104人の子どもたちが入所している。入所理由は虐待や貧困、ドメスティックバイオレンス(DV)、精神疾患などさまざまな要因が絡み合う。

 親を頼れない子どもたちは社会に巣立つ際、苦労が絶えない。住居の賃貸契約や就職時には保証人が必要となるため、社員寮付きの仕事を探すことが多い。どうしても保証人がいない場合は施設長が引き受けることもある。

 大井さんは「一般家庭と比べて社会に出たとき、非常に厳しい。施設で雨風をしのいだり、ある程度お金がたまる間まで滞在するとか、どんどん利用してほしい」と語り、苦境に立たされる子どもたちに大人が手を差し伸べることの大切さを説く。

 過去の経験から人を頼ること自体に警戒心を持っている子どもも多い。「子供の町とのつながりを感じてほしい。実際に食べに来てくれなかったとしても、パスポートを渡すことで『いつまでもつながっているんだよ』というメッセージを伝えたい」と坂本仁志施設長(63)。斉之平理事長は「パスポートがあることで気軽に来園しやすくなる。他の施設でも同様の取り組みが広がってほしい」と話した。

食事をしながら近況を話す卒園生(手前)=4月29日、埼玉県春日部市の「子供の町」

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